ep2
――ごめんね――
それが俺がこの世界で聞いた初めての言葉だった。
さて、そんな俺の状況を簡潔に説明しよう。
捨て子なう。
文字数にしてたったの五文字と短いものだが、一般的には割と重い問題だろう。
そして補足すると、ここは森の中であり当然周りに人なんてもんはいない。
しかしながら捨てられたという事実は俺にとって割りとどうでもよかったりする。
そもそも、転生という本来ならありえない状況に置かれている俺であるからして、捨てられたという程度のことは些細な問題だ。
むしろ森の中に捨てられたということで「知らない天井だ」というある種異世界ものの鉄板ネタとも言えるセリフを言えなかったことの方がショックが大きかったりする。
二次元に傾倒していた俺から様式美を奪うとは、ある意味現状の転生させられたということ以上の罰ゲームなんじゃなかろうか。
グルルルルルル
と、まあそんなことを考えていたのだが、そうもしていられなくなったようだ。
明らかに獣と思しき唸り声が聞こえてきているのだが、首もすわっていない赤ん坊の俺には視線を動かすことすらままならず、その声の主を知ることはかなわない。
――詰んだなこりゃ――
神が何を考えてこの状況をつくりだしたのか俺の知るところではないが、この状況を打破できる手段など俺にはなく、この唸り声が俺の二度目の人生終了のお知らせとなるのだろう。
もし死に戻りなんて事態になったのなら、今度は絶対に転生を拒否しよう。
そんなことを考えていた俺であったのだが、次の瞬間聞こえてきた声でその考えは霧散する。
アハハハハハハ
聞こえてきたのは女性の笑い声だった。
むしろ爆笑といっていいだろう。
爆笑とは大勢の笑い声という意味であるので、本来なら一人の笑い声として爆笑という表現を使うのは誤用だ。
しかしながら、言葉というものは時代とともに移り変わっていくものなので、世の中の大多数の人間が爆笑を大笑いという意味で受け取るというのならそれが正しいと俺は思う。
閑話休題。
一頻り笑って落ち着いたのか、笑い声の主である女性が俺の顔を覗いてきた。
どうでもいいが、涙目なのは笑いすぎだと言わざるをえない。
「眷属からおかしなものがわたしの領域に侵入したと知らされて来てみれば……。創造神様からこの世界に新しい要素、異物であり変革をもたらす者を送り込んだと聞いてはいたけれど、まさかこんな形であうことになるとは思わなかったわ」
そういってまた笑い出す女性。
正直うざい。
眷属というのは先ほどの唸り声の主で、創造神というのは俺を送り込んだあいつのことでまず間違いないだろう。
そして俺を転生させるという連絡を受けているということはこの女性はただの人間ということはない。
それにしても笑い声がうざい。
「赤ん坊じゃ話もできそうにないわね。でも、あなたが創造神様から与えられた力を使えば姿を変えることなんて簡単なんじゃない?」
天井が無かったというショックで忘れていたが、そういえば犬をもらったのだったな。
試しに起動してみると、頭に大量の情報が流れてくる。
流れ込んでくる情報の多さに顔を顰めながらも――赤ん坊なので実際に顰める訳ではなく、俺の心情的なものだが――自分の肉体年齢を操作する。
数値はまあ前世と同じ21でいいだろう。
肉体年齢という情報を書き換え実行すると、徐々に視界が上がってくる。
どうやら肉体年齢を書き換えたことにより、肉体そのものもそれにあわせて成長したようだ。
「な、なな……」
笑い疲れたのか今度は声にならない声を出している女性。
長い銀髪をそのまま下ろし、頭には髪と同じ綺麗な銀色の犬のような耳、腰のあたりには尻尾がある。
周りを見れば先ほどの唸り声の主であろう犬が数頭いて、眷属がどうのと言っていたのできっと犬の獣人なのだろう。
顔を真赤にして口をパクパクさせているが、先ほど笑いすぎて酸欠にでもなったのだろうか。
ぶっ倒れてしまえばいいのに、と少しだけ黒いことを考えてしまっても無理はなかろう。
うざかったし。
「なんてものみせるのよ!!!!」
ゴツ
凄まじい音と衝撃が俺を襲う。
殴られたのだと気付いた時には既に地面に横たわっていた。
「何しやがる!」
「うるさい。それさっさと隠しなさい!」
体ごと顔を背け、俺を指差してくる。
どうでもいいが、現在彼女の尻尾はピンと立っており、毛先も逆立ち膨らんでいる。
それは犬というよりも猫の習性なんじゃなかろうか、といまだクラクラする頭でくだらないことを考えながら立ち上がり、彼女の言わんとすることを理解する。
ほんの少し前まで赤ん坊だった俺は、犬の力により青年に成長したわけだ。
そして赤ん坊だった俺を包んでくれていた薄布は俺が殴られる前に立っていたであろう場所に落ちている。
……結論、全裸。
「す、すまん」
剥き出しのシンボルを手で隠すが、それで彼女が納得できるのかといえばそうではないだろう。
「あんたの力を使えば服ぐらい用意できるでしょ。さっさと服着なさいよね!」
得たばかりの力だとはいえ、混乱するとすぐにそんなものは忘れてしまうのは、非科学的な力など存在しなかった世界に生きていた故の常識が邪魔をするのだろう。
「すまん。今やる」
再び犬を起動し、服を作ろうと試みる。
だが、先ほどの自分の体を操作したときとは違い、今度は何もない状態から服という情報を組み上げなければならず、その情報量は先ほどとは段違いである。
「くっ……」
混濁する情報の渦に飲み込まれ、徐々に意識が遠くなり、目の前に地面が近づいてくる。
「だ、大丈夫?」
心配する彼女の声を遠くに聞きながら俺は意識を手放した。
次話は今夜0時に投稿予定