第2章 気がつけば、宇宙 5
GA……!
鋭利で金属的なノイズが、だだっ広いフライトデッキ一杯に響き渡る。
艦載機を1機も持っていないシルフィードに、機動ユニットが2機3機と着艦する。
その脇で、整備士用のつなぎ服やデッキ要員の格好、あるいは士官服姿や派手なステージ衣装を着たミルキー・エンジェルのメンバーたちが、代わる代わるポーズをとったり踊ったりしながら離着艦の光景に華を添える。
せっかく随行艦隊がいるのだから、ついでと言っては何だが今日はそういうプロモを撮ろうという魂胆なのだ。
デッキ側面の減速用リニアブレーキが真っ赤に発熱する。また新たな機体が着艦したようだ。
SF22型・宇宙戦闘機、通称「ジャスティス」。
全長15メートル余りの単座の小型機だが、その小振りなサイズに似合わぬ大口径ガトリングブラスターを二門と、翼下に六発のミサイルを吊り下げることが可能で、機動性と高速性に富んだ連邦軍の主力戦闘機である。
「こんな立派なカタパルトを持っていながら、全然使っていないなんて……勿体ないを通り越して、ある意味犯罪だぜ」
着艦したばかりのジャスティスのコックピットで、ひとりの男がキャノピーを開けると親指を立てた決めのポーズをとる。ギャラリーがいればさぞや格好良かっただろうが、残念ながら無人のフライトデッキでは完全なる空回りである。
「おーぃ。お迎えはいないのか?」
あたりを見回すが誰もいない。本来なら着艦後直ぐに飛び出てくる整備士の姿すら見えなかった。
シルフィードには艦載機が搭載されていないのだから、考えてみれば当然なのだが、件のパイロット氏はそのことにはまだ気が付いてなかったのだ。
『こらっっ、荒垣! 無人のデッキで格好付けるのは後にしろ! 後ろが使えているんだ! さっさと場所を空けろよ!』
荒垣と呼ばれた機上のピエロは、レシーバーから届くヤジに、そそくさとその場を退場した。
「ったく。恰好だけはエース級なんだから」
『恰好だけじゃなくて、扱いもエースなんだけど』
「だったら、もっと自覚を持て!」
ヤジを飛ばしたパイロットが肩をすくめながら着艦体制に入る。
「機動性重視の艦とはいえ、どうしてこう着艦し難い構造になっているのかね?」
ぶつぶつと文句を言いながらも、鮮やかな技で一発着艦を決める。
フライトデッキからカタパルトへ一直線。敵陣への斬り込み隊長として、発艦のみを最大限考慮したその独特の構造から、ホーネット型高速巡洋艦は着艦が極めて難しい。着艦には翼下にある専用のアレスティングワイヤーにフックを引っかけて1次減速し、リニアブレーキの装備された艦内に収容するのだが、その際機体を背面にする必要がある上、エンジンなどの突起物も避ける必要がある。下手なパイロットがこれに挑めば翼に激突するのがオチだ。
着艦したパイロットは全員で四人。ニックと荒垣の他に、韓国系の朴とインド系のシンの四人である。ちなみにニックは金髪の優男、荒垣は短髪の熱血漢といった雰囲気、朴は優しい癒し系、敬虔なシーク教徒のシンはターバンを巻いていた。
「スゴイですね。みなさん」
特別に用意されたパイロットルームで、優希はパイロットたちの力量に敬意を表す。スクランブル訓練でもこうはいくまいというほどの連続離発艦を何度も繰り返し、シルフィードの周囲を一糸乱れぬ編隊飛行を披露してみせる。随行艦隊の艦載機乗りでも、エースクラスの四人だから当然といえば当然だ。
「なーにがスゴイもんか。艦載機乗りが戦闘機を飛ばすのは艦に着艦するのは当たり前だ」
照れ隠しか、ぶっきらぼうにニックが言う。
「でも、シルフィードすれすれに編隊飛行や、難易度の高いホーネット級に離発艦の繰り返しでしょ。大したことがあるレベルじゃないですか」
「いやいや、女神たちの乗るシルフィードに行けるんだ。ちょっとくらい難しいのなんて、問題に入らない」
荒垣もまた同調する。他の二人も鷹揚に頷き「
「やだ、そんな……女神だなんて、どうしましょ……」
おだてられて両手で頬を押さえ、ミサキが舞い上がる。白い歯を見せて笑うシンが口を開けるまでだったが。
「期待のニューフェイス、優希ちゃんに生で会えたんだ。銀河の神様に感謝しなければ」
がくぅぅぅ。
アゴが落ちる。
こいつらも優希命なの? 彼? がシルフィードに乗り込んでから、ミルキー・エンジェルの人気分布がすっかり変わっちゃったじゃない。
引っ張り込んだ張本人とはいえ、こうまで露骨だとさすがにどうなのよ? 微妙に複雑な心境にミサキは小さくうなだれる。
「そんな……ボクはメンバーじゃないですよ」
「まだ学生だからだろ? 入隊したら絶対お呼びがかかるって」
朴が太鼓判を押した。
「いえ……それは……」
ボクが男だからムリです。という言葉をかろうじて飲み込む。女装している今の恰好で言えば、ヘンタイのレッテルは免れない。
至って常識人の優希としては、その事態はぜひとも避けたかったが、運命の神様はあくまでも意地悪だ。
「もちろんそうなるでしょうね。その時はネット配信だけじゃなく、もっと大々的に公開しますわ。優希ちゃんが卒業するまであと半年。この先行公開は一生の自慢になると思いますよ」
うろたえる優希を尻目に、自信たっぷりにメグミが言い切っってしまう。
「おぉ!」
途端にどよめく四人。C調丸見えのニックと荒垣だけでなく、冷静なシンと朴まで興奮しているのだ。
「出来ることならもう少し親密に……」
その中でも特に節操のないニックが優希の手を持ちグッと近づく。
「え、遠慮しておきます」
目の前に広がるニックのアップ顔に、優希はひきつりながら答える。
「まぁまぁそう言わずに」
ニックの唇がぐいっと近づこうとした瞬間。
いつの間にいたのやら、割って入るようにエバンスのどアップが代わりに視界に飛び込んだ。
「焦る男はもてないぞ。それに艦隊指令のクルスト准将から「早く帰って来い!」との連絡も受けている。ここら辺りが引き際だとワシは思うが、どうかな?」
口調は穏やかだがその瞳には「ワシの娘たちに手を出すな」という無言のメッセージが込められている。階級の違いもあるが、この状態で迫れる若造はまずいないだろう。
「そ、そうですね。これ以上遅くなると提督にどやされる」
「い、行くぞ」
「お、おぅ」
上官の名前が出てそそくさと引き上げるパイロットたち。腕はぴか一だが性格にはかなり問題がありそうだ。
「根はいい奴らなんだが、あの女好きの性格をなんとかしないとな」
エバンスが肩をすくめた。
多少問題があるにせよ、優希たちの穏やかな航海はここまでだった。
太陽系の外には想像を絶する事態が待ち受けていたのだ。




