久しい感覚
「えっと、もしかして外国人だったりする?」
「はっ?」
思わずターゲットの言葉に呆然としたけれど、でもこれはチャンスと言わんばかりに私は笑顔で言った。
「そうなんです! 私、ここ数十年ここにきたことがなかったので、最近の文化も歴史もすっぽりと抜けてしまったらして」
「そうなんだ! だから……」
「はいっ。先程はすみませんでした」
再びふかぶかと頭を下げる。
あえてターゲットに先を言わせずに謝る。嫌な予感がしたのだ。
なんだか自分にとってあまりよくないことを言われるような予感が。
というか、そんなことよりも外国人と間違われる天使っていうのも微妙だなあ……。
でも、風向きはきました。
これを利用しない手はないです!
「――それで、なにに困っていたのですか?」
「ああ、うん。……まあ、いいか」
男性はため息を吐いてみせると、意を決したように私を見た。
「実はね、僕、見てわかると思うんだけど、友達が待ち合わせ場所にこなくて困ってたんだ」
「友達、ですか?」
「うん。今日、久しぶりに会おうって話になったからさ」
友達と会って楽しく遊ぶ――それは、現世で行われる遊戯だとロンから聞いたことがある。
物知りで、噂ではそろそろ昇格の話でも出ているとか、なんて言われているらしい。
「楽しみなんだっ……!」
遊戯――。
私は、そんなことをしたことがあったんだろうか……。
「でも、その友達がこなくて」
「困ってたんですか」
「う、うん。電話しても出てくれなくて、もう一時間近くも待ってる状態なんだよな……」
その間ずっとこの場で待っていたのですか、この男性は。
バカなんじゃな……っとと、なんでもありませんよ?
心の中だからといってなにを言ってもいいというわけではないですからね。
「だからといって、普通そこまで待ちますか?」
「待つよ」
打てば響くように返ってきた返事にびっくりする。
男性の顔には無理をしたような機微などなく、そのままの言葉なんだと感じる。
そこまでしても待っていたい重要な人、ということなのか。
「僕は、待っていたいから」
「…………」
慈愛に満ちた顔――それは、大天使様が見せる微笑みと、少しだけ似ていた。
書物で、人間は神に似せて創られたと記述されていた。
神様は愛を持って、弱者を救うのだと。
それはあながち間違っていない思想だと思ったけれど、でもどこか違うようにも感じた。
だって、天使になった結果を喜ぶ人が必ずしも全員でないことは確かだから――。
「え、ええっとお……、?」
「……?」
不自然に止まった声に顔を上げると、そこにはある方向を向いたまま止まっている男性の姿があった。
その方向へと視線を移すけれど、そこには相変わらずの人の数があるだけで、私から見たらなにもかわったところなどないように見えた。
けれど男性には違ったようで、今度は先程とはまた違った、喜びの表情をぱっと散りばめた顔をした。
「陽菜!!」
「あっ……!?」
――そして、先程まで話していた私のことさえも忘れたように走り出した。
青色に光り、一定のリズムで響かせる高音を鳴らす横断歩道を目もくれずに走り抜けた。
たどり着いた場所には、肩まで伸ばされたストレートの黒髪をした女性の姿があった。
その人は走ってきた男性に向かって、両手を顔の位置であわせて何度も何度もお辞儀をしていた。
けれど、なぜか男性は笑っていた。
会えたからだろうか。
けれど、それを私はいまから――壊さなければならない。
「関与……しないと」
心に疼く、重たくも甘い痛み。
数十年ぶりの感覚は、決していいものではなかった。