ep7
「殺す気かよ……」
火照った体を地面に横たえ、息を荒げながらオリオンが愚痴る。
この世界の常識など何一つ知らないオリオンだが、女神であるセレネも然程人間の常識を知っている訳ではない。
王都へ向かうと決めた翌日、下準備とばかりにセレネにこの世界のことを尋ねるオリオンだったが、有益な情報などこの世界に魔法があることと魔物がいる、ということぐらいのものだった。
オリオンは魔物などいない世界で生きていた。
当然、魔物に対抗する術など持ち合わせていない。
よって、セレネと戦闘訓練を行ったのだが、軽くあしらわれボロボロにされたのだった。
彼の名誉を守るためにも言っておくが、これは決してオリオンの能力が劣っているわけではない。
むしろ、犬を使い高めた能力は、技術は無くとも国の一個師団と同等程度の力があっただろう。
ただ、オリオンが不運だったのは、セレネもオリオンも一般的な人間の能力というものを知らなかったことだろう。
セレネの要求する能力が並外れていることに気づけず、それ故ボロボロになっているのだった。
「魔物ってこんなに強いのかよ。犬を使ってもこれじゃあ創造神からもらうものの選択をミスってたらすぐに死んでたな」
「この程度でねを上げるなんてほんと不甲斐ないわね……」
「無理言うなよ! 魔法は使えないし、犬で攻撃しようとしても対象を取って効果を発動させるまでにラグがあるからあたんねぇし、かといってラグが関係ないように自分の身体能力を強化しても今度は技術が足りなくてあたらねぇし……」
魔法を使うためには魔力が必要なのだが、オリオンは魔力を持ち合わせていない。
この世界において魔力とは魂そのものと密接に関わっており、別の世界からきた魂を持つオリオンに魔力がないのは当然といえよう。
ただオリオンは、魔力は使えずともそれを補って余りある犬という能力を持っているのだが、どうしても対象取り、情報解析、実行とタイムラグができてしまい、少なくとも今やっているような個人の能力で戦うような戦闘には向いていない。
下準備にかける時間さえ用意できれば、多人数で使用する儀式魔法の様な戦略級の使い方もたやすくできるのだが、今はまったくもって使い道がない。
そして魔法がだめなら(身体能力の)レベルをあげて物理で殴ればいい! と言いたいところなのだが、そもそもそれには当てる技術がなければ意味がない。
重ねて言うが、これらの問題はラグがどうのとか、技術がどうのと言う以前に、只単にセレネの要求するレベルが高すぎるだけなのだが……。
「ほんと、言い訳ばかりでどうしようもないやつね……。ま、いざとなればあたしが守ってあげるわよ」
「だが断る。そもそも言い訳じゃなくて純然たる事実だ。まあ……別にどうしようもない訳ではないんだが、ちょっと問題があってな……」
「問題ってなによ? どうせ只の言い訳でしょ? できるもんならやってみなさいよ」
「俺にとっては何の問題もないんだがな……。まあいいか。んじゃぁちんからほいっと」
あほっぽい掛け声と共に、オリオンの体は光に包まれた。