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第2章 気がつけば、宇宙 1

「…………ねぇ…………」

 優希が不満一杯に尋ねる。

「なぁ~に~っ?」

 のほほんとミサキが答える。

 シルフィードが無事に地球引力圏を脱出し、今回随行する五隻の艦隊と合流して、目指す目的地に進む頃。ブリッジ担当から解放された優希は再びミサキの個室にいた。

 不満いっぱいの顔で。

「これ、なんとかならないの?」

 語尾に刺を立てながら優希がミサキに抗議する。

「これって、なんのこと? お姉さん、分からない」

 とぼけた口調で答えるミサキ。

「この服だよ!」

 堪え切れずに、着ている服を指さしながら優希が怒鳴った。

 当然だ。

 彼が身に着ているのは、ネイビーグレーのブレザーに膝上丈のタイトスカート。言うまでもなく連邦宇宙軍の女性士官服である。男が着るような服では断じてない。

「今日の勤務はもう終わりなんでしょ? だったらこれ以上女装を強要しないで、ボクの服を返してよ!」

「返してって言われたって、あなたの服はクリーニングに出しているから、ダメなものはダメよ」

 ミサキの答えは、相変わらず無理・ダメ・不可能の一点張り。その姿勢は頑固といってもいい部類に入るだろう。

「あれからもう五時間も経っているんだよ。いい加減乾いているでしょう?」

「別に良いじゃない。今日一日くらいその格好でも」

「嫌だよ!」

「我慢してよ」

「絶対、ヤダ!」

「そこをなんとか」

「嫌だってば」

「お願いだから我慢してよ」

「我慢するって、いつまで?」

 ふてくされながら優希が尋ねる。 

「多分ずっとじゃない?」

「へっ?」

 いつの間にそこにいたのやら。ちょっと大きめな紙袋を持って、涼子が部屋の入り口で立っていた。

「涼子!?」

「それ、どういう意味ですか?」

 たまらず優希が聞き返す。

「どういう意味って……これじゃあ、着られないわよね」

 紙袋からある物体を取りだして、ひらひらさせる。どう見てもボロ切れの塊だが、どこかで見覚えのある布切れだった。

 まさか…………

 優希の背筋に冷や汗が流れる。

「全自動のクリーニングマシンに入れて、一体どうやったらこんな風になるのかしらね?」

 その言葉の意味するもの。

「あああっ! それっ、ボクの服!」

 泣こうが叫ぼうがもう遅い。優希の服はミサキの手によって、見るも無惨な産業廃棄物に成り下がっていた。がっくりと肩を落とす優希に追い打ちをかけるように、涼子は冷徹に言い放つ。

「ミサキに渡した時点でこうなるのは必然よ。この子、料理の腕は絶品だけど、それ以外の家事はからきしダメというか、才能の片鱗すらないもの」

「りょ、涼子~ぅ。なにもそこまで言わなくてもいいでしょう!」

「あら、事実じゃない」

 ボロ切れになった服を揺らしながら涼子が言う。

「まぁ、その、たまにはそんなこともあるわよ。たまによ、たまにね。誰にだってある、ちょっとした手違いじゃないの」

 しどろもどろにミサキが弁明する。目の前に破壊され尽くされた服があるだけに、説得力が弱い。

「ふ~ん、手違いねぇ……」

 意味深なアルカイックスマイル。優希には涼子が判決を言い渡す前の裁判官のように見えた。

「そ、そう。手違いなのよ、手違い。手違いよ、手違い。手違いだってば、手違い。手違い、手違い……………」

 だんだん語尾が小さくなっていく……何故だ?

「今回は手違いなのね。じゃあ、今までのこれらはどうなのかしら?」

 すたすたと部屋に入り込み、壁際のクローゼットに手をかける。

「ちょ、ちょっとまって!」

 青くなったミサキの制止を無視して、涼子がクローゼットの扉に手をかけると、「どどど」という音と共に、訳のわからない物体が雪崩のように落ちてきた。

「!!!」

 事前に察知していたミサキと涼子は難を逃れていたが、なんの予備知識もない優希は案の定逃げ遅れ、得体の知れない雪崩に飲み込まれてしまった。

「ぷはっ」

 どうにかこうにか物体を掻き分けて表に顔を出すと、きょろきょろと左右を見回し「一体なにがあったんだ?」という表情を作る。

 そこはもう「こざっぱりした女の子の部屋」ではなかった。様々な本や小物に服などが雑然と折り重なり、某埋立地か廃棄物処理場のような有様になっていたのだ。

「あーぁ、ひどい目に遭っちゃって。可哀相な優希クン」

 被害にあった優希を見ずに、ミサキの方を向きながらわざとらしく涼子が言う。その口調が妙に芝居がかっているのは気のせいだろうか。

「ちょっと涼子。優希クンになんてことするのよ!」

「なんてことするのって? そもそも原因を作ったのはミサキのクローゼットじゃない。アンタの「片付ける」って単語は、「押入れに突っ込む」と同義語なんだもん。よくもまぁクローゼットの収納限界を超えて、これだけのモノを押し込めたもんねぇ」

 感心半分、呆れ半分で涼子が肩をすくめる。この一面の雑物の海を見れば、ミサキに家事能力が備わっていないことは一目瞭然だ。理論整然と反論され、当のミサキはぐうの音も出ない。

「これで解った、優希クン? キミはもう地球に帰り着くまで、その格好で過ごさなくちゃいけないのよ。大丈夫、お姉さんが悪いようにしないから」

 さっきまでのニヤニヤ笑いとは一変。きりりとした表情で涼子が優希を説得する。が、締まった表情にもかかわらず、目尻は何故か下がっていた。

「涼子、アンタ。なにかわたしに隠しているわね?」

 含むような涼子の口調を察知して、ミサキが反目する。

「人聞きの悪いこと言わないでよ。ワタシはそんな疚しい事なんか考えちゃいないわよ。ただちょっと……」

「ただちょっと、なによ?」

「せっかくの逸材。このまま放っておくことは無いでしょう?」

「逸材って、優希クンのこと?」

「当然。今の髪型でもボーイッシュでいいけれど、これだけ整った顔立ちなら、もうちょっと長い髪のほうが似合うと思わない?」

 絶妙のタイミングでセミロングのかつらを取り出す。というより、初めから狙っていたとしか考えられない。

「思わない! 思わない!」

 優希は即座に否定するが、彼の意見は求めてなく、あっさりと黙殺される。

「う~ん。いいかもしれない」

 代わりにミサキが呟く。

「でしょ? そうしたらメンバー候補生として、堂々と公開できるし」

「それ、悪くないわね」

「でしょう。決まりね」

「やだよ」

「ダメ。これは上官命令なの!」

 そう言うと、問答無用。ふたりの上官に頭を押さえられ、強制的にかつらを被された。

「ほらこれで、美少女度が更にアップ♪」

 再度髪を整える。そして……

 うっ! ふたりとも一瞬目を見開く。

「か、可愛い過ぎるわ。これはもう、凶器といっていいかも……」

「ど、同感ね……ホント、そこいらのアイドルなんて目じゃないわ」

 自分たちの立場も忘れて、涼子とミサキが好き放題はやしたてる。もっとも優希にしてみれば、そんなこと言われても全然嬉しくない。なにが悲しゅうて大の男が女装させられた上に、皆の前にさらし者にならなければいけないのか?

 などと、至極もっともなことを考えていた優希だったが、ふたりの考えは優希の予想を遙かに超えていた。

「と、いう訳で、みんなにも大公開♪」

 両腕を取られてミサキの部屋から引っ張り出されると、ブリーフィングルーム改め休息室に放り出されたのだ。

 そこにいたのは、言わずと知れたミルキー・エンジェルのメンバーたち。長身、小柄。グラマーやスレンダーなど、タイプこそいろいろ異なるが、連邦全軍からの選りすぐりだけあって、みんな相当な美人だ。

 見渡す限り美女ばかりの中に、優希を放り込んだというのに違和感が全くない。その異常なシチュエーションに舌を巻きつつも、涼子は叩き売りの口上よろしく、優希の紹介を始めた。

「さーて。みんな、お立合い! ブリッジにいた雪江とアンナはもう知っていると思うし、噂は既に届いているわね? 彼……ううん。この容姿にこの美貌で、男の子だなんて言ったら、神への冒涜ね。この子が沖田優希クン。リーダーのミサキが直々にスカウトしてきた逸材よ♪」

 これで服装がランニングシャツに腹巻だったら、的屋の口上そのものだろう。安っぽいチェックのスーツにトランクを持っていないことが、つくづく惜しまれる。

「涼子、かっこいぃ!」「ひゅーひゅー」

 たちまち湧き上がる姦しい喚声。世間と隔離された艦内で、みんな新しい話題に飢えているのだ。当然のことながら、優希の周りにも人だかりが出来る。

「ふーん、あなたが噂の優希クン?」

 メンバーのひとりがしげしげと優希を値踏みする。新しい? クルーに興味津々といった所業なのだ。

「お、お手柔らかに……」

 五十人もの美女に囲まれ、うろたえながら優希が返事をする。憧れのアイドルグループが目の前にいるとは言っても、イベントなどのようにステージ越しに見るのならともかく、同じ部屋で、しかも触れ合うような至近距離での対面である。緊張するなというのが無理な話だ。

 意識せずともみるみる顔が真っ赤になる。緊張のあまりの作用なのだが、その初々しさがますます可愛らしさを助長した。

「うわ~っ、可愛いわ。こりゃ、負けたかも知れないわ」

「リタじゃねー。この可愛らしさに太刀打ちなんて無理よ」

「なんですってー! セラはアタシにケンカ売ってるの?」

「事実をありのままに述べただけよ」

「事実って、セラだってアタシとどっこいどっこいじゃない!」

「あんた達じゃどっちも勝ち目無いわよ」

 涼子がさらに止めを刺す。たちまちどっと沸きあがる笑い声。姦しいなどというレベルを遥かに超えた、賑やかさに圧倒されっぱなしだ。 

「涼子の冗談はさておき、この可愛らしさは相当なレベルよ。リーダー。この子、ホントに男の子なんですか?」

 メンバーの雅が冷静に問い掛ける。優希のなりを見る限り、ミサキと涼子がメンバーを担いでいるとしか思えないのだ。

「……そのはずなんだけど、ちょっと自信が無い」

 引っ張ってきたミサキ自身が弱気に答える。

「なんてこと言うんだよ! こんな格好させられているけどボクは男です! 確かに女顔かも知れないけど、よく見れば分かるでしょう!」

「ゴメン。見れば見るほど分からなくなるわ」

 ムキになって反論したが、優希の主張は雅に一蹴されてしまった。

「そんなわけだから、優希クンがシルフィードに乗っている間はミルキー・エンジェルの臨時メンバーとして扱って良いわね?」

 経過説明も一切なしに、一足飛びにミサキが結論を提案する。

「異議なーし」「ありませーん」「良くない!」

 正反対の返事が即時に出てくるが、一名しかない反対意見は、残り五十名の賛成意見であっさりかき消されてしまった

「全会一致で決定ね」

 嬉しそうに涼子が数を読み上げる。

「全会一致じゃないでしょ! ここにちゃんと反対意見が出ている」

「反対意見たって一票じゃない。圧倒的多数で可決成立ね」

「うんうん。民主主義のあるべき姿ね」

「本人の意見を無視して民主主義もないだろ!」

「民主主義は嫌? じゃあ、軍隊主義で行くしかないわね。キミはここにいる間、ミルキー・エンジェルの臨時メンバー。上官命令だから反論は許さないわよ」

「理不尽な命令には拒否する権利がある!」

「理不尽な提案だと思う?」

「おもわなーい」

 またしても全員一致で答える。

「かわいいわよねぇ♪」「どう見たって女の子よね」「実は男装して士官学校通っていたんじゃない?」「そんな話どこかであったわね?」「ベルリンの百合だったっけ?」「ベルサイユよ」

 鬱々と落ち込んでいく優希に対して、メンバーたちは好き好きにはやしたてる。

「みんなあなたを認めているのよ。これも運命だと思って諦めなさい」

 全てを達観するかのように涼子が引導を渡す。

 かくしてミルキー・エンジェル史上最年少かつ最美少女? のメンバーがここに誕生した。

 本人は甚だしく不満だが。


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