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月と太陽と  作者: くさき いつき
第3章 応援
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 目の前の更半紙の束に思わず嘆息が漏れた。

 だって、絶対おかしい。文化祭の出し物の投票結果が、メイド喫茶の圧倒的勝利になっているなんて……。

 新たに提案された意見も2、3あるけれど、ほとんど無効票みたいな扱いになってしまっている。わざわざ投票した意味って一体。なんでこないだのHRで決まらなかったんだろう。


「どうかした?」


 一緒に開票した外村くんが首を傾げている。


「あ、いや、メイド喫茶かぁ、と思って……」


「まぁ、衣装やら調理の申請やらあって面倒だよね」


「……でも決まりだよね?」


 私の問いかけに、外村くんは改めて投票用紙の束に目を落とす。たっぷり10秒は待った。


「うん、いいんじゃない」


「いいの?」


「投票で決めるって言ったのは、こっちだからね」


 そう言われてしまうと反論する余地もない。メイド喫茶が過半数を得ているのは確かだし、代替案になりそうなものもない。

 私たちはこの間の委員会で渡された提出用紙に、メイド喫茶と記入した。


「お、何するか決まったのか?」


 声がした方を向くと、馨がいた。部活の途中で抜け出してきたのか、体操服を着ている。


「うん、お望み通りメイド喫茶になったよ」


「お望みって……まぁ、提案したのは俺だけど」


「良かったね、水野くん」


 外村くんにまで言われて、馨は苦笑を浮かべる。


「ところで部活はいいの?」


「筆箱、取りに戻っただけだよ」


 言いながら、右手に持った筆箱を振る。カチャカチャとペンの揺れる音がした。


「サッカーにも筆記用具がいるの?」


 てか筆箱くらい持って帰りなよ、という言葉はぐっと飲み込んだ。馨に言うには今更すぎる。


「明日の試合の打ち合わせがあるからなぁ。一応メモっとくんだよ」


「馨、忘れっぽいもんね」


 なるほど、と納得したのに、おい! と怒声が飛んだ。本気で怒ってないことは分かるから、笑って流してしまった。


 でも、はたと気になって聞いた。


「選手権の地区予選って来月からじゃなかったっけ? 7月からあるの?」


「明日は練習試合。地区予選の1か月前だから、スタメンの最終調整って感じかな」


「そうなんだ。どこでやるの?」


「うちの高校」


「じゃあ、透と一緒に応援に行こうかなー」


「ただの練習試合だぞ」


「スタメンに選ばれなかったら慰めてあげるからさ」


 馨は笑顔を浮かべながら、唇を尖らせた。


「余計なお世話だっつぅーの! てか選ばれるに決まってるだろ!」


「その自信はどこから溢れてくるのよ」


 思わず突っ込んでみたものの、透曰く、馨のサッカーセンスは3年生やコーチにも認められているということだし、部内では実質決定事項になっているのかもしれない。

 でも、馨は顔をほのかに赤くしていた。


「絶対スタメンに選ばれてやるからな! 見てろよ!」


 そんな捨て台詞を残して、教室を走り去ってしまった。結局、応援に来ることを拒否しない辺りが馨らしいと思う。

 くすり、と笑い声がした気がして、視線を前に戻す。


「ごめん。水野くんと月島さんって仲いいんだね」


 穏やかな表情に、からかいは感じられず、私は曖昧に笑みを浮かべるしかなかった。


「まぁ、ほとんど生まれた時からの付き合いみたいなもんだからかな」


「そっか、長いね」


 それ以上、尋ねてくる様子もなく、外村くんはさらさらと用紙を埋めていく。丸みをおびた癖のある字だった。

 透は右上がり、馨は左上がりの書き癖があったな、とふと思う。それは硬筆でも毛筆でも変わらなくて、2人の文字が並ぶとシンメトリーみたいで面白かった。小学生の時に冬休みの宿題で出る書き初めは、密かに楽しみだった。

 2人とも妙に張り合っていたっけ……。


「どうかした?」


「え?」


 不意に外村くんに声を掛けられて、戸惑う。


「いや、何だか楽しそうな顔してたから」


 思わず頬に手を触れた。緩んでいたかもしれない。顔が赤くなるのが自分でも分かった。


「な、なんでもないの!」


「……そう?」


 首を傾げた外村くんは追及してくる様子はなかった。ちょっとほっとした。


「これでいい?」


 外村くんが指差した先には、項目が全て埋まっている文化祭の提出用紙があった。ぼんやりしているようで、やっぱりしっかりしていると思う。


「うん、いいと思う」


 軽く目を通してから頷いた。

 グラウンドの元気な声が、窓の向こうから聞こえてきた。明日は、透を誘って馨の練習試合の応援に行こう。お弁当も作って持って行ったら喜ぶかもしれない。

 また外村くんの笑い声が聞こえた気がした。


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