第6章 起死回生の作戦 4
ズン!
突き上げるような衝撃が来た。優希が駆る神業のような操艦でも、とうとうかわし切れなくなって、側面に一発被弾したのだ。
「キャッ!」
衝撃でキャプテンシートからミサキが振り落とされた。
心配で駆けつけたいが、いまの優希にそれは出来ない。これ以上当たらないようにするしかない。ただそれだけだが、今の状況ではそれすらもきつい。
「何とかあと1万キロ、持たせて!」
よろけながらも気丈にフロアから立ち上がり、ミサキがクルーに叱咤する。
『さらっと言っているけど、きつい注文だな』
『無理でも何でもやらなきゃ、俺たちが負けちまうぜ』
『それ困る』
『じゃあ、頑張るべ』
『頑張る、ね。素敵なお言葉!』
随行するニックたちパイロットにも、疲労の色が見え隠れしだしていた。
だが進軍を止める訳にはいかない。シルフィードと4機のジャスティスはしゃにむに前進を続けて行った。
「発射ポイントまであと7千!」
絶叫するように涼子がカウントを読み上げる。
既に翼のあちらこちらに穴が開き、エマージェンシーランプもいくつか点灯しているが、シルフィードの進軍は止まらない。
「あと4千」
『たった千里だ』
『減らすのも一歩からか』
『口開いている間があったら、エンジン吹かして距離をつめろ』
軽口をたたいているが肉体的には既に限界、疲弊する肉体と機体を精神力で飛ばしているのだった。
「発射ポイントまであと500!」
モニターを凝視しながら涼子が叫ぶ。
「あと300」
「もう少し!」
「あと100!」
「タッチダウン!」
声と共に涼子が発射シークエンスをすかさず開始した。
「総員対ショック防御! 相対距離を超巨大戦艦と同期。軸線合わせ、急いで!」
間髪入れずにミサキが発射命令を出す。
「相対距離、同期ヨシ! 軸線合わせます」
生き残っているスラスターを噴射させ、優希が敵艦とシルフィードの軸線を合わせる。
この巨艦を相手に発射できるチャンスは一度しかない。嵐のように降り注ぐ敵艦のブラスターを回避しながらの離れ業だ。舵を握る手にも汗がにじむ。
もう既にクリスの報告を聞いていない。報告を受けてから回避していたのでは間に合わないのだ。五感の全てを研ぎ澄まし、シルフィードの艦首を敵艦の最も脆弱だと思われるところに持っていく。如何な相手が巨大戦艦で至近距離といっても100キロ以上も離れているのだ、コンマ何度の誤差でも、到達点ではキロの単位で照準と距離がずれてしまう。2発目が無いだけに失敗は許されない。
軸線がぴたり一致した。
「今よ、発射して!」
渾身の力を込めミサキが右腕を突きだす。
「オメガ融合砲、発射します! 総員、耐ショック・耐閃光防御!」
復唱しつつ、涼子が急ごしらえのトリガーボタンを押した。
一瞬の静寂の後。
えも言わぬ振動がブリッジを襲い、艦全体が雄叫びをあげるかのように吼えると、フライトデッキを改造した砲身から、光の奔流が敵超巨大戦艦めがけて放たれた。
それはまるでゼウスの放つ雷、仁王か阿修羅が地上に降臨するかのような凄まじいものだった。
一切の音を拒絶する宇宙空間でありながら、爆発する圧倒的な輝きに、放ったシルフィード自身が大きく揺れた。
白く輝く光の矢は、濁流のごとく迸り、吸い込まれるように超巨大戦艦に突き刺さっていった。
どうだ?
ダメなのか?
無限にも思える時の中、シルフィードのクルー全ての想いが交錯する。
この攻撃が失敗ならば、地球連邦に明日は無い。
優希、ミサキ、涼子にマクレガー……シルフィードに乗る全てのクルーが、祈るように戦果を見守る。
その願いが通じたのか? 次の瞬間。
収縮した光が一気に放散するかのように、超巨大戦艦に縦に大きな亀裂が入ったかと思うと、その亀裂を中心に縦に横に、まるで格子を描くかのように新たな亀裂が生まれていく。
おびただしい数の渓谷は、その奥から光の粒子が漏れるや否や、小さな川がたくさんの支流を集めて大河に成長するように、いくつもの 光の亀裂が集まりその幅を広げ外壁を包んでいく。その勢いに押されるかの如く巨艦の桁材が歪み、艦が膨張を始める。
にじみ出る光はさらに輝きを増し、まるで超新星になる直前の太陽のようだった。
そして……中からの圧力に耐え切れずに、小さな爆発が起きた。最初はほんの1箇所だったが、2箇所、3箇所と爆発を誘い、小さなプロミネンスのように爆風は艦の装甲板を網の目のように駆け抜け、小爆発が瞬く間に艦全体を覆い尽くした。その爆発が動力部に達したとき、ひときわ大きな爆発が起こり、超巨大戦艦は四散して砕け散った。
「やった!」
「成功だ!」
作戦の成功に優希とミサキはハイタッチする。
「見て」
要塞と見まがう超巨大戦艦なだけあって、爆発の仕方もハンパじゃない。爆発は新たな爆発を呼び、隣接する艦に燃え移り辺り一面を火の海にする。そこから四散する破片はミサイルのごとく他の艦艇に突き刺さり、いくつかの艦に大きな傷跡を残していった。
超巨大戦艦の爆発は、付近にいた艦船も巻き込み、都合数十隻の艦艇が撃沈または大破していったのだ。
「あのでかぶつが沈んだぞ!」
戦場の際奥部からでも視認できる大爆発に、連邦艦隊は色めきたった。
「シルフィードがやったのか? ミルキー・エンジェルが!」
「見ただろ? あの映像を!」
「単なる飾りじゃない。彼女らはホントに女神なんだ!」
「俺たちも負けてられねぇぞ!」
それを機に戦局が一気に逆転した。艦艇の絶対数ではディラング軍の方が優勢なのだが、彼らの受けた衝撃は艦の喪失以上だった。
「この好機を見逃すな!」
戦況を知ったオニールが艦隊に檄を飛ばす。
「戦闘継続が可能な艦は、全力でシルフィードを援護、報復攻撃から幸運の女神たちを守れ! ディラング艦隊の殲滅を遂行する!」
提督席に座ることなく、立ったまま全軍に指揮したオニールの命令は、残存する全ての艦艇に伝わった。
『サンフランシスコ、了解!』
『東風はシルフィードの援護に回る!』
『こちら駆逐艦レベッカ。ミルキー・エンジェルの勇気に応える』
『デルタ1からデルタ7まで了解。幸運の女神たちの護衛は任せておけ』
オニールの鼓舞に応じて、残った艦艇や戦闘機の指揮官たちが我先にと応じてきた。
4百隻余りの艦船とほぼ同数の戦闘機軍。数の上ではディラング軍より劣っていたが、兵士たちの士気はこの上なく高かった。
一方、絶対無敵と信じて疑わなかった、超巨大戦艦を喪失したディラング軍の狼狽振りは想像を絶するものがあった。
士気は著しく低下し、ブラスターの命中精度は、連邦のそれと桁がひとつ違っていた。また旗艦を失ったことで組織だった艦隊運用が全く出来ずに、連邦艦隊の砲撃に晒され破壊轟沈する艦が相次いだ。
「みんな頑張って。ここを乗り切れば、わたしたちは勝てるわ!」
ミサキも負けじと声を張りあげる。6基あるメインエンジンのうちの2基をビーム砲としてぶっ放したために、最大戦速といえども設計スペックの7割程度しか出ない。それでもこの乱戦の中では十分すぎる高速で、巡洋艦でありながらまるで戦闘機のように敵艦艇の間をすり抜けて攻撃を仕掛ける。
通常なら自身が砲弾と化して激突してしまうようなアクロバットまがいの操船だが、優希の的確な操舵で、攻撃するのに絶妙なポジションを得たかと思うと、次の瞬間には回避行動に移る。神業ともいえる操艦で、抵抗を続ける敵艦隊を翻弄していった。
「あと一撃、もう一撃だけ頑張って!」
ミサキが祈るように呟く。
『エンジンがかなりやばい。このままだと30分も飛べないぞ!』
機関室からマクレガーが悲鳴を上げる。予備動力はおろか、ブースターも何もかも全力運転。エンジンルームは過負荷寸前で近寄れないほどの高温を発し、臨界爆発かそれより先に融解しないかと、真っ青になりながらの報告なのだ。
「30分は飛べるんでしょ? 焼き付くまでは頑張ってください」
『バカ! 30分というのはあくまでも目安だ! マジで限界寸前なんだよ!』
「それでもなんとか持たせてください。ここを乗り切らないとわたしたちに勝ち目はありません!」
マクレガーが一瞬黙り込む。もちろんマクレガーにも、ここが一番の踏ん張りどころだと解っているのだ。
『強引に冷却剤を突っ込んでなんとかしてやる。だがホントに30分だけだぞ! それ以上飛んだら一切の保証はしないからな!』
「20分でけりを付けます。シルフィード、もっと前へ!」
ミサキが右手を高だかと掲げた。
「ミサキってあんな性格だった?」
頼もしく感じながらも、ミサキのあまりの豹変振りに涼子が呆れる。
「違うと思います」
呆れた口調でアシストのアンリが言う。
「でも、今はあれのほうが良いですよ」
「そうね。こっちも頑張ろう。ミサイルの残弾は?」
「あと12発!」
「全弾叩き込むわよ。照準設定!」
コンソール上を涼子の指先が滑るように流れ、残り全てのミサイルに諸元入力されていく。
「入力完了!」
「発射!」
最後の一撃になるかもしれない12発のミサイルが放たれ、敵艦隊に次々と命中した。その一撃が合図かのように、シルフィードを護る全ての艦艇から、嵐のようにブラスターが発射された。
「シルフィードを護れ」
「彼女らを傷つけるな」
「俺たちの女神だ」
「絶対に!」
そんな思いがひとつになり、連邦軍は次々にディラングの艦艇を打ち破っていた。
その猛攻に耐え切れず、ついに一部の艦艇が敗走を始めた。
「やった! ディラング艦隊が撤退を開始しました!」
オペレーターが嬉しそうに報告する。
彼の言う通り、切り札である超巨大戦艦を沈められ、全艦隊の6割を喪失したディラング艦隊に戦闘継続の意思はなく、次々と戦線を放棄し脱落していった。旗艦を沈められても、最初は抵抗を見せていたディラング艦隊も、最初の一艦が戦線を離脱すると、堰を切ったように2艦3艦と脱落していった。
2時間後。
そこに浮遊する無数の破片だけが、かつての激戦を語っていた。
ディラング軍の艦艇は全て撤退し、この宙域に再び平穏な時間が流れ始めたのであった。
「どうにか辛勝したか」
シートをリクライニングさせオニールが呟く。これでやっとタバコを燻らせることが出来る。
「どうぞ」
オニールの気分を察知し副官がタバコを差し出す。
「気が利くな」
「今日だけですよ。本来ブリッジは禁煙なんですから」
愛煙家のオニールに一応釘を刺しておく。もっとも彼がその規則を遵守するとは到底思えないが、今日だけは何も言うまいと思った。
「それにしても…………ずいぶんやられましたね」
ため息つくように副官が言う。連邦艦隊にしても半数以上の艦が大破轟沈し、追撃など到底不可能。双方が受けた甚大な被害から、膠着状態はまだ暫らく続くことだろう。
「消極的だが、これで当分地球の平和は維持できるのではないかね?」
「そうですね。こちらもディラング側も戦力を疲弊し過ぎましたからね」
紫色の煙がゆっくりと天井に昇る。
当面の課題は艦隊の再編と戦力の充実だな。
「これを機にディラングと和平の道を模索できれば良いのだが……」
オニールが小さく呟く。
勝った。とはいえ、あまりにも大きな代償だった。
「理想的な提案ですが、今後行う戦力再編より困難ですね」
目ざとく聞きつけた副官が、ため息混じりに答えた。
「……不本意ながら、そうだな。上層部の継戦論者を説き伏せるのは、ディラングとの戦い以上に困難だろう」
おそらくそれはディラング側も同様だろう。聞きかじる噂では、皇室内部では和平派もいるそうだが、元老院での継戦派の力が強く、その声は民衆まで届いていないと聞く。
「軍人として最善の策が取れない以上、次善の策「戦力充実」をとらざる得ないな。残念なことだが」
オニールが肩を竦めた。
「それが一番現実的な案ですね。そうなると今戦いで一番の功労者を戦力に据えない訳にはいきませんな」
ううむと唸りながらメインスクリーンの先をゆっくり指差す。その遥か先には、勝利の女神たちが乗る艦。シルフィードがいるはずだ。




