-Epilogue-
凍りつくような冬が終わり、木々は再び色付き始める。しかしそれは秋のような鮮やかさというものではなく、初々しい新たな芽ぶきである。
桜色に染まる並木道、その前に小さな分かれ道がある。満開の桜を眺めながら、一人の少女が待ちぼうけをしていた。
「おはよう」
やがてその少女にかかる声が聞こえてくる。少女もまた、笑顔とともに手を振り返す。
「おはようございますっ、和麻くんっ」
「あれ、夜美、髪型変えたか?」
夜美の雰囲気が少し違っている。笑って夜美は答えた。
「少し前髪と耳の横を切ってきました。どうですか?」
「なんていうか、ちょっと爽やかになったかな」
「本当ですか? 嬉しいですっ」
夜美生まれつきの黒髪が暖かい春風になびく。桜の乗った風が、夜美の頭をなでて行く。
「和麻くんも、今日は少し早いですね」
いつもならもう十五分ほど遅い時間に来るのだが、今日は違った。
「早くしないと、桜が全部散ってしまうからな。それに、あまり夜美を待たせるのも良くないしな」
「エヘヘ。ありがとうございますっ」
「さ、行こうか。充たちも待ってるだろう」
「はいっ」
いつものように、夜美を自転車の荷台に乗せ、坂道を駆け下る。春休みぶりだった。
下のコンビニに着くと、ちょうど充が出てきた。
「よっ和麻、夜美ちゃん」
「おはようございます、黒木さん」
「今日はメシいるのか?」
「うっせえ。補習だこの野郎」
こんな日まで鬼の補習とはつくづく可哀そうなやつである。一年前から何も変わっちゃいない。いい加減に勉強嫌いを治さないと大変なことになるというのに、暢気だった。
「あら、おはよう、みんな」
ついでにファッション誌を立ち読みしていた円も現れた。円の方は昼食ではなく、新学期の新たなノートを購入したのだそうだ。
「さ、行こうぜ。始業式が始まっちまう」
「まだ時間には余裕があるだろうが」
「さっさと行かないとクラス編成混み合って見れなくなるぜ」
充が自転車のロックを解除する。和麻の前に先手を切って走り始めた。
「ったく、もうちょっとゆっくりできねーのかな」
「エヘヘ。黒木さんらしいですね」
「さ、それじゃこんなとこで話しててもなんだし、行きましょうか」
「そうだな」
充に続いて和麻たちも自転車を走らせる。信号の前で充が手を振っていた。
「わあ、桜ですっ」
校門に到着すると、大量の桜が咲き誇っていた。夜美は荷台から降りると、背伸びをしつつ桜色の空を振り仰いだ。ひらひらと舞う花弁がまるで雪のように肩に落ちてくる。
「もう一年たっちゃったのね。早いものだわ」
円も同じように桜の幹を見つめている。雀たちがこぞって合唱していた。少しばかり早い桜の開花に小鳥たちもはしゃいでいるようだ。和麻は何となく微笑んだ。
今日は始業式。新しい学年へと進級し、またクラスが変わる。出会いと別れが交差する、真っ白なノートの一ページめのような、そんな日なのだ。
「お、体育館の前に掲載されてるみたいだぜ。見に行くぞ和麻」
「せめてチャリを留めさせろ」
桃色の花びらで埋め尽くされたアスファルトを、四人は歩く。それぞれに、各々の思いを抱きながら、新たに始まる生活に、身を委ねて。
輝かしい想い出は、心にしまう。辛い思い出は、明日へのバネになる。明日をまた、今日よりもすばらしい日々にするために――。
自転車を小屋に留めると、四人は体育館へと足を運ぶ。充の読みが珍しく当たっており、まだあまり人だかりは出来ていなかった。
「ちょっとジュース買ってくるよ。みんな飲みたいものあるか?」
特にほしくなったわけでもないが、何となく和麻はジュースを買うことにした。意味はない。ただそこに自販機があったからだ。
「それじゃ私はキリマンジャロゴールドブレンド無糖ね」
「俺はコーラでいいや」
「えっと、それじゃ、私はオレンジジュースがいいですっ」
みんな口々に飲みたいものを注文した。
「了解。じゃ、先に行っててくれ」
自転車小屋の近くにある、運動部員御用達の自動販売機に千円札を投入する。春は平気でこんなことをしてしまうくらいに穏やかだから厄介だ。思えばジュース代に千円を使ったことはなかった。五百円がなかったというのもあるのだが。
ガコン、という音がして無事に四つのジュース及びコーヒーを入手した。朝っぱらから何をこいつはやっているんだという少々痛い視線や、きっとジャンケンに負けたんだろうなという哀れみの視線なども感じたが、気にするほどのことでもないだろう。
いつの間にかクラス編成の発表されている体育館前には人だかりが完成していた。和麻はため息をついて、校庭前のベンチに腰を下ろす。さすがにこの人だかりの中を探すのは無理だった。
と、その時夜美が和麻にむかってかけてきた。何やら喜ばしそうな顔をしている。
「和麻くんっ! 来てください! 同じクラスですよっ!」
夜美に手をひかれて人ごみの中に突撃する。もみくちゃにされつつ目にした編成発表には、確かに同じクラスの中に和麻と夜美の名前があった。ついでに霧野夜美の下には黒木充の、一番下には吉野円の名前が見つかった。和麻はそれに気づくと、苦笑とも、嬉し笑顔ともとれる表情になった。
みんなそろっての、三年生。それも悪くないかもしれないな。
ベンチに戻ると、円と充の二人が和麻の買った飲み物を飲んでいた。
「全部同じクラスだな」
「三年生でも、よろしくってことね」
「はいっ。みんな一緒ですっ」
「そうだな。充とは腐れ縁なだけのような気がするけどな」
「いいじゃねーか。腐れ縁は切っても切れないぜ」
みんなで笑いあう。その様子に、立ち並ぶ桜も溶け込むかのように精いっぱい花を咲かせていた。
始業式が終わると、クラスの新しいHRがあり、午前中で終了する。明日からは早速身体測定や頭髪検査、来週からは学力テストが開始される。正直たまったものではないが、和麻はそれを鬱には感じていなかった。
和麻が新たなクラスから帰宅しようと夜美を探すと、教室には夜美がいなかった。
「なあ、充。夜美、見なかったか?」
「あれ? さっきまで、一緒にいたのにな」
「そっか」
和麻は携帯を取り出し、夜美にメールを送信する。
『どこにいるんだ? ひょっとして、帰った?』
すぐに返事が返ってきた。
『いえ、まだ校庭にいますよ。桜がきれいなので、眺めているんです』
なるほど、と和麻は納得する。円がまたもやクラスの委員長に任命され、和麻がそれを手伝わされていたので、気づかなかったのだ。
靴を履いて外に出ると、食堂のテラスに、夜美が立っていた。校庭が見える場所であり、なおかつ桜に囲まれているため、絶好の花見スポットである。白いテーブルの上に、いくつもの桜の雨が降り注いでいる。しかし今日は昼食を取る人間がいないので、がらんとしていた。
「夜美」
和麻が呼びかけると、黒く長い髪を翻し、夜美が微笑んだ。
「きっと、明後日くらいまでは満開ですよね」
「そうだな。綺麗なもんだ」
和麻が相槌を打つと、夜美は深呼吸をして、一歩前に出る。桜の幹の間からさす木漏れ日が、夜美の顔に陰で模様を作る。
「もう、あれから一年が立ちますね」
「ああ、そうだな」
夜美と和麻が出会った日。あの日から、もうすぐ一周年が立とうとしている。女子トイレで涙を流している夜美の姿が、昨日のことのように和麻の脳裏に鮮明に映し出された。
「あのときは、本当に、本当にありがとうございました」
「いまさら、何言ってんだよ」
「和麻くんは、私の未来を、ううん、私自身を、変えてくれました。ただ、惰性のように毎日を無意味に繰り返すだけだった、私を」
まるであの日の心情を語るかのように、夜美は話し始めた。
「あの時、和麻くんがいなかったら、きっと私は今、ここでこうして桜を眺めてたりは、しなかったと思います。もしかしたら、もうこの世にもいないかもしれません。だから、私はいくら感謝しても、和麻くんにはお返しができません」
「そ、そんなこと……」
「和麻くんは、私の憧れです。友達だってたくさんいますし、スポーツだって、万能ですし。私のために、数え切れないくらいいろんなことをしてくれました。和麻くんは、私の大切な人であって、私の憧れで、そして、私の永遠のヒーローなんです」
舞い散る桜が、高く昇った太陽の光を受けて桃色に光る。夜美を包み込むように、花弁が降り注いでいた。
「和麻くんがいてくれたから、今の私がいます。迷惑をかけるかも知れませんが、私はずっと和麻くんのそばにいたいです。どんなことがあっても、離れずにいたいです。だから、和麻くん。これからも、私のヒーローでいてくださいね」
「夜美……」
「このくらいしか、言えないけれど、私の感謝の気持ち、受け取っていただけたでしょうか?」
あの日から、ずっと、ちゃんと言えなかった、ありがとうの気持ち。いや、ありがとうだけでは言いくるめられない、とてつもなく大きなもの。そんな日常をくれた、感謝の言葉を、夜美は思いつく限りの語彙で、丁寧にまとめあげた。
「そしたら、ずっと笑っていてくれるか?」
「はい……?」
和麻は小さく、夜美に呟いた。
「俺がずっと夜美のヒーローでいたら、夜美はずっと笑顔でいてくれるのかって聞いたんだよ」
正直、夜美を救うことができたのは、和麻一人の力ではない。充、円、恵梨奈先生や、他にもいろんな人々が、和麻を助けてくれた。だから、和麻一人でヒーローを気取るのは、本来間違っている。だけど、それを夜美に告げたところで、夜美は意見を変えない。ずっと、和麻がヒーローだと言うだろう。だが、それで夜美が笑ってくれるのならば、たった一人、夜美のヒーローでありたいと、和麻は思ったのだ。
夜美は今までで一番の微笑みとともに、答えた。
「エヘヘ。もちろんですよ。ずっと一緒にいてくださいね、和麻くんっ」
透き通った青空と、満開の桜の下で微笑む少女。その笑顔は、どんな春の日の日差しよりも暖かく、どんな夏の日の太陽よりも眩しく、どんな秋の日の木々よりも鮮やかで、どんな冬の日の雪よりも真っ白で輝かしかった。
あなたは、人生の目的について、考えたことがありますか? つまり、簡単に言うと、『生きる意味』です。自分という人間の存在価値、そしてこの世で自分が果たすべきことについて、じっくりと向き合ったことがありますか? という質問です。
私はあります。なぜ、どうして、何のために今自分は生きているのだろうか、そんなことを考えたりするのです。
もちろん、答えは一つです。
――誰かを愛し、そして愛されながら、幸せを手にするためです。
私は昔、いじめを受けていたことがあります。その時は、毎日がつらくて、寂しくて、生きて行くのが嫌でした。自分が生きる意味なんて、きっとどこにもありはしないんだと、そう思っていたのです。
だけど、生きることが楽しいことを、生きて行くことの素晴らしさを、私に教えてくれた人がいました。その人はとても勇敢で、優しくて――、私を変えてくれたのです。
その人のお陰で、私は毎日を生きるのが楽しくなりました。なぜなら、その人が、一緒に登校してくれたり、私の作ったお弁当が美味しいといって食べてくれたりしたからです。そして、私はその人に恩返しがしたいと思うようになりました。だから、生きて行こうと思ったのです。
その人を愛し、その人のために、その人とともに生きて行きたい。その思いを、その人は受け入れてくれました。私と一緒に歩いてくれることを、望んでくれました。
だから私は、幸せを手にするために、今日も生きています。和麻くんと、同じ道を歩んでいくために。
命を投げ出すようなことは、決してあってはならないことです。和麻くんは、それを私に教えてくれました。どんなに辛いことも、いつかは幸せにつながるんです。道を踏み外さず、自分らしく生きて行けば、必ず幸福が待っています。
それが、私の答えです。これから、この答えを曲げるつもりもありません。私は私の道を進むために、この答えを信じています。
涙の跡も、哀しい過去も、いつか想い出に変わるんです。だから、生きて行きます。幸せになるために――。
どもー、はじめまして。銀色流星群です。さて、「Black Heart」という不思議な小説を読んでいただき、誠にありがとうございます。書いてて自分も恥ずかしくなるようなとことかありますが(告白とか)なんとか、形にしてみました。
えーとですね、はっきり言うとこの小説の9割強は妄想で作られています。軽く主人公に嫉妬してるんじゃないですかね(笑)。自分で作った中でもこのお話のキャラクターたちはお気に入りなのです。
実はこの小説はもともとヤンデレの話を書こうぜとか友達と話してまして、ヒロイン思いっきり暗い性格にしてやろうとか思っていました。
しかしどう考えてもここはベタベタさせた方がしっくりくるんじゃないかとか自分の妄想癖がフルスロットルで動き出しまして、気がついた時は、こうなってましたね(笑)。反省はしてません。
まあ、そんな感じでいろいろとアレな小説が誕生したわけです。処女作でヤンデレはキツいと思った次第ということにしてください。
それではまたどこかでお会いしましょう。銀色流星群でした。




