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4.図書館大戦争

4.図書館大戦争





 聖王都の知識の中枢である図書館。ここには各地から発掘発見された本や機械が持ち込まれており、職員は日夜調査、分類、修復に努めている。『大災害』以前の図書館のように修復修繕が完了した本などが一般にも公開されているが、どちらかといえば技術研究所の側面が強い。


 ここに勤める司書は研究者、技術者としての側面が強く、『大災害』を生き抜いた各専門職の人間が多く勤めているため、他部署に比べて平均年齢も高い。例えば近衛隊の平均年齢は二十三歳になるが、図書館の平均年齢は五十四歳と倍以上になる。若手の育成も行なっているが、体力のある若者は軍隊や農作業などの力仕事に優先的にまわされている為、その数は多くない。それでも強い希望があれば図書館に所属することは可能だが、勉強よりも運動の方がよい、という若者が多いのは今も昔も同じだった。図書館への所属を希望するのは少数派だ。


「おぉ! 続刊が発見されたのか。素晴らしい実に素晴らしい。今晩早速読まないとッ」


 三葉はそんな数少ない希望者の一人だった。読書という行為は国民に広く愛されているが、三葉はそんな人々の中でも群を抜く本の虫だった。次々と増えていく本を誰よりも早く読みたい。その一心で勤務を志望した。実際には技術の再現などの実験も行なわねばならず本を読むだけでは済まない仕事だったが、それでも本に触れる機会は多く、それなりに満足して日々を過ごしていた。今日の仕事は遠征部隊が持ち帰った本の分類作業だ。


「この作者、別のシリーズも書いていたのか……。しかも全巻揃っているだと! 奇跡だ。まさに奇跡だ。今日はなんて素晴らしい日だろう!」


 三葉は図書館の業務の中でこれが一番好きだった。作業をしながら読む本のリストを組み立てていく。この時間が至福だった。


「おーい、眼鏡。居るかぁ?」

「いるかー」


 素晴らしい日、終了。

 書庫の扉を開けて入ってきたのは肩に少女を乗せた巨漢だった。


「近衛隊長が何の用だ。相変わらず粗野なしゃべり方をして、姫様が真似をするだろう。王族の傍で仕えるならば、それなりの礼儀作法を学ぶべきなんじゃないかね? これから伝統と格式を創っていくならスタートラインは重要だろう」

「眼鏡の話は難しすぎてよくわからん。もっとわかりやすく話してくれ」

「もっと勉強しろと言っているんだ。不良漫画とヤクザ漫画ばかり読むんじゃ無くて、偶には礼儀作法の教本を読め。言葉遣いについてもいい本を紹介してやる。それなら貸し出しを許可してやるぞ。あと眼鏡と呼ぶのはやめろ」

「勉強が苦手だから軍隊に入ったんだがなぁ。しかし眼鏡は眼鏡だろう。他に呼びようがあるか?」


 三葉のコメカミがピクリと引きつった。


「いつも言っているだろう。名前で呼べ、名前で! 僕をそんなガリ勉モヤシッ子のようなあだ名で呼ぶことは許さないぞ。絶対にだ!」


 室内作業が多いとは言え、三葉も体つき自体は引き締まっている。ただ比較対象が悪かった。


「おめぇの名前ってなんだったっけか? ずっと眼鏡って呼んでいるから忘れたぞ。えぇっと、確か、アミバ?」

「『ア』が余計だ! 僕の名前は三葉だ。この筋肉お化けめ。クソッ、キャラの名前をもじって皆で改名しようなんて誰が言い出したんだ。悪乗りにも程があるだろう。僕は断じて偽りの天才なんかじゃないぞ!」

「名前で呼んでもおんなじじゃねぇか。やっぱり眼鏡でいいだろう。俺たちの世代で眼鏡をかけているのはお前だけだし」


 相変わらずよくしゃべるなぁ、とハートは感心した。自分ではこんなに次々と言葉が出てこない。やはり図書館勤めは頭の出来が違うのだろう。

時々難しくて何を言っているのかわからなくなるが、ハートはこの友人を尊敬していた。その敬意は三葉本人には全くと言っていいほど伝わっていないのだが。


「ねぇねぇめがね」

 ハートの肩から降りた鮮花にまで眼鏡と呼ばれてしまい、思わず眉間を押さえた。

「姫様まで……。私のことは三葉とお呼び下さい。私のような平民にも親しく接していただけるのは光栄の至りではございますが、そこにもやはりけじめというものがございます」

「でもハートもみんなもめがねってよんでるよ? わたしもめがねってよびたい」

「なりません」

「でも」

「なりません。姫様には国家の象徴としてもっと自覚を持って振舞っていただかねばなりません」

 お前のせいで姫様に悪影響が、とハートを睨むが視線の先の当人が気にした様子はまるで無い。

「よろしいですか、王族と臣の間に、は……」


 鮮花に訴えかけようと向き直ったところで言葉が止まる。いつの間にか鮮花の目が涙で潤んでいた。仲間はずれ、やだ。という呟きが聞こえる。このままでは涙が溢れるのは時間の問題だ。何とかしなければ、と口を開こうとした刹那、


「「「「何お嬢を泣かせてんだ。ぶっ殺すぞ眼鏡ぇ!」」」」


 近衛隊の面々が飛び込んできた。


「いや、これは違う……」

「こんのぉガリ勉野郎が。調子乗ってんじゃねぇぞ」

「消毒されてぇのか、あ? モヤシ炒めにすっぞ?」

「……」

「なにか言えや。砲丸投げ大会開催されてぇか?」

「こいつヒョロイからよく飛ぶぜぇ」

「じゃあ俺は『あ、新記録』って言う役やりてぇ」

「…………」

「こいつ震えていやがるぜぇ。ヘイヘイびびってんのかぁ?」

「お前等表に出ろぉ!」


 かけていた黒縁眼鏡を机に置くやいなや、親指で外を指す三葉。


「やんのかコラ!」

「あぁあぁやってやる。久々にキレたぞ。よくもNGワードを連呼してくれたな。後悔させてやる」


 場のボルテージが一気に上がった。近衛隊の面々も臨戦態勢に入り部屋から出て行こうとしたところで、


「馬鹿かおめぇら!」


 ハートの鉄拳制裁が割って入った。


「ハート様、痛ぇです」

「呼ぶまで待っていろつっただろうが。すまねぇな、この馬鹿どもが仕事場にゾロゾロ入ってきて。てめぇら謝れ」

「いや、もういいよ」


 三葉はため息を吐きながら言った。怒りの矛先を失って一気に気が抜ける。部屋から親衛隊が退室し、室内は再び三人になった。


「みば、ごめんね」

「私の方こそ申し訳ございません。神経質になりすぎていました。姫様のお好きなようにお呼び下さい」

「ありがとう、めがね」


 その名の如く鮮やかな花のような笑顔が咲く。


「なんでぇ、照れてんのか眼鏡」

「うるさいッ、お前が眼鏡と呼ぶな」


 コホンと咳払いを一つ、気を取り直して。


「それで、大勢でいったい何の用なんだ?」

「あぁ、実は姫さんの頼みでな」

「姫様の?」

「えぇとね、最近おやじさまが疲れているみたいでね」


 鮮花による説明が再び行なわれた。


「……なるほど、調べたいのは二点。まずティータイムとはどのように行なうものなのか。そして、その時に飲むと言うお茶がどんな飲み物なのか」

「そうそう!」


 腕を組みしばらく考え込んだ三葉は、しばらくお待ちください、と鮮花へ告げると一礼して部屋を辞した。しばらくして再び戻ってきた時、台車を押しながら部屋に入ってきた。


「眼鏡、その大量の漫画は?」

「資料だ。残念ながらお茶の入れ方に対する指南書やティータイムの手引書はまだ発見されていない。世界のどこかに埋もれているとは思うんだがね。そこでタイトルにティータイムやお茶が含まれている漫画を持ってきた。ついでに料理などを題材にした漫画もある。探せばお茶に関する内容も載っているだろう。これら資料を基に類推すれば本来のティータイムを再現することができるはずだ」

「みんなでまんがを読んでティータイムがどういう物なのか想像するの?」

「さすがは姫様、ご賢察です。その通りでございます」


 そこで首をひねっている筋肉魔人とは大違いだ。


「みんなで読めばすぐだね!」

「じゃあしばらく借りていくぞ」

「あぁ貸し出しの手続きは既に取っている。言うまでも無いが汚すなよ? 本は国の重要な財産であるし、その上今回は姫様の要請だから特例で許可したが、中には複製がまだの物も混じっているからな」

「あぁわかった。俺からも言っておく」


 うなずきを返すとハートは荷台を押して部屋を後にした。鮮花もその後に続き部屋を出ようとしたが、扉の前で立ち止まる。


「どうされましたか?」


 三葉が声をかけるとクルリと振り向いた。


「お礼を言うのを忘れてた。めがねありがとう」


 そしてペコリと頭を下げる。


「……はい。もったいないお言葉をいただき、ありがとうございます」

「ティータイムをやる時はめがねも来てね?」

「楽しみにしております」


 今度こそ鮮花は去っていった。ようやく元の静寂が戻ってきた。

 さて、作業を再開しなければ。闖入者達のせいで中断していたが,今日のノルマはまだまだある。しかし一度切れた集中力は中々戻ってこない。しかし三葉がため息を吐くことは無かった。

 素晴らしい日、終了。と先ほどは思ったが、偶にはこんな日も悪くない。最後に言われたお礼を思い返しながら、そんな風に思うのだった。あくまでも偶にはだが。

 そんなことをツラツラと考えながら、作業スピードが中々上がらない中でも終始穏やかな気持ちで本の分類を続けていくのだった。

 





それから一週間後。

聖帝十字陵内の近衛隊に割り当てられた会議室。普段はあまり利用されていないこの部屋は、最近毎日人の出入りがあった。

 鮮花の外出を視野に入れて訓練を追加した近衛隊の面々は何時にも増してボロボロで、中には包帯を巻いている男もいた。皆疲れているが愚痴は零さず、今日も訓練を終えた足で会議室へと直行する。鮮花を交えての話し合いの結果、今回は招待状を出して聖帝一家を招き、茶会を開くことになっていた。


「問題は茶葉だがな、遠征部隊の知り合いに聞いた話じゃあ最近発見されたサイレント・ヒルって町で栽培されているらしい。そいつも別の斑の同僚から聞いたってだけで、それ以外の情報はねぇがな」


 そう言いながら懐から紙を取り出すハート。


「まぁとりあえず場所はわかった。これが最新の地図だ。聖都はここで、サイレント・ヒルはここだ」

 皆に見えるように机に置いた地図に指を走らせる。

「思ってたより近ぇんですね?」


 地図を見たモヒカンが意外そうな声を漏らした。イメージでは大冒険になるはずだったのだが、地図で見る限りそんなに離れていない。聖都からでも徒歩で二週間もあれば往復できるだろう。


「日程は一週間だ。移動には馬車を使う」

「馬車っすか、めずらしいっすね」

「馬だけ使うわけじゃあねぇんですね」

「姫さんがいるからな」


 あぁ、と納得する一同。騙し騙し使っていたガソリンがそこをついて以来、最速の移動手段が馬だ。厩舎から逃げ出した馬が野生に戻ったようで、現在の本州にはそれなりの数の野生馬がいると考えられている。帝国は総力を駆けて馬を捕獲し、かつ育成に励んでいる。


「しっかし、聖帝様がよく許可してくれましたね」

「眼鏡が手伝ってくれたからな。交流がある村への見学ということになった」


 説得は困難を極めたが、お陰で何とかなった。一人ではきっと無理だっただろう。眼鏡の言っている事は相変わらず自分には理解不能だったが、聖帝様が納得したところを見ると、きっと筋の通った話だったのだろう。


「出発は明後日だ。明日は一日準備に当てる。こっちでも仕事はあるし全員で行くわけじゃねぇから、この後聖都に残る奴を発表するぞ」

「「「「うぃっす」」」」


 頷く男達を一瞥してハートは次の話題に移った。


「これで目の前の問題は片付いたが、問題はまだまだある」

「って言うと?」

「漫画を読んで思ったんだが、ティータイムって言うのはよ、ただ茶を飲むだけじゃなくて、なんつぅか、華やかな感じだったろ? 茶を入れるカップを選んだり、茶を飲む場所を選んだり、茶の為の食いもんを用意したりしてよ」


 つまりだ、とハートは続ける。


「ティータイムってやつはただ茶を調達するんじゃ駄目なわけだ。茶を楽しむためにはそれなりの準備が必要ってわけだ」


 確かに、と一同は頷く。この一週間で目を通した数々の資料では程度の差こそあれ華やかさがあった。


「こっちに残るやつらはそうした部分の準備をしといて欲しい」

「でも俺らはそう言うのはわかりませんぜ? 図書館勤めのじじぃ達に聞けば知ってるかもしれませんが」

「でもお嬢は皆には内緒って言ってたぜ。せっかく俺達を頼ってくれてんのにバラすのか?」

「そういうわけじゃねぇけどよぉ……」

「でも折角のプレゼントなのに俺達が適当に決めて失敗したら、お嬢がかわいそうだぜ」


 あーでもない、こーでもないと色々意見が出るものの結局のところ問題は自分達にセンスが無いということなのだ。話は全く進まない。

 言葉が途切れた時、会議室の扉が開かれた。


「じゃあ僕がアドバイスしてあげよう。丁度アイデアもあるしね」

「てめぇ何しにきやがった」


 言葉と共に入ってきたのは三葉だった。


「こんな時間にどうした?」

「偶々前を通りがかったら実りの無い話を延々としているのが聞こえてね。思わず口を出してしまった」

「んだとぉ」

「馬鹿にしてんのか」


 色めきたつ男達をハートは手で制した。


「話が聞こえていたならわかっているだろうが、お前の他に話す気はねぇぞ。秘密ってのは何処で漏れるかわかったもんじゃねぇからな」

「勿論わかっているさ。僕も姫様の意志は尊重したいからね。だからさっきの説得にも協力したんだ。あれから僕も興味が出て調べてみたんだ。おかげで解かったこともある。先ほど話していた点については助言できるだろう」

「そうか、そりゃありがてぇな」

「ハート様ッ」


 ハートの言葉に不満の声が上がった。以前から図書館の中に篭っている三葉を軽んじる風潮はあったが、鮮花を泣かせ、さらにその件でハートから鉄拳制裁を受けることになった男達の三葉に対する印象はこの一週間の間に悪化の一途を辿っていた。


「こんな奴に手伝ってもらうことなんかねぇですぜ」

「お嬢と俺らだけでやりましょうよ。こっちの準備も何とか俺らでやりますから」


 近衛隊以外の人間が混じるのが嫌なのか、先ほどからの問題を棚上げして、反対意見が次々と上がる。


「じゃあ、てめぇら具体的な意見を一つでもいいから挙げてみろ」


 途端に口ごもる男達にハートは小さくため息を吐く。自分達は戦うしか能が無い馬鹿なんだから、調べても解からなかったんなら解かると言っている奴に教えてもらうしかないだろうに。


「全く話を聞かないやつらだ。僕は手伝うつもりは無い」

「ん? どういうことだ」

「さっき言っただろ。僕は助言するだけだ。実際の作業には一切関わる気はない。毎日忙しいからね。少し作業の方向性を示すだけさ」


 思い返せば確かにそう言っていた。しかし……。


「お茶には甘味が必要なようだが、君達はそのレシピを知っているのかい? そもそも肉を焼く以外に調理の経験も殆ど無いだろう。ティーポットや急須はどうするつもりだい? 今すぐつくっても出来上がるのは一月後だよ。何かあてはあるのかい? 後は実際にお茶を飲む場所だね。先ほど華やかさが必要だと心が言っていたが、その点には僕も賛成だ。陛下に供するものであるならばそこは拘るべき部分だろう。帝都には菜園はあるが庭園はない。である以上は庭で季節の美しい花々を愛でながら、と言う訳には行かないが。しかしその点においても問題は無い。僕に秘策がある」


 畳み掛けるように話していた三葉は一度言葉を切った。そして呆気にとられたように自分を見る男達の顔を一人一人見回して。


「さて、僕のアドバイスを聞いてみる気になったかな?」


 最後にそう付け加えた。

 場に沈黙が落ちる。三葉は返事を待つため口を閉じ、ハートは何か考えているのか不思議そうな顔で首をかしげている。他の男達は苦虫を噛み潰したような顔で互いに顔を見合わせている。話を聞く限り三葉の提案は魅力的であり、手詰まりの現状を考えればこれ以上ない話だ。それは理解しているが、三葉に対する反発が頷くことを拒んでいた。


「眼鏡、一ついいか?」

「なんだい?」


 その中でハートが口を開いた。


「何でそんなに協力してくれんだ?」


 不思議そうな顔で言葉を続ける。


「確かに資料集めにゃあ協力してもらったが、逆に言やぁそれだけの関わりしかねぇだろ? さっきの聖帝様への説得にしたってよぉ、わざわざおめぇから俺んとこへ来て手伝ってくれたし。さっきお前が言ってた通り、図書館勤めが忙しいのは間違いねぇだろう。ところが、だ。おめぇは好きな本読む時間を削って、茶会のことを調べてくれたんだろ? どうしてなんだ」


 ハートにはさっきからその点が疑問だった。三葉は冷たいわけではないがお節介をやくタイプでもない。頼まれたならともかく、趣味の時間を削ってまで自分達の為に調べ物をしてくれはしないだろう。

 例え発案者が鮮花だとは言え、公式な行事でもない。ただ子供が父親へのプレゼントを考えただけで、三葉からすれば流れてしまっても問題は無いのはずなのだ。むしろ鮮花が外出する事で発生した聖帝の説得などの面倒が発生している。


「普段は頭の回転が悪いくせに、どうしてそういうところだけは気がつくんだ……」


 三葉は誰にも聞こえないほどの小声で吐き捨てた。


「関係ないとは言ってくれるな。僕は無関係どころか君達と同じぐらいの関係者さ。立場は違うけどね」

「立場?」

「あぁ立場さ。君達は茶会の主催側。それに対して僕は茶会の招待客だ。なにせ姫様から直々にお招きいただいているからね」


 そう言って懐から紙を取り出した。その表面にはたどたどしい字で招待状と書かれていた。


「君達に資料を提供した翌日に姫様からいただいたのさ。だから茶会が成功しないのは僕としても困るんだ。いま茶会の為に服を注文したからね」


 三葉は黙っている男達を再び見回した。話を聞いてハートも納得したのか、再び口を閉じた。三葉は言葉を続ける。


「そういうわけだから僕は僕の都合で君達にアドバイスをする。君達は君達で自分達のために僕を利用するといいさ。君達の準備が順調であれば、姫様も喜んでくださるだろうさ。それでも決心がつかないのならば、僕の方からお願いしようか?」


「つまりは眼鏡としても姫さんの為に何かしてやりたいってことだな」


 うんうんと頷くハート。


「何処を聞いたらそうなるッ」

「なんだ、俺達と同じじゃねぇか」

「話を聞け!」


 怒鳴られてもハートが気にする様子はない。


「おめぇも姫さんのお茶会を成功させたいんだろ? 俺達に頼んででも。じゃあそういうことだろ。素直じゃねぇな」

「やめろ、僕に妙なキャラづけをするんじゃない」

「……おい」

「なんだ、いま取り込み中だ」


 三葉が顔を向けると神妙な顔をした男と目が合った。その後ろでは他の人間も同じような表情を浮かべていた。


「助言をくれ……いや下さい。茶会を成功させるために、お願いしますッ」


 一斉に下げられる頭。三葉は面倒そうな顔でそれを見た。


「やめてくれ、君達にそんなに畏まられると頭痛がしそうだ」

「そういうわけにゃあいかねぇよ……です。これはケジメで、さっきまでの態度は絶対に謝んなきゃあなんねぇ、んです。じゃねぇと俺達はあんたにも、ハート様にも、お嬢にも顔向けできねぇ!」

「こういう面倒な所はお前そっくりだな」

「だろ? 俺の自慢の馬鹿共だ」

「言ってろ、馬鹿の総大将」


 そもそも気にしていないのだから謝罪される方が対応に困ってしまうのだ。


「とりあえず言葉遣いを元に戻してくれ。無理やりな敬語は聞くだけで背筋に震えが走る」

「……あんたがそう言うなら。でも詫びは入れねぇといけねぇ。頼む俺達を殴ってくれ」

「僕にそんな趣味は無い。それよりそろそろ頭を上げてくれないか? もし僕に侘びる気持ちがあるのならば、茶会を成功させてくれ。僕は茶会を楽しめればそれでいい」


 その言葉でようやく男達の頭が上がった。


「いままでお高くとまったヤな野郎だと思っていたが、違ったんだな」

「眼鏡、これまで色々とごめんな」

「……それでも呼び方は変わらないんだな」


 三葉は小さくため息を吐いた。


「野郎ども! これまでも全力だったが、これからは命かけるぞ」

「「「「おぅ!」」」」


 男達の一つになった声が室内を震わせた。

 




 意気高揚の中で解散となった会議室には、先ほどまでの熱気がまだ残っているようだった。


「姫様の護衛、しっかりな」

「任せろ」


 二人だけになった会議室で交わされる言葉は短く、


「そっちも準備は任せたぞ」

「それは彼ら次第だ。まぁ僕は妥協しないけどね」

「厳しく頼む」


 決定事項を確認していくように簡潔だ。


「茶を持って帰って来いよ。肩透かしはごめんだぞ」

「まぁなんとかなるさ」


 旅には常に危険がつきまとう。これが今生の別れになってもおかしくないのだ。だが二人は全く不安を感じておらず、旅の成功を確信していた。


「茶会、成功させるぞ」

 そう言って拳を突き出すハート。

「……あぁ」


 三葉もまた拳を握り、二人の拳が軽く打ち合わされた。

 

 それから、怒涛の日々が訪れた。

 帝都では、


「そんなものが餡子と呼べるかッ! あく抜きはもっと丁寧に行ないたまえ。いいか、姫様が帰ってきたら君たちが姫様に教えて差し上げるんだぞ。わかっているのか?」


 毎日のように三葉の怒声が響き、


「こらそこッ。綺麗な置物を倉庫から見繕って来いと言ったのにフィギュアなんて持ってきてどういうつもりだッ。置物は置物でも違う……なに? ユダ様は世界で一番お美しい? 君達は本ッ当にセンスが無いね。少女漫画でも読んで研究してみたまえ。ふんッ、文句があるならベルサイユへ来てみるんだね」


 一方の外出組は、


「ハート、ハート、辺りが真っ白だよ!」

「こりゃ霧ですねぇ。ここいらがサイレント・ヒルのはずなんですが、周りがみえねぇとどうにも」

「あそこに誰かいるよ? 道を聞いてみようよ。ほら、赤い三角形の帽子を被ってる人。かっこいいね!」

「ありゃ帽子って言うより兜でさぁ。すっぽり被って顔も見えねぇ」

「あ、走ってくるよ!」

「でっけぇ鉈を持ってやがるな。てめぇら、とりあえず殴って止めるぞ!」

「「「「ヒャッハー!」」」」



 初めての外出にはしゃぐ鮮花の下、にぎやかな時間を過ごしていた。



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