デング熱で緊急輸送
翌日、看護士に起こされた。検査の結果、デング熱を発症していることが確定した。それにしても、いつ蚊にやられてしまったのか…。
潜伏期間が七〜十日ほどなので、潜伏期間から逆算するとちょうどサマタカクに出張で行っていた時か? あそこはサンホセと違って、平原となっているので、標高も三〇〇メートルほどしかない。確か、蚊もたくさんいたような…。
任地のサンホセでは標高が千メートルあることもあり、蚊はほとんどいない。そうなると、やっぱり…。
私はすぐに富士見さんに連絡した。富士見さんはそんなことは分かっていると言わんばかりに、早速救急車の手配をしてから、彼女もオルデナプスへ向かうと言っていた。
それから、携帯を病院の人に渡すように言った。私はナースコールで看護士を呼んで、携帯を看護士に渡した。しばらくすると、看護士は分かったと一言だけ言って私に携帯を返した。
「必要なことは全て話しましたので、あとは病院の人に任せて下さい。それでは後ほどオルデナプスでお会いしましょう」
そう言って、電話は切れた。健康相談員は本当に大変だなと思わずにはいられなかった。それから、一回アプラヒクの病院を退院することになるので清算をしないといけない。
しかし、もうろうとした意識の中で財布なんか用意しているわけもなく、アソラナスの隊員から借りることとなった。人からお金を借りるのは嫌いな性分なので、緊急輸送中に一回家によってもらうことも考えた。しかし、田舎町のサンホセに救急車が入ると、それこそ大混乱が起こりそうなので、ここは大人しく借りた方がいいという結論に至る。
昼過ぎにブランカさんをのぞいた隊員三人が病院にやってきた。それから隊員の手続きをとることになるが、デング熱で意識がもうろうとしている私に変わって、年長者の宮本さんがお金の支払いをやってくれた。
それからしばらくしてオルデナプスの病院から救急車がやってきた。私はなされるがままに救急車の担架に乗せられた。その様子を見ている静岡さんと鳴戸君が必死に笑いをこらえているのが見えた。もし、元気であれば、とっちめてやりたいところだが、今はその気力すらない。
「カナ、最後にちょっとこっちを向いて」
鳴戸君がそう言うので、やっとの思いで振り向くと、デジタルカメラのストロボが光った。鳴戸君が笑いながらデジカメで病人の私を撮ったのだ。昨日と打って変わって、彼は楽しそうだった。なんか、くやしい…。
「鳴戸君、何やっているのよ。カナちゃんがかわいそうでしょう。今のデータを消しなさいよ」
「何でだよ。こんなのなかなか撮れないからね」
「カナちゃん、大丈夫よ。必ず消しておくからね」
「消すって、何のこと? カナ、全部やっておいたから。今は何も気にせず、デング熱を治すことだけを考えてね」
宮本さんは静岡さんと鳴戸君とのやり取りが分からずにちぐはぐなことを言って、二人を笑わせた。私も笑いたかったが、笑う気力がなく、心の中でひっそりと笑った。
やがて、救急車の後ろのとびらが閉まって、救急車は静かに動き出した。山道で私が転がらないように、担架の上で私の体がしっかりとベルトで固定されている。仰向けに寝かされているので、見える景色は空の青と木々の緑だけだった。
見舞いに訪れた三人は、私が救急車に乗り込んだ後、それぞれの家へ帰ったのだろうか…。
救急車には運転手と私の横にいる看護士の二人がいる。救急車の中ではレゲトン(レゲエ)の激しいアップテンポな曲が流れていた。とてもじゃないが、どんなに頑張っても目の奥や頭が痛い時に聞ける曲ではない。
それをアソラナスからオルデナプスまでの約三時間、ずっと聞かされたのだ。ただでさえ、かすかな意識が本当に飛んでしまうのではないかと何度も思った。実際、薬の副作用と音楽の激しさに何度も気を失った。
その上、山道でベッドから転げ落ちないようにベルトでしっかり固定されていたため、寝返りも打てずに耳を塞ぐこともできない。正気の沙汰ではない。この世の地獄とさえ思った。これは命に関わる…。救急隊員が病人への拷問をするとは、思ってもいなかった…。
私は必死になって、ベッドのベルトを緩めることと、レゲトンの音楽を消してもらうことを、気力をふりしぼってお願いした。なんとかベルトは緩めてもらえたが、レゲトンは音量が少し小さくなっただけ…。こんなことは日本では絶対に味わえないだろうし、ありえないだろう。
オルデナプスの街に入ると、急にレゲトンの音楽は消され、サイレンが勢いよく鳴らされた。サルドノ第二の都市、オルデナプスではアソラナスに比べるとはるかに交通量が多い。しかし、サイレンを鳴らす必要はさほどないはずなのに…。
しかも、病院に着くと看護士が神妙な面持ちで、私を救急車から降ろした。それから、勢いよく、しかしながら優しく検査室へ運んだ。そのギャップがあまりにもおかしくて、思いっきり笑いたかったが、今の私には笑う気力もなかった。
治療室には富士見さんがもう着いていると思ったが、まだ彼女は着いていなかった。ある程度の段取りは彼女がやってくれているとは言え、何も分からない状態で、検査が進んでいくので、私は何も分からずにどんどん不安になる。
早く富士見さんが来ますように、そう何度もカナは祈った。その間も検査は勝手に進んでいく…。あまりの高熱に都合のいい幻想を見ているのでは…とふと思ってしまった。




