第6章 起死回生の作戦 2
「にわか作業者がやったぶっつけ工事だ。優希のアイデア通りに、とりあえず撃てるようにはしているが、射程距離やビームの収縮率など、そんなことは撃ってみないと一切わからない! 効果を得るためには、出来るだけ至近距離に寄って撃つ必要がある!」
なんとかその場が収まると、工事指揮をしたマクレガーが口を開き、和んだ空気を引き締めた。
「つまり、アイデア優先の理論値だけの代物で、信頼性やら能力は全くわからないってことですね」
図面と呼ぶには明らかに雑なスケッチに目を落としながら、ミサキが問い返す。
「有体に言えばそういうことだ。ついでに言うと、砲身も撃てるだけで耐久性の保証は全然ない。少しでも勝てる確率を作ろうと思えば、無茶をするしかないんだ」
「シルフィードを改造した時点で無茶は十分しています。今さら不安がひとつふたつ増えたところでどうってことないです」
マクレガーの憂慮に、にっこりと笑い不安を打ち消した。
もう迷わない。強い意志の表れでもあった。ミサキは一度大きく頭を振ると、作戦開始を告げるべく、右手をすっと前に差し出した。
「総員、第一種戦闘配置。これよりシルフィードは発進します。目標、敵超巨大戦艦! ビーム砲に用いる3番4番エンジン以外は、出力全開にしてください!」
「了解!」
シルフィードのエンジンに再び火が点り、猛然な勢いで加速していく。
「くっ……」
艦内の重力加速度が加わり、ブリッジクルーの、いや、シルフィードに乗艦している全てのクルーが、唇を噛み身体をシートに押し付けられる。本来なら加速Gを打ち消し作動するはずの重力スタビライザーの動力も、全てエンジン出力に回しているのだ。
前方に無数の光の明滅が見える。超巨大戦艦によって蹂躪されている戦場だ。シルフィードは一気にその空間に飛び込んだ。
地球連邦の旗艦グローリアのブリッジは騒然としていた。
突如現れた超巨大戦艦に多数の僚艦が撃破され、グローリア自身も小破しているのだ。
「107攻撃部隊、応答せよ!」
「26宙挺部隊より入電。『援軍を請う』繰り返し入っています」
「駆逐艦ワルキューレ撃沈。ゆうなぎ大破、自力航行不能。戦艦ミズリー中破!」
「24部隊の戦力、65パーセントに低下!」
ブリッジ下部のオペレーションルームには、ひっきりなしに入る僚艦の被害報告に、オペレーターたちがパニック寸前に陥っていた。
連邦軍一沈着冷静と言われるオニール中将も、動揺を隠し切れずにいた。つい2時間前までは我が軍が有利に戦っていた戦闘。それがたった1隻の超巨大戦艦の出現で、形勢が一気に逆転してしまったのだ。
すでに自軍の30パーセントは、撃沈または大破による、戦闘継続不能の事態に陥っている。このまま戦闘を継続していけば艦隊の壊滅は必至だろう。
「通常なら引くべきだが……」
オニールは大きく首を振る。ここで我々が引くわけにはいかない。この土星防衛線を抜けると、地球までの距離は僅かしかない。連邦が体制を立て直す間も与えず、勢い付いたディラング軍は、一気に地球本星まで進軍するに違いない。絶対に引けない戦なのだ。
「本艦の損害はどの程度だ?」
「第18・24・67ブロックに被弾。右舷ミサイルランチャーの一部が使用不能です」
リスト片手にブリッドが即座に報告する。
「そうか……」
そう言うと暫し目を瞑り、瞑想に耽る。実際にはほんの数秒のことだが、オニールにとっては数時間にも及ぶ長い葛藤だった。
やはり、それしか道は無い。オニールはブリッドの方に向き直った。
「君は直ちに下艦し、ガイアに移乗するように。たった今から旗艦権限をガイア!に移す」
「提督!」
たまらず副官が訊き返す。それほど信じられない命令なのだ。
旗艦権限の委譲。
連邦艦隊のマニュアルにその項目は確かに存在する。だがそれは、旗艦が撃沈または航行不能の状態に陥ったときに行う緊急コードであり、今のような五体満足の状態で発動するものではない。
「反論は許さない。君が今から指揮をとるんだ。本艦はこれより敵超巨大戦艦との決戦に赴く」
毅然として言い放つ。あの敵とやり合える戦艦はグローリアのみ。オニールは刺し違えるつもりで砲雷撃戦を決意したのだ。
「移譲用シャトル出せ。本艦は10分後に出撃する」
ひとしきり指示を与えると、オニールはキャプテンシートに腰をおろした。
その時。
「提督。シルフィードの永井ミサキ中尉から緊急連絡です!」
通信士官が指揮系統を一切省略して報告してきた。
「シルフィードの? ミルキー・エンジェルは無事だったのか?」
「はい。なんでも超巨大戦艦攻撃にかんして具申する作戦があるとか」
作戦? どんな? オニールは首を傾げたが、なによりもまずミルキー・エンジェルのメンバーが無事だったことに安堵した。彼女らがいるかいないかで前線の士気に大きく影響する。まず無事な姿をみんなに知らせるべきかもしれない。
「作戦を聞こう。通信を開いてくれ」
「了解」
復唱と同時に画面が開き、ミサキが敬礼をしたまま待っていた。
『広報部独立艦隊シルフィード搭乗員、永井中尉です』
「オニールだ。とにかく無事で何よりだった」
『はい。しかし、エバンス艦長を始めとする運行クルー、クルスト指令率いる随行艦隊が全滅。被害は甚大です』
「残念な報告だが、事態は逼迫している。詳細な報告は後で聞く。それよりも、まず具申項目を聞こう」
『その件ついては発案者に代わります』
そう言うとカメラが切り替わった。そこに映っていたのは、セミロングのボーイッシュな美少女。見慣れない顔だが、ミサキと比較してもなんら遜色は無く、溌剌さではむしろ凌駕しているのではないだろうか?
その美少女が、緊張した面持ちでオニールを見つめていた。
『沖田優希臨時准尉であります。時間がないので、作戦内容を簡単に説明します。シルフィードのオメガ融合エンジンをビーム砲にして、敵超巨大戦艦に至近距離で発射、敵艦隊殲滅への突破口とします』
「なにっ?」
オニールが目をむく。
「そ、そんなことが可能なのか?」
奇天烈な作戦内容にブリッドも驚愕の色を隠せない。
当然だ。ミサキたちも最初に作戦内容を聞いたときには、自分の耳を疑ったほどの突飛なプランだったのだから。
「可能です。既にシルフィードの改造は完了しています」
「無茶だ! そんな作戦」
「出来るはずが無い!」
居合わせた参謀たちは口を揃えて不可能を連発する。相手は第7艦隊が一点集中攻撃を試みても突破できなかった相手である。それをただの巡洋艦、ましてや軍の広報部隊に過ぎないシルフィードが攻略など不可能に決まっている。彼らは競うようにマイナス材料を列記し、オニールに具申する。
「例え理論上で可能であっても、そんな急ごしらえの兵器でどこまで信用できるのかね? 収縮調整すら出来ない砲で? ビームの減衰を考えると、3百キロを切るような至近距離で撃たなければ効果はあるまい」
参謀のひとりが専門知識を盾に否定的な意見を列記する。確かにそうかも知れない。そうかも知れないが、なぜ否定的な意見だけを出すんだ? 今は反対意見を出すときじゃないだろう。
『出来ます! シルフィードなら至近距離に接近は可能です!』
批判的な答えしか返ってこない参謀連中に優希は怒鳴る。
「精鋭の第七艦隊ですら出来なかったんだぞ!」
「根拠がどこにあるんだ! お前たちのような素人に……」
再び激しく突きつける反対意見。艦隊の……いや、地球の命運がかかっているというのに、そんなことを議論するのではなく「どうやったら出来るか?」を考えるのが参謀の仕事ではないのか? 優希は怒りにも似た感情を抱いた。
『やりもしないで、どうして出来ないと言い切るのですか! シルフィードに搭載されているオメガ融合エンジンは大型戦艦用です。それが6基も! 2基潰したって並の高速巡洋艦より遥かに速い。その足を活かせば絶対に出来ます!』
「メインパイロットもいないのにか?」
逆なでするようになおも否定的意見を問う。
『パイロットならいます!』
遅々として進まない議論に、ミサキが割り込んで優希を指差した。
「パイロットがいる? 操艦経験があるくらいではパイロットとは呼べないぞ」
『優希クン……いえ、沖田臨時准尉はパイロットの資格を有しています。それもA級ライセンス保持者です。絶対にうまくいきます!』
「しかし……沖田臨時准尉では経験が不足しているのでは?」
尚も渋る参謀連中。すでに彼らの思想の中には、玉砕戦法以外に有効な選択肢が残っていないのだ。
『経験の有る無しじゃないんです! やるか、やらないか? そのどちらかでしょう! 許可が無くてもボクたちはやります!』
「待ちたまえ。それでは軍規が維持できない」
「待つ必要は無い。沖田准尉の作戦を許可する。連邦艦隊は全艦を挙げてシルフィードの援護に回る」
「提督!」
オニールの決断に、参謀が異論を具申しようとする。が、彼はぴしゃりと言い放つ。
「沖田准尉の意見はもっともだ。具申した作戦の反論など誰にでも出来る、それは参謀の仕事ではない! 諸君らに期待するのは作戦の批判ではなく、「1パーセントでも可能性の高い」勝利プランの立案だ!」
参謀たちを厳しく叱責すると、オニールは再び通信モニターに向かい直した。
「キミたちの具申している作戦は大変危険な作戦だ。成功する可能性は極めて低い。が、私が取ろうとしている特攻作戦も、勝機はきわめて低く、作戦としては愚の骨頂。艦隊を預かる提督として恥ずかしく思うよ」
そう言うと深々と頭を下げた。下げた上で改めて命令を伝える。
「作戦変更。シルフィードに敵超巨大戦艦殲滅の任に就くことを要請。貴艦のブリッジは艦隊全艦に中継し、士気高揚と意思統一を狙う。本艦以下全艦隊でシルフィードを援護する。以上だ」
『了解!』
ミサキ以下、シルフィードのブリッジクルー全員が敬礼をして応えた。
「早速作戦を実行します。みんな持ち場について!」
ミサキが命令を伝える。
優希も早速操舵席に着こうとするが、その足をオニールが呼び止めた。
『あーっ、沖田准尉』
「はぃ?」
『ひとつ言い忘れていた。キミのような可愛い女の子が「ボク」と言うのはあまり誉められないな。私的にはボクっ娘は、活発でなかなか萌えるのだがな』
悪戯っぽく笑うと、グローリアからの通信が切れた。後に残ったのは、ブラックアウトしたモニターを見つめる優希の苦笑いだけ。
いつのまにか彼を囲むように、ミサキに涼子やブリッジクルーが集まっていた。
「良かったね、優希クン」
「提督もあなたのファンよ」
「魔性の女ね」
「よっ。オヤジキラー」
ホントにこの艦は戦闘前だろうか? 緊張感が微塵も無いブリッジだった。




