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序章 いきなり艦隊決戦? 2 

 旗艦グローリアから発したオニールの放送は、連邦艦隊全ての艦艇に届いていた。第八遊撃艦隊所属の巡洋艦シルフィードとて、もちろん例外ではない。

「全員、今の放送聞いたわね?」

 腰まで届きそうな長い髪を揺らしながら、見目麗しい女性艦長が、キャプテンシートから立ち上がり、凛とした声を張り上げる。

 整った容姿に似合いの美声。それもそのはず、彼女は連邦軍随一のトップアイドルであり、なおかつ優秀な士官なのである。

 ブリッジの……いや、シルフィードのクルー全てが、各々の持ち場で艦長の言葉に耳を傾けていた。

「提督の言葉通り、地球の存亡はこの一戦にかかっているわ。わたしたちの戦い如何によって、今まで通り自由を謳歌するか、ディラングの植民地に成り下がるかが決まるのよ。みんなの希望は……聞くまでも無いわよね? この戦い、絶対に負けるわけにいかないわ!」

 拳を握り力説する。穏やかな性格で、激しい感情を表に出さない彼女にしては異例の出来事だ。

「エンジン圧力、臨界点に上昇」

「各砲塔、装填準備よし!」

「搭載各機、発艦終了。展開済みです」

「艦載機部隊よりGOシグナル届きました」

 艦長の鼓舞に呼応するように、オペレーターから次々と報告が届く。

「発進準備完了です。艦長!」

 すべての連絡を受け取り、副官の今井少佐が準備完了を報告した。彼女もまた艦長に負けず劣らず美貌の持ち主である。

 否、副長に限らずシルフィードの搭乗員は、たったひとりの士官を除いて全て女性。それも超が付く美人ぞろいなのだ。連邦の艦船でもきわめて異例だが、クルーの美しさとは裏腹に、卓越した機動力を武器に縦横に活躍するシルフィードは、連邦軍内外からミルキー・エンジェルと呼ばれる特別の存在なのだ。

「了解しました。本艦は180秒後に発進します」

 副長を介し、艦隊司令部に返答する。

 そのまま正面スクリーンを凝視していた彼女だが、一度大きく首を振ると、意を決したように愛らしい口を開いた。

「沖田中尉。ちょっといいかしら?」

 ただひとりの男性クルー。操舵士の沖田優希は、怪訝そうな表情を浮かべながら操舵席を立ち、艦長の待つキャプテンシートに向かった。

「何でしょうか? 艦長」

 緊張した面持ちで優希が質問する。戦闘配備中に艦長が同じブリッジにいる操舵士官を呼びつけるのは異例中の異例だ。

「そんな固い口調はやめて頂戴。戦闘配備中とは言っても、全く私語はダメって訳じゃないわよ」

 皆に聞こえない小声ながら、拗ねるような仕草を見せて艦長が答える。キャプテンシートで毅然としたたたずまいで指示を出す、いつもの雰囲気とは大違いだ。

「いえ、作戦中ですから」

 公私をわきまえて優希が答える。もちろん普段はこんな調子ではないが、決戦を前にしていつも通りのくだけた口調など出来るはずもない。

「もぅ、つれないわね」

「艦長が不謹慎過ぎるんです」

 戦闘時ですよ。というセリフをグッと堪えて優希が答える。

「じゃあ、この戦闘が終わったら艦長室に来て頂戴。……お願い」

 潤んだ目で懇願する。

「ボク、が……ですか?」

「そう、あなたよ」

「どうして?」

「言わせたいの? わたしの口から」

 座って受け答えするのがもどかしいのか、艦長はシートから立ち上がり優希と正対した。

「この戦いが人類の存亡を左右する戦いだってことは、あなたも当然知っているわね?」

 ごく当たり前のことを切り出す。今対戦に従事している兵士で、そのことを知らない者などただの一人もいないだろう。

「勝ち残るための理由が欲しいの。ううん、目的ね。人間楽しみを持っていないと生きていけないもの。後でなにをしようかとかいう。それでは答えとして不足?」

 必死に言葉を紡ぐ。恥ずかしさのせいか、耳元まで真っ赤だった。

優希より長身なはずの彼女の体が小さく見え、華奢な体が小刻みに震えていた。自ら立

場をわきまえ毅然とした態度を見せてはいたが、彼女もまた巨大な敵に対する不安と恐怖で押し流されそうだったのだ。

 そんな艦長を優希は愛しく思う。

「大丈夫。あなたならきっと勝てます。乗り越えられる」

 優しく微笑むと、務めて明るい声で言った。

「絶対に?」

「絶対に」

「言い切れる?」

「神に誓いますよ」

「その証を今見せて」

「人が見ていますよ」

「構わないわ」

 この人には勝てないな。

 小さく肩を竦めると、優希は膝を折り、艦長の手の甲にそっと唇をつけた。

「全てはこの一戦が終わってから」

 そう言って彼は自席に戻る。何故か頬が真っ赤に染まっているが、その点には触れないでおこう。

 一方、抱擁を受けた方の艦長は上気した頬のまま命令を発した。

「シルフィード発進します。エンジン点火!」

 軽い振動が艦全体に広がる。眠っていたオメガ融合エンジンが目覚めたのだ。

「沖田中尉!」

 艦長の意図は聞かなくても分かっている。優希は動ずることなくシルフィードのエンジン圧力を臨界点まで上昇させた。

「いけます。全エンジン出力マキシマム!」

「作戦を決行します。全速前進!」

 六基あるオメガ融合エンジンが唸りをあげ、シルフィードを先頭に第八遊撃艦隊が、斬り込み部隊として敵艦隊のど真ん中へと突撃を始めた。

「機関、最大戦速!」

「最大戦速。了解」

 復唱するとスロットルレバーを一杯に引き、シルフィードを最大戦速に乗せる。巨大なGが一瞬ブリッジを襲い優希の体をシートに押し付けるが、直ぐに重力スタビライザーによって中和された。

 シルフィードはその名の通り、一陣の疾風となって敵艦隊に対峙する。

「第一、第二主砲は右舷の戦艦に照準。第三主砲は左舷駆逐艦。副砲以下の火器は各個任意に迎撃!」

 矢継ぎ早に艦長の指示が飛ぶ。普段はほんわかした印象のおっとり美人だが、一旦戦闘指揮に立つと様相が一変し、頼もしさすら感じるほどの気丈さを発揮するのだ。

「全火器類、準備完了。いつでも使用できます」

 CIC(戦闘情報センター)に詰めた副長の今井が、復唱しながらインカム越しに報告する。

「主砲発射!」

「了解」

 艦長の命令以下、六門の主砲から青白い輝線が放たれた。

 光の鏃は躊躇うことなくディラング軍の戦闘艦に突き刺さり、漆黒の装甲板から紅蓮の炎を吹き上げさせた。

 それを合図にディラング側の艦艇も一斉に反撃を開始した。

 千七百隻もの大軍を従えるディラング艦隊の反撃は凄まじく、ナイアガラ瀑布のごとくブラスターが間断なく降り注ぐ。そんな中、優希はシルフィードをまるで自分の手足のように自在に操り、右に左にと回避していった。

「座標A―74に巡洋艦一、同じく54に戦艦二。左舷底部に突撃艇三機が接近。後方からは戦闘機六機が接近中!」

「了解」

 レーダー担当士官が読み上げるデーターを頼りに、優希は巧みな操艦でブラスターの嵐をすり抜けていく。その回避能力はもはや神業といってもよかった。

 まるで一流のピアニストのように、コンソール上のスイッチを繊細なタッチで操作し、嵐の最中、ほんの僅かに残った砲撃の希薄な空間に、250メートルもあるシルフィードを滑り込ませるのだ。並みのパイロットならば満足な回避行動も出来ずに、敵弾に晒され轟沈しているだろう。

「敵、ソルドップ級に主砲命中。続いてフロージア級にも命中。着弾三を確認しました」

 今井からヒット報告が続く。着弾率は驚くことに90パーセントを超える。砲術士官の技量もさることながら、回避行動をとりながらも砲撃がしやすいように絶妙なポイントに艦を動かす、優希の操艦センスがあるからこそ可能な離れ業であった。

「右舷の艦隊密度が薄いわ! あそこを叩き、突破口とします!」

 艦長が力強く宣言する。

その言葉通り、優希の見事な操艦と僚艦たちの健闘で、右舷の一角にエアポケットのような空間が出来ていた。

 優希は躊躇うことなくその場所へシルフィードを導く。進軍を阻む敵艦に次々と砲撃を浴びせ、迫り来る戦闘機の一団をマタドールのように鮮やかに回避しつつ、目指すポイントに突き進んでいった。

「こじ開けたぞ!」

優希が叫ぶ。それはシルフィード以下第八艦隊が、ディラング艦隊の陣形を崩した瞬間でもあった。

「シルフィードより連邦艦隊全艦へ。RD25ポイントに突破口確保! この空間に攻撃を集中。敵艦隊の撃破を願います!」

 すかさず艦長がオニールに報告する。この好機を狙わなければ戦局は消耗戦に発展し、勝利の行方はどちらに転ぶかわからなくなくなってしまう。

 連絡を受けた連邦軍の主力艦隊が、方位を変えて進撃を開始した。山が動き出したのである。

「作戦は成功したわ。撤退するわよ!」

「了解。置き土産のミサイルを全方位にばら撒きます!」

 今井が言うや否や大量のミサイルが発射され、無秩序に敵艦の脇腹に向かって飛び込んでいった。

 ブラスターと違い速度の遅いミサイルは、容易に回避迎撃出来るため、通常なら大した脅威にならないが、鼻先で何百発とばら撒けば十分な武器となる。ましてや乱戦で密集体系をとっていたなら、回避も迎撃もままならずミサイルの直撃にさらされるだけだった。

 被弾したディラングの艦艇が他の同胞艦の回避を阻み、さらに次の艦艇が被弾する。うろたえ誘爆するディラング艦艇の横を、第八遊撃艦隊が一団となってすり抜ける。先頭に立つのはもちろんシルフィードだ。

「急いで! あと二分で連邦軍の集中砲撃が始まるわ。それまでに艦隊全艦は当該宙域から離脱するのよ」

「了解」

 優希は全開のバーニアを更に吹かせ、乱戦の中シルフィードを加速させる。何隻かの僚艦は、この強行についてこられずに敵艦の砲撃を喰らって被弾・轟沈していった。戦線を離脱するにしても、敵艦の密集地帯では命がけの行軍なのだ。

 周囲の敵艦配置に目をくばせながら、優希は艦隊を導く。退避行動に移った今は、攻撃布陣よりもいかに防御しながらこの宙域から脱出するかに神経を研ぎ澄ませているのだ。

 しかし!

「本艦直後に敵大型戦艦! イレギュラーです。進路予測にありません!」

 予想外の出来事にレーダー担当が悲鳴を上げる。脱落した僚艦に代わって、ディラング軍の戦艦に後ろを取られたのだ。宇宙戦闘艦にとって推進機器の集中する艦尾部は、最も防御の弱い箇所である。ここをとられるとまず勝ち目がない。

「回避! どんな方法でもいいわ。振り切って!」

「ダメです。回避すれば他艦の集中砲火を浴びます!」

 今井が叫ぶ。敵艦隊の真っただ中とあっては、それも無理のない話だ。

「ゆう……沖田中尉!」

すがる様に艦長が優希を見る。彼なら何とかしてくれるかもしれない。祈るような視線だ。

「六番エンジン切り離します!」

 躊躇うことなく優希は、エンジンの一基を切り離して後方に投擲した。

 至近距離で投擲されたエンジンは見事に敵戦艦にヒット。大質量のオメガ融合エンジンが敵艦のブリッジを押し潰しながら爆発し、高エネルギーによる誘爆は併走する艦をも巻き込み、火の海にした。

「迎撃成功!」

 砲術士官ではなく、操舵士官である優希が報告する。

「ウソッ」

 そんな裏ワザがあるの? 一部始終を見ていた今井が呆然とした。

砲術士官ですら対処しようがない絶体絶命の窮地を、銃器を扱わない操舵士が一切の回避行動もとらずに切り抜けたのだ。

 シルフィードに限らず連邦の宇宙艦船は、メインエンジンが艦本体から切り離せる構造になっている。だがそれは、被弾したエンジンの誘爆で艦全体がダメージを受けないようにという設計思想であり、投擲に指向性を持たせているのも僚艦に当たらないための配慮である。

それ機能を優希は武器として使用したのだ。

 操艦技術、機転のよさ、センス。そのどれをとても、連邦宇宙軍で優希の右に出る操舵士はいないと言われている。今井はその一端を垣間見たような気がした。

 ふと気が付くと、シルフィードは敵艦隊の集団を抜け、艦隊の背後に回っていた。

「見て」

 艦長が背後に映ったディラング艦隊を指さす。

第八遊撃艦隊が、身を挺してこじ開けた突破口に、連邦の主力艦隊が群がり、戦局が一気に傾いたのである。

それはもう艦隊と呼べる代物ではなかった。ディラングの艦隊はその大半が被弾・轟沈し、敗走を始める艦まであり、戦意を完全に喪失していた。

 後で聞いた話だが、突撃の先頭に立ったのは旗艦のグローリアで、オニール自らが陣頭に立ち、指揮をとったとのことだった。

「敗走する艦には構うな! 狙うは敵の旗艦ただ一隻。各艦の最後の奮闘を期待する!」

 オニールの簡潔だが力のこもった激励が各艦に伝わる。再度戦線に飛び込んだシルフィードも、二隻の駆逐艦を屠りながら敵旗艦を求める。

「敵旗艦発見!」

 短い一文がブリッジに届いた。

「全砲門を集中させて下さい。目標は敵旗艦ブリッジ! この一撃で勝負を決めます。敵艦の攻撃を回避しつつ照準合わせて!」

 艦長が叫ぶ。

「また、無茶な要求を…………」

 きついオーダーに今井がぼやくが、優希の的確な操艦で激しい砲撃をかいくぐり、絶妙な位置でシルフィードの艦首が敵旗艦と相対した。

「今よ! 全砲門、撃って!」

 この一瞬のタイミングに合わせ、シルフィードの全砲門が火を噴いた。

 鋭い輝線は一直線に敵旗艦のブリッジを貫き、巨大な艦を一瞬にして沈黙させた。

「後続艦ならびに艦載機部隊は動力部を狙って。一気に勝負を付けるわよ」

 動きの止まった旗艦に何発ものブラスターが突き刺さる。もはや反撃の余力が残っていない敵旗艦は、回避運動らしい行動もとれず、幾条もの連続攻撃に耐え切れず爆発し宇宙の塵となった。

「やった!」

「我々の勝利だ!」

 崩れ落ちる敵旗艦に連邦兵士が狂喜乱舞する。それは長かったディラング皇国との戦いに、終止符が打たれた瞬間であった。

 その一部始終を見ていたオニールは再びマイクを手に取ると、高らかに勝利宣言を発した。

「地球連邦軍所属の全艦に告げる。敗走する艦は捨て置け。この場にいる敵艦は武装解除すれば、それ以上の攻撃には及ばない。我々は長きに渡るディラングとの戦いに勝ったのだ!」


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