序章 いきなり艦隊決戦? 3
オニールの通信が切れると、割れんばかりの歓声がこの宙域を埋め尽くした。四半世紀もの長きにわたる戦いに終止符を打ったのだ、誰もがこの勝利に歓喜し酔いしれていた。
もちろんそれはシルフィードとて例外ではない、艦内の随所で勝利の歓声が聞こえ、その中でミサキと優希は、静かに勝利をかみしめていた。
「ありがとう。わたしたちの……いえ、連邦宇宙軍の作戦が成功したのも、沖田大尉のおかげよ」
艦長としてミサキが労いの言葉をかけに操舵席までやって来た。……いや違う。優希と一緒に祝いたくて、いてもたってもいられなかったのだ。
「い、いえ、そんな……任務ですから」
上官でしかも超のつく美人に頭を下げられ、どう対処して良いか分からず、優希はしどろもどろに答えた。
こういう状況を望んでいた筈なのに、いざ実現すると心臓がバクバク高鳴り、声は気持ち悪いくらいに上ずってしまう。我ながら自分のチキンさ加減が恨めしい。
「ううん。沖田大尉、いいえ、優希。あなたがいたから勝てたのよ」
そんなことなどお構いなしに、ミサキは潤んだ瞳で優希を見つめると、甘い囁きでロックオンする。
回避など不可能。瞳の照射に頭のてっぺんからつま先まで硬直してしまい、喉がからからに乾く。
「買いかぶりすぎですよ」
かろうじて返した言葉は「そんなことない」で速攻弾かれる。
「優希の頑張りのおかげ。評価するはわたしなんだから」
いつの間にか二人がいるのがブリッジではなく艦長室になっていたが、緊張している優希に気が付くゆとりはない。
「軍からもこの戦いの功労は表彰されるでしょうけど、その前に……是非わたしから御礼、ううん、ご褒美を贈らせて頂戴」
長い髪をかき上げながら艦長が微笑む。さらさらの髪がなびき、香しい薫りが鼻孔をくすぐる。その艶っぽさに優希はどぎまぎする。
「ボクは…………その、与えられた任務を遂行しただけです」
なにかの一つ覚えみたいに同じ言葉を繰り返す。
「いいの、わたしがしたいの。だから気にしないで」
「ででで、でも。あ、あなたは上官だし」
唇が触れそうな距離でささやく艦長に、優希はしどろもどろになりながら、後ずさって距離を取る。
「上官だから、なんなの?」
「私室とはいえ、ここは艦内です。秩序は守らないと」
「そう……これがいけないのね」
寂しそうに笑うと、艦長は階級章の付いた上着を脱いだ。ブラウスひとつになると、豊かな胸がより一層強調される。
「これで階級の上下は関係ない。ただの男と女よ」
「歳の差が……」
「優希クンは、年上のお姉さんはキライ?」
「そ、そんなことは言ってないでしょう」
あわてて否定する優希。本当のところは照れているだけなのだが、そこはやっぱり男の子。そんなことは口が裂けても言えない。
「本当ね?」
「神に誓って」
優希が答えると、艦長は嬉しそうな顔をして、彼の首に腕を巻き付けて唇を寄せてきた。
「ご褒美よ、受け取って」
そして……………………………………………………
画面にはcompleteとwinnerの表示が、ミサキの顔面アップを遮るように現れる。
呆けている間に画面は切り替わり、エンドロールにスタッフのテロップが流れ、初期画面のメニュー表示に戻っていた。
モニターの反射で、半透明ながらアホ面を晒して呆ける己の顔が写り、心身ともに現実世界に引き戻される。
ゲームの時間は終わった。
「虚しい……」
スピーカーから大音響で奏でられるアップテンポのエンディングテーマがやけに空々しい。つい今し方までアドレナリン全開でゲーム世界に浸っていただけに、現実に戻った虚無感は更に強烈だ。
無造作に置かれたゲームパッケージには、戦闘艦をバックにミサキをはじめとする美女たちが、コンバットスーツをびしっと着こなし勢ぞろい。タイトルもさもありなんの『ミルキー・エンジェルのThe Longest Day』。
ミサキルートでプレイしたら、いきなりブリーフィングから始まり最終ステージは艦隊決戦。不意打ちのように「あなたならできるわ」と甘い言葉でおだてられ、あれよあれよとグランドフィナーレよろしくステージで歌っていると言えば、どんな内容の代物かは言わずもがな。
ふと時計を見ると、夜更かしどころか徹夜といっても良い時間。星は瞬くのをやめ、空は薄暮に薄く光りだしている。
「ヤバッ。もう、朝じゃないか」
ハイスコアを叩き出したのは良いが、ちょっと調子にのりすぎた。如何な学生とはいえ、徹夜でゲームはやり過ぎだろう。
「しかも、寸止めだし」
全ステージクリアして、どアップの擬似キスで終わりなんて、如何な萌え艦隊シュミレーションゲームとはいえお預けもいいところ。大人気アイドルの常として制約があるにしても、もう少しすっきりさせてくれてもいいじゃないかと思う今日この頃。ま、人気があり過ぎるからこそかも知れないが。
タイトルにどどーんと推された彼女たちミルキー・エンジェルは、地球上で知らない者はいない、超人気アイドルグループである。その中でもリーダーの永井ミサキは、清楚なお姉さま属性で特に絶大な人気があり、優希自身もお気に入りの女性だ。
名実ともに年上で、優希が憧れているのは単にファンと言うより、ちょっと訳ありなんだけど……
「って、こんなことしている時間じゃない!」
枕元のデジタルクロックを見て優希は慌てる。
既に出発時間を大きく過ぎていた。大急ぎで身支度をし、部屋をあとにした。
沖田優希、十七歳。連邦宇宙軍・士官学校二年生の夏だった。