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アボガド売りの少年  作者: あまやま 想
本編2【後半の1年間】
30/55

まさかの坂

何度も一進一退を繰り返しながらも、ようやく活動への手応えを感じたカナは残り少ない任期を全うするために力を注いでいた。そんな矢先…。

 一一月に入ってすぐのこと、急に目の奥が痛くなった。何かおかしいと思って、いつものように学校へ行ったものの、体がすごく重く感じた。どうせ、ただの筋肉痛だと思ったが、それにしてもおかしい。


 実はこの前日、ナコク県にあるナコク遺跡で行われる日本文化紹介に向けて、「ソーラン節」や「エイサー」、「ししまい」の練習を行っていた。だから、筋肉痛と思って、疑わなかった。


 しかし、とてもじゃないが立つこともままならず、授業にも行けそうにもなかった。しばらく、職員室で休んでから様子を見たが、調子が良くなるどころか、ますます悪くなる一方である。このままでは家に帰ることもできなくなりそうだ。


 次の時間の準備のために教科書を開けてみたが、文字を見ると頭に激痛が走った。これは本当にただ事ではない。私は校長室に行って、校長に病状を説明した上で、仕事を早退することにした。今まで首都への出張のために早退することだったら何度かあったが、病気を理由に早退することは初めてである。とりあえず、帰ってから休もう。


 帰ってから熱を測った。熱を測ると三九・九度であった。これは何かの間違いだろうと思い、しばらく体温計を冷ましてから、再び熱を測る。やはり、三九・九度である。


 もしかして、みんなから恐れられている「デング熱」ではないだろうか。目の奥の激痛に、四〇度近くまで上がる高熱。まさにその典型である。そう思い、集団事務所の健康相談員と連絡を取った。


「それはデング熱の可能性が極めて高いので、すぐにでも病院へ連れて行ってもらって下さい」


 健康相談員の富士見さんに言われた通り、下宿先の家族に伝えた。サンホセは小さな町なので、県都のアソラナスまで車で連れて行ってもらった。車で四〇分かけて病院へ向かう。気を確かにしなければと思ったが、意識がもうろうとしていて、どうにもならない。


 病院に着いてから、すぐに血液検査が行われた。結果は翌日にならないと分からないとのことだったが、四〇度近くの高熱が出ているため、この日はそのまま病院へ入院することになった。私が病室に入るのを見届けて、下宿先の家族は帰った。


 それから入れ替わるようにアソラナスの隊員といつも語学を教えてくれるブランカさんが見舞いに来てくれた。もうろうとした頭の中で「まだ、連絡していないのに、どうして知っているのだろうか?」と思っていたら、隊員の一人である宮本さんが言った


「健康相談員の富士見さんから聞いたの。カナがデング熱で入院することになったので、様子を見て欲しいってね」


 すると、今度は静岡さんがつぶやいた。


「ちょっと、カナちゃん大丈夫? この時期にデング熱とはついてないね。もしかしたら、ナコク遺跡の日本文化紹介にも出られないかもね。あんなに練習を頑張ったのにね…」


 鳴戸君も来ているようだが、彼は終始静かだった。何かあれば、こうやって隊員同士が駆けつけてくれることがありがたかった。


「カナはちょっと頑張り過ぎたのよ。せっかくだから、しばらく休んだらいいよ」


 と、ブランカさんがスペイン語でやさしく言ってくれる。もう、サルドノに一年半近くいるのに、スペイン語で考えると未だにうまく頭が働かなくなるときがある。その上、高熱で頭がもうろうとして、日本語すら怪しいぐらいだ。私は


「来てくれて、ありがとう」


と言うのが精一杯だった。


 それからしばらくはブランカさんを含めた四人で話をしていた。私もいろいろと話をしたかったのだが、目の奥はズキズキ痛むし、頭はもうろうとするしで、黙って話を聞くだけでもすごく大変だった。それから病院で与えられた薬が効いてきたのか、急に眠くなってきた。見舞客が来ているのに眠るわけにはいけないと思ったが、薬には勝てなかったようで、気がついた時には寝ていた。


 ジリリリリ、ジリリリリ、ジリリリリ…。


「おい、カナ、携帯が鳴ってるぞ」


 仏頂面の鳴戸君がめんどくさそうに言った。携帯の音で目を覚ました私は外がすっかり暗くなっていることに驚いた。そして、四人の見舞客に対して申し訳なく思った。


「カナちゃん、いいのよ。病気はしっかり寝て、しっかりと食べるのが一番なんだから。病人が見舞客に気を遣わないで」


 私が起きたことに気付いた静岡さんがやさしく言ってくれた。そして、無神経な鳴戸君を目でギロッと睨みつけた。彼は申し訳なさそうにしていた。


「もしもし、瀬戸です」


『もしもし、富士見です。瀬戸さん、調子はどうですか?』


「さっきまで寝ていたので、少し落ち着きました」


『あら、起こしてごめんなさいね』


「いや、いいんですよ」


『さて、明日になれば、検査結果が出ると思うけど、もしデング熱と診断されたら、オルデナプスの病院に移ってもらいます』


「どうしてですか?」


『それはそこの病院では、デング熱が重症化したときの対応ができないからです。本当ならアプラヒクへ来てもらいたいのですが、現在サルドノでは全国的に大雨が続いているため、アプラヒクまで移動できなくなりました。一応、オルデナプスの病院から救急車で迎えに行ってもらうよう手配してあります。そこへ私も明日行く予定です』


「なんか、もうすでに確定したような言い方ですね」


『そりゃ、そうですよ。瀬戸さんの症状は典型的なデング熱の病状ですからね。明日の検査結果はその確認のために行うものですよ』


 そんなやり取りをしばらく続けて、電話を切る。すると、四人は静かに電話のやり取りを聞いていたのでびっくりした。


「ちょっと、やめてよ。盗み聞きなんて…」


 私は思わず茶化してみせた。心配しているからこそ、そのようなことを四人がやったと言うことも分かったが、それにしても四人があまりにも静かに聞いていたのでびっくりしてしまったのだ。


「もしかしたら、明日オルデに行ってしまうかもしれないんだね」


 静岡さんがさびしそうに言った。さっきまで楽しそうに話していたのが、嘘のようだった。鳴戸君もさっきまで他の三人と楽しそうに話しているような気がしたが、今は意味もなくふてくされている。


「まあ、どっちに転んだとしたとしても、また明日みんなで見舞いに来るから…」


 三人の中で一番年長者の宮本さんが落ち着いた声で言った。ブランカさんも同じようなことをスペイン語で言った。それが合図となって四人は病室を後にした。四人がいなくなった病室は心なしかひんやりとしていて、私を一層心細く不安にさせた。昼間寝たせいか、なかなか寝付けない。

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