二宮 美咲
「なかなかよかったよ」
私がそう言うと、真っ赤な顔で息を切らす男の子は恥ずかしそうに俯いた。
その仕草がなんだか可愛かったから、息の漏れる彼の唇にまたキスをすると、私の顔に若い吐息がかかってくすぐったい。
うっすらと汗ばむセーラー服の背中にはいつの間にか彼の熱い手が伸びてきたが、それをゆっくりと拒み言った。
「今日はこれでおしまいよぉ。君も部活あるでしょ?こんなことばかりしてちゃあ、だめだめ」
私は乱れた髪をなおし、彼の赤い頬を指で挟みひよこ口にしてみた。
うーん。かわいいなぁ。
彼は私を見つめ、ニコッと笑うと握り締めていた両手の掌を開いた。
「また、あそぼうね」
そう言うと彼は照れたように頷き、この男子トイレから去っていった。
図書室の下の階にあるこのトイレは放課後全く人が来ないので私はそれを利用して色んな男の子の味見をしてきた。
サッカー部やテニス部、野球部と陸上部なんかの男の子を少しだけ、つまみぐいしたこともある。
今日は一年生のサッカー部の男の子。
たまには年下もいいかなって気もしたし、可愛いいから声を掛けたらすんなり私についてきた。
こんなに簡単について来るのは私の容姿がいいからなのだろうか。
サラサラの髪にぽってりとした唇。
別に目なんか悪くないのにオシャレでかけてる眼鏡。
自分ではそんなにいいとは思わないけど。
一人ぼっちのトイレから出て、廊下の窓を開けるとぬるい風を伴って部活動の人達の声が蝉の声と一緒に廊下に流れこんできた。
それらの健全な音は私のカジュアルな男遊びを戒めるように、窓の外の世界には溢れている。
それでも茜色の風が私の身体を染め、ゆっくりと髪を撫でる。
目を瞑ると人に撫でられている気がするこの感覚が好きで私はしばらくそうしていた。
少し孤高のヒロイン気分も味わったし、さて、もう帰ろうかな。
私は窓を閉めて階段を登った。廊下に溢れていた外からの音は私から遠ざかったり、私を撫でる風も窓の向こうに帰ってしまった。
中庭の見える廊下に差し掛かかり、
「生徒会室」と書かれた札を遠目に見た時、今日は生徒会の会議に出席するよう言われていたのを今さら思い出した。
でも、もう会議開始の時間から大分過ぎているし、仮にまだ会議中だとしても今から出席するのはダルいから無視して帰ることにしよう。
となれば、この廊下にある生徒会室を横切るのは得策ではない。見つかって呼び止められるのがオチである。
上の階から迂回して昇降口へ向かった方が安全だと考え、私が踵を返した時だった。
「お、二宮どこに行くんだ?」
私の存在に気づいていたようなタイミングで江藤が生徒会室の扉から顔を出して私を呼び止めた。
間の悪いやつ。
「……別に。ところで、会議もう終わったよね?」
「いや、まだ始まってすらないですからぁ」
ポッキーをくわえてこちらを見ている江藤の顔が夕日に染まっているのを見ると、あぁ夕方だなぁと思い更に家に帰りたくなった。
「へぇそうなんだ。ふぅん、じゃあね」
さりげなく帰ろうとした私を江藤がまた呼び止める。
「お前どこいくの?もう少しで小林来るよ」
私の気持ちを見抜いいるのかどうかは分からないけど、江藤はやたらと絡んでくる。
「いやちょっと半田先生に呼ばれてて」
「ん?今日は半田先生休みだったけど。俺のクラス生物の時間は代わりに山下先生が来て、半田先生は出張だって言ってた。……美咲ちゃーん。サボる気??」
しまった。江藤め、なんで私に絡んでくるんだ。
「別に、そんな気じゃないよ」
遠くに泳ぐ私の目は江藤の視線に捕まえられてしまった。
「サボるんだ?」
ニタニタとする江藤の顔が腹立たしい。
「わかったよ、出席すればいいんでしょ。もうなんなの、あんた」
あぁ、今日はついてないなぁ。
そう言うと江藤は生徒会室の中に引っ込み、ニヤニヤした声だけが私を呼んだ。
「とりあえずここに来い。オレら2人しかいないからつまんないし」
ため息をつきながら茜色の廊下を歩いていると、スカートのジッパーが下がったままなのに気がついたのでジッパーを上げた。
あぁ、もう少しあの子と一緒に遊んでたらよかったなぁ。