祖母の昇天、父の病
そんなわけでカナは、父のそばで残り少ない日々を過ごす事を選んだ。遥か彼方の遠い地へ行くと言う事は、肉親の死に目にすら立ち会えない事を意味する。それを祖母の死で痛感させられた。
ばあちゃんっ子だったカナにとって、祖母の死に際はおろか、葬儀にも間にあわなかったことは大きなトラウマとなった。
日本からの国際電話で訃報を聞いてから、どんなに急いでもブラジルから日本へ帰るのに最短で三日はかかる。しかも、急に飛行機の手配もできるはずもないから、結局帰り着いたのは葬儀の一週間後…。
その後、失意のうちにまたブラジルに戻ったが、後悔の念から仕事が全く身に入らなくなってしまった。あれほど、楽しくやっていた仕事なのに…。どうして? そこに父の突然の病…。今こそ、決断の時だと思ったのである。
仕事を辞めてから、六年ぶりに戻った日本はまるで別世界だった。日本ってこんな国だったかな…と違和感を強く感じた。
しかし、父との看病をする日々の中で忘れていた何かを取り戻していく喜びを感じる。この時、金村カナは三二歳となっていた。三〇を過ぎて、改めて人生とは何かを一から見つめ、今後の人生について考え直さなくてはいけないと思い至る。
そんなわけで、二回目の日本帰国後は父の看病をしながら、これからどうやって生きていくか時間があればひたすら考えていた。このまま結婚できないようなら、一生「お一人様」として生きていく事も真剣に考えなくてはいけない…。三〇を過ぎてから、今後の人生のあり方について考える事が増えた。
当然、結婚も考えていたが、これまで六年も…いや、協力隊時代も含めれば八年間も、海外でやりたいようにやって来たので、そっちの方はさっぱりであった。海外で一旗揚げるのと女性の幸せと言うものは、どうしても相容れない。
幸い、父は元気になったが、もう父も母も現役の一線を退いてのんびりとした余生を過ごす身となっている。もはや、いつ祖母のようなことになってもおかしくない。
もう、ヘスス長老のように、見せたいものを見せる事ができずに旅立たれるのはこりごりである。
そんな時、高校の同窓会で偶然再会した糸島市郎が外国での話に興味持ったことをきっかけにして付き合うようになり、アッと言う間に結婚してしまった。
「金村さんって、確か、ボランティア集団協力隊に行ったんだよね?」
「えっ…と、あなたは確か…」
「俺は糸島だよ! 覚えてないのかい?」
「だって、高校の時、ろくに話した事もないから…」
「まあ、そんなことはどうでもいい。俺はボランティア集団協力隊に興味があるんだ…」
今となっては、話すきっかけがあれば別に何てもよかったと主人は言っていた。あの時、お互いに仲のいい友人が来ていなくて、会場の中で明らかに浮いていた。そんな時、糸島はカナを見つけて、仲間を見つけられてよかったと思ったらしい。
「そんなこと、なにも同窓会で話さなくてもいいじゃないの? 昔の思い出に浸るような話題とかないの?」
「そんなのないよ…。仲の良かった連中は都合がつかなかったみたいで…。誰も来てないんだ。そう言う、金村さんはさっきからずっと一人で手持ち無沙汰だけど…」
「糸島君、余計なお世話よ…」
「だったら、金村さん、今から昔の思い出を浸りに行ったらいいさ。俺はそれまで待っておくよ」
「もう、めんどくさいな…。わかった。話すから…。そのかわり、最後までしっかり聞くんだよ。途中でめんどくさくなって逃げ出すのダメだからね!」
高校の頃はお互いに名前を知っているだけで、同じクラスにいたのに一度も話した事もなかったと言うのに…。あいつが一瞬でもボランティア集団協力隊に興味を持ってくれたおかげで、話すきっかけができたし、結婚できたようなモノだと言っても過言ではない。
全くもって、人生とは全く思い通りにならないものである。ただ、これで親をようやく安心させる事ができた。
しばらくは「糸島さん」と呼ばれる事に違和感を覚えたが、慣れてしまえばどうってこともない。こんなこと、八年間の海外生活を思えば何ともない。
今から十年前に、娘・伊織が生まれた。これで家庭を持ち、子どもも生まれ、女性としての幸せも満たす事ができた。親も孫の顔を見て、とてもうれしそうであった。カナが一人っ子であったため、カナが結婚して子どもを生まない事には孫の顔も見せる事ができなかった。
一方、夫・市郎には五つ離れた姉がおり、すでに義姉一家に子どもがいたが、義父母は内孫の誕生を大層喜んでいた。
今から八年前には、息子・息吹が生まれ、家族は増々にぎやかとなる。一姫二太郎とまさに理想の順番で子どもが生まれのもよかった。伊織がしっかりしていて、いつも姉らしくいてくれたし、息吹もとても素直で活発であったので、子育てで苦労したと感じる事はない。むしろ、毎日が楽しい。
海外で飛び回っていた頃は、子育てなんて…私には無理だと思っていたのに…。本当に人生とは分からない。




