その決意
抗議運動の鎮圧には一時間もかかった。
廊下には倒されたロッカーと、割れた窓ガラスがあちこちに、無惨に散らばっている。それが今日の抗議運動の激しさを表している。
ふと周りを見ると、ほとんどの生徒がしゃがみこんで頭を抱えていた。皆、疲れているのだろう。ここ最近、反対派の抗議運動が激しくなっており、毎日のようにその鎮圧に全力を挙げている。疲れていても無理はないし、それが当たり前だ。顔を上げる者は誰もいない。口を開ける者もいない。
背中にずっしりとのし掛かる重み。痛めた足。氷室だって疲れている。本当ならすでに倒れているだろう。しかし倒れるわけにはいかない。だから、棒のように弱った足で、氷室は立ち続ける。
「おい、大丈夫か?」
後ろから、聞き覚えのある声がしたので振り返ると、藤野大地が心配そうにこちらを見ていた。
藤野は、この学校の生徒会長であり、氷室の一番の親友である。
「ああ、大丈夫だ」
「すまないな、毎日のように。生徒会長、いや一人の友人として礼を言う」
藤野は握手を求めてきた。
もちろん氷室も手を出そうとしたのだが、手に痛みがあることに気がついた。手を見ると、血が出ている。さっきの抗議運動の鎮圧の際にできた傷だろう。
「その手……」
藤野はとっさに絆創膏を用意したが、氷室はそれをさっと払った。気を遣われている場合ではない。自分のことよりも、まずは学校だ。
「手なら平気だ。それよりも会議は終わったのか?」
「ああ、たった今終わったところだ。」
「何を話したんだ?やっぱり最近の反対派の抗議運動についてか?」
「詳しくは話せないがまあそんなところだ」
藤野はくるりと踵を返して歩き出した。氷室は小走りで後についていく。
廊下は普段広いのだが、あちこちにロッカーが転がっていて、今日はせまい。二人で横に並んで歩いても少し窮屈な気がする。おまけにガラスの破片などが散らかっていたら、歩きにくくて仕方ない。
「最近、反対派の活動が活発化してきてるな」
氷室が歩きながら言った。
「そうだな」
藤野は答えた。
「そのせいで、最近ではけが人も増えてきている。保健委員は忙しいみたいだ。保健室は毎日のように大行列だとよ」
「そりゃたいへんだ。かなり深刻化してきてるな……」
「美化委員もたいへんらしい。何しろ暴動のせいで廊下中荒らされてるからな」
「このままでは学校が崩壊してしまう。何とかできないんだろうか」
藤野は深刻な顔をした。
彼もまた、学校のことを第一に考えているのである。それが生徒会長たる者の役目なのである。
何があってもこいつについていく、氷室はそう心に誓った。