日常の一ページ
この世には天国しか存在せず、当然のように神様と天使しかいない。
人間の考える悪魔やら閻魔大王なんて大仰なものは存在するなど、私たち天使からしてみれば考えるだけでもちゃんちゃらおかしいというヤツなのだ。
だからといって、天使は人間には例外を除き見えることも触れることすらもできない存在なので、こんな意を唱えたところでこれも「ちゃんちゃらおかしい」のだ。
「ミロ。語彙能力を上げたのはいいのだけれど、面白がってなんにでも使わないことよ? ただでさえ、あなたは――」
「わかってるよ、カロリア」
ウインクをして大丈夫という気持ちを伝えるものの、うまいこと伝わらなかったのかため息を吐かれてしまった。
だって、新しい言葉を覚えたら無意味に使ってみたくなるのだから仕方がないと許してほしい。
カロリアは成績優秀で、上司からも褒められている。
容姿は天使の中ではそれなりに良いほうに入り、仕事熱心で人間からもたくさんの笑顔を向けてもらえているのだ。つまり、私たち天使の中でのエリートに入るほどの腕前なのだ。
そんなカロリアが、私の友達。
……最近になって、少し距離ができた気がする。
「っあ、もうこんな時間? ごめん、ミロ。また今度ね」
「ん、了解したよ! お仕事頑張ってね!!」
「ミロもね!!」
手を振って仕事に向かっていったカロリアを、私は微妙な気持ちで見送った。
‡×××ׇ
私たちのお仕事は――人間の魂を在るべき世界の道理の道筋へと軌道に乗せること。
現世の世界に生きる人間の魂は、その膨大なる量子によって形成されており、それは時に世界が生み出した道理の道筋である軌道から逸脱する場合がある。
道理には道筋というものが存在しており、その道筋の軌道に乗ることによって人間という存在は初めて「生」というものを得ることができる。反対もまた然り、だ。
そんな外れてしまった運の悪い魂を助けるのが、私たちの仕事だ。
「ミロ、お仕事だよ」
「ありがとうございます!」
私たち天使にはそんな仕事があり、それは個人個人へと、まるで現世でいう手紙のような形で渡ってくる。
そして、それを遂行し、報告の「手紙」を送ることで終了となる。
上司の立場上、私たち天使に対して大天使様との交流はせいぜい仕事を受け取るときくらいだった。
報告の「手紙」はまた別の上司である、大天使補佐官に渡すことになっている。
なぜ最初と最後で天使が違うのかは、私たち下っ端である天使には知る由もなく、むしろ知る必要性もなかった。
だから、私は今日も疑問を持つこともなく現世へと繋がる扉の前へと降り立つ。
扉は荘厳な雰囲気を纏っており、開けることは門番にしかできないため、くぐるためには門番からの許可が必要になる。
大抵は仕事の証明書を見せたりするのだが、噂ではそれ以外の方法でも扉をくぐることができるとかできないとか……の、話らしい。
結局のところ、たかだが一天使である私には縁遠い話ではある。興味もないためなおさらだった。
「はい、証明書」
「証明番号〝10845579〟確認――...、天使ミロ・カーミルを現世へ一時的に召還することを許可します」
足元に複雑に絵や字が描かれた紋章が浮き上がり、一際まばゆい輝きを放った。