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アボガド売りの少年  作者: あまやま 想
日本帰国後
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「日本」と言う名の現実

 飛行機を乗り継ぐこと、丸二日。私達はようやく成田空港にたどり着いた。二年ぶりの日本だ。空港の入国審査場前に書いてある


「ようこそ、おかえりなさい」


の文字を見ただけで、もう何とも言えない安堵感が体中に広がった。もう、ここはサルドノ共和国ではない。見知らぬ人とすれ違う時にスリに合う心配をしなくていい。


 人々の髪はみんな一様に黒く、肌もみんな黄色かかっている。そして、みんな同じように日本語を話している。サルドノへ行くまで、ずっと日本で暮らしていたはずなのに…。わずか二年間、日本を離れただけで、日本がとても遠い世界に感じられた。それこそ、とても遠い世界に迷い込んだような不思議な気分におそわれた。まるで初めてサルドノの地を踏んだときと同じような…。


 これまで髪の毛の色は金髪だったり、茶髪だったり、黒髪だったり、赤髪だったりした。また、肌の色も白かったり、赤かったり、黄色かかったり、黒かったりした。これだけ外見が異なる人々がそれぞれくせのあるスペイン語を話す世界こそがサルドノである。


 それまでいたサルドノの世界と日本とではあまりにも世界が違う。まるでこれまでいたサルドノが夢のように思えた。つい、この間までいたはずなのに、遠い世界に置き去りにしたような気がして、胸が痛くなる。


 日本へ着いた日の夜は二年間、共に苦楽を共にした同期と日本料理を食べた。これまで何度も日本食が食べたくなって、サルドノで日本食を頑張って作ったり、それらしき店を見つけて食べに行ったりした。


 しかし、日本で食べる本物の日本食には全くかなわない。あまりのおいしさに思わず、泣きそうになったほどである。日本酒もとてもおいしく、一滴一滴が体のすみずみまで染み渡るようである。


 どんなに遠く離れた所で暮らしていたとしても、またその場所の生活に慣れたとしても、ふるさとの味に勝るものはない。しみじみとふるさとの味と生活に勝るものはないと確信した瞬間であった。


 日本へ帰国した日から三日間は帰国オリエンテーションが東京のボランティア集団事務所本部で行われる。一日目は健康診断と公用旅券の返納、二日目は帰国報告会と「日本の現状」についての講義、三日目は就職相談と就職に関するセミナーがある。


 二年前、サルドノに行く前、日本はほんの少しだけ景気がよく、就職にそれほど困ることはなかった。ところが今の日本は不景気の真っ盛りで、どんどん景気が悪くなるばかりである。就職状況も最悪で、やりたい仕事を探すことは困難を極めた。


 ただでさえ、就職することは難しいのに、私は国際援助や国際協力へ進もうと考えていた。国際分野は普段でも狭き門なのに、私はどうにかなるだろうと楽観的に構えていた。そんなにあせらなくても、しばらくは今まで貯めてきた積立金で何とかなるだろう。下手な鉄砲も数撃てばあたるだろうと本気で思っていた。 


 これが、俗に言う「逆カルチャーショック」である。それぞれの任国から日本へ帰って来た際に、これまでのゆったりした時間の流れから、日本の慌ただしい時間の流れについていけず、ついのんびりと構えてしまうのである。


 しかし、そんな甘い考えはすぐに否定される。実家に帰ってからしばらくは親も久々の再会と言う事もあり、いろいろとよくしてくれた。それこそ


「サルドノはどうだったか?」


「サルドノの経験を生かせば、すぐ仕事が見つかるんだろう?」


といった感じだった。


 それが二ヶ月…、三ヶ月…と職が見つからないと、親の見る目が変わってくる。


「なんで、ボランティア集団事務所は就職の斡旋をしてくれないの? だいたい、二年間も途上国で頑張ってきたんだから、もう少し手厚く面倒を見てくれてもいいと思うけど…」


と母がぼやくようになる。


「だから、二年間も協力隊に行かせるのは反対だったんだ。二年前にカナがきちんと職に就いていたら、今こんなことで悩まないでよかったんだ」


「お父さん、そんなこと言わないでよ。確かに見通しが甘かったと思う。でも、わずか二年でここまで景気が悪くなって、職探しがこんなに難しくなるなんて、予想できるはずないじゃないの?」


「いや、違うね。問題なのはカナが現実を見てないことよ。どうして、その…国際ナントカの分野に進もうと思うの? そんなの聞いただけで難しそうじゃない? 今は何でもいいから、とりあえず仕事をすることが大切なの。職を選ばなければ、仕事が全くないわけじゃないよ」


「お母さん、それじゃあ、生活のために嫌々仕事をすることになるじゃないの。私はそんなの嫌よ」


 どうして、親からこんなことを言われないといけないのか…。私はだんだん嫌気がさしてきた。


「好きとか嫌いとかの問題じゃないんだ。カナはこの二年間やりたいことをやってきたじゃないか。それだけでも十分に幸せだと思う。世の中でやりたいことをやって生きていける人なんて一握りしかいないんだ。あとの大多数の人々は周りとうまく折り合いをつけながら生きている」


 私は両親とこれ以上話しても無駄だと感じた。気付いたときはリビングを飛び出していた。そして、吐き捨てるように言った。


「もう、いいよ。私は何を言われようと諦めないからね。私は嫌々やりたくないことをやって、生きていくなんてまっぴらゴメンだね。どうせなら、やりたいことをやって生きていくから…」


 そう言い残して、自分の部屋に逃げ戻った。それからしばらく、私は諦めずに自分のやりたい仕事を探していたが、やはり全て全滅であった。原因は分かっている。明らかに語学力が足りないのだ。TOEIC四五〇点では、英語を仕事でも問題なく使えるとは、とても言えない。


 スペイン語が話せると言っても、それを証明するものがなければ、話せないのと同じことである。…と言ったものの、スペイン語検定は年に二回しかないので、次の検定までまた二ヶ月以上も待たないといけない。

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