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アボガド売りの少年  作者: あまやま 想
本編1【赴任から最初の一年間】
17/55

ヘスス長老の誕生日(1)

 四月二三日、この日はサンホセで一番長生きしているヘスス長老の八八歳の誕生日であった。日本で言えば、米寿にあたるヘスス長老の誕生日はサンホセの町でも特別な一日となった。


 この日は平日だったので朝はいつも通り学校があり、カナは他の先生たちと同じように算数の授業を行ったり、授業補助を行ったりしていた。子ども達もいつもと同じように学校で授業を受けていた。この時点でカナは何も知らなかったので、いつも通りに授業を終えて下宿先に帰った。


 下宿先に帰り、台所へ行くと下宿先の同僚のベレン先生からこんなことを言われた。


「カナ、今日はヘスス長老の八八歳の誕生日だから、夜は町を上げてヘスス長老の誕生日会をすることになっているの。私たち家族も全員参加するつもりよ。もちろん、カナも一緒に行くでしょう?」


 カナはベレン先生が作った昼食のフリホーレスとトルティーヤ、チョリソ、サルディーナを食べながら、いつもの無茶ぶりが来た…と思った。誕生日なんて前から分かっていることなんだから、事前に教えてもらえたらいいのに…。誕生日会に行くのに、手ぶらではさすがに申し訳ない。


「ベレン先生、せっかくだから私も参加したいけど…、あいにくプレゼントを用意してないのよ」


「何言っているの? カナは行くだけでいいのよ。長老はカナに会えることを楽しみにしているんだから…。長老は長生きしたおかげで、海の向こうからやってきた日本人と会えるんだから、長生きしていて本当によかった…と言っているのよ」


 まさかのプレゼントはわ・た・し…ってやつか? まあ、いくら、ラティーノと言えとも、八八歳にもなってからそんなことを言われても困るだろう。いや、こんなことを公衆の面前で言おうものなら、周りの血気盛んな男どもが黙っていない…。


「そうね…。でも、さすがに手ぶらは気がひけるな…。長老はビールを飲むの?」


「長老はサルバビーダが好きだから、サルバビーダを三本ぐらい持っていったら喜ぶよ〜」


 日本だったら、米寿のおじいちゃんにビールをがぶ飲みさせるとか、まず考えられない。まあ、文化が違えば、そんなことも問題ない。むしろ、死ぬまで好きなモノを食べて飲んで踊ることがこの国における最上の幸せである。それでいいのかもしれないけど…。


「先生、家族で長老へのプレゼントを用意しているんだよね?」


「ええ、もちろんよ」


「それに私も加えてもらってもいい? もちろん、お金も出すから…」


 カナはご老体にビールをがぶ飲みさせるのが忍びなくて、ベレン一家のプレゼントに便乗することにした。


「カナ、もしかしてお金ないの?」


「いや、そんなことはないけど…」


「分かった、分かった。お金はいいよ。一緒に買ったことにして、一緒に長老に渡しましょうね」


 結局、お金は出さずに便乗すると言う形になってしまった。サルドノに来てからもうすぐ一年が経つので、スペイン語もそれなりに上達したつもりであったが、こう言う時に微妙な言い回しができずに何となく言いきられてしまうことがある。まあ、今度家賃を支払う時にコーヒー豆でも渡すか…。


 今夜は久々にごちそうが食べられるぞ! カナは密かに喜んでいた。さすがにサルドノの食事に慣れたとは言え、朝昼晩三食ともトルティーヤとフリホーレスの毎日は辛いものがあった。今晩は豚の丸焼きにありつけそうである。

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