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2.思い出がポロポロ

2.思い出がポロポロ




 『大災害』の際に多くの建造物は倒壊したが、全てが例外なく、という訳ではなかった。『聖都サザンクロス』と称されるそこは、そんな例外の一つで、町の一部分が殆ど無傷で残っていた。そこを中心に新たな町づくりが行なわれ、今では人口三千人にまで成長していた。

そんな町の中心に一際背の高い建物がある。元は大企業の自社ビルだったのだが、いまではその名を思い出すものはいない。その建物は新たな主となった男に因んで『聖帝十字陵』と呼ばれていた。特に十字でもなければ墓でもないのだが。

 十字陵の最上階。一面の窓ガラスの前に立ち、眼下を見下ろす男がいた。彼こそがここの主、聖帝と呼ばれる男だった。


「『大災害』からもう二十年、か」

 あの年に生まれた子供もついに成人だ。自分も年をとるわけだ。聖帝は苦笑した。

「ようやくここまで来たか……」


 安全な生活圏を確保して、食料の安定生産が可能になった。各種技術も向上し始め、この十字陵のように一部だけとは言え電気も復旧してきている。人々がようやく生活に余裕を持てるようになったのだ。生活の安定最優先で後回しにせざるを得なかった様々なことに、ようやく着手することができる。

 さて、何から手をつけたものか。


「お茶が飲みたいなぁ」


 考え事をしていると、時折無性に紅茶が恋しくなる。『大災害』以前はティータイムを毎日の習慣にしていたものだが……遠征部隊に茶を探させるのもいいかもしれない。

うむうむと一人で頷いた。

 『大災害』によって多くのものが失われたが、娯楽や嗜好品の数々はその中でも大きな割合を占めていた。これは単純に優先順位の問題だった。茶の栽培を計画するぐらいなら米麦芋の田畑を優先したし、遊戯施設や遊具を修理する暇があるなら一軒でも多く住居を建てていった。


 物思いに耽っていると、扉がノックされた。入室を許可すると、入ってきたのは身長が二メートルにも達する禿頭の大男だ。黒光りするノースリーブのレザージャケットから覗く二の腕には、おどろおどろしい髑髏のペイントが笑っている。ジャケットの下のシャツを盛り上げる筋肉は分厚く、傍にいるだけでも押しのけられるような圧力を感じる。


「聖帝様ッ! 調達部隊のB班が帰還しました。回収した織物を持ってまいりましたので、検分をお願いいたしますッ」

「ん、ご苦労。見ておくからそこに置いていけ。下がっていいぞ」

「ハッ! 失礼しますッ」


 大男が退室して、部屋には再び聖帝一人になった。部屋の扉を見て小さくため息を吐く。


「お茶よりも先に、大衆娯楽の充実が先かなぁ」


 先に述べたような理由もあって、嗜好品や娯楽の類は殆ど壊滅状態である。しかし、壊滅状態であっても皆無ではないというところがミソである。人間の神経は常時緊張状態でいることに耐えられない。どこかで、何かしらの手段を持って息抜きをすることは重要だ。聖王都における娯楽は宴会や祭りなどの多人数が参加するイベントが殆どである。人々が趣味嗜好に注ぐ余力を持っていない以上これは自然な流れとも言えた。息抜きをするなら皆で一斉に、と言うわけだ。皆で力をあわせて生きていかねばならないこのご時世、皆でイベントに参加することで共同意識を高める目的もあった。

 

 しかし、ここ聖都にはイベント以外の、個人の趣味になっている娯楽があった。それは意外にも読書である。今の時勢でどうして読書を趣味にできるのか、これには聖王勢力の成り立ちに深いかかわりがある。


 聖帝。本名を山田康夫という。後数年で五十を迎える、見た目はどこにでもいるような中年である。実は一子相伝の拳法を極めていたり、世紀末的なこの世界で覇者を名乗るような気概に満ちているというわけでもない。元は食品の卸業者に勤めていた、お茶好きで読書好きの穏やかな気質の男だった。

 経歴を見ても特別な所を持たないこの男がどうして今のような地位にいるのかと言えば、ひとえに『大災害』の時にとった行動にあった。


 警察もまともに機能せず、外部との情報も途絶して、治安は加速的に悪化していった。ちょっとしたことが争いの火種になり、それが原因で少なくない死傷者が出ていた程だ。特に食料に関しては過敏に反応して『大災害』から一週間たった頃には、ビスケットを一枚持っていたが為に子供が暴力に晒される事態になっても、事件と呼ぶほどのことではなくなっていた。


 康夫の住んでいた地域が都市部であり、農村と違って食料の自給が全く期待できなかったことも状況に拍車を掛けていたのだろう。生存者の思考は食料の確保に重点が置かれていた。その為には他者を害すことへの躊躇いを忘れていくほどに。


 そんな状況でこの男、食料の確保には目もくれなかった。会社がビルごと崩壊し、同僚の消息も定かでないと判断した後、連日何をしていたのかと言えば、半壊した図書館に足繁く通い、無事な本を片っ端から調べていたのである。きっかけは暖をとる為に本が燃やされている所を目撃したことだった。生来の本好きとして耐えられなかったということもあるが、それ以前に本がこれから先重要なものになると気付いたからだった。サバイバル技術の知識なんて無く、農作業の経験も無い、都会生まれの都会育ちの康夫は、身一つで生きていく為の知識を何一つとして持っていないことに気がついたのだ。


 数日のうちに康夫は今回起きた災害が異常であることを察していた。大規模な地震が起きてから数日経過した今も救助が来ないからだ。道が使い物にならなくなっていたとしても、被害確認のために自衛隊のヘリが飛んできてもおかしくない。にも拘らず自衛隊どころか、こういった時は真っ先にやってくる筈のマスコミ関連のヘリすら見かけない。一地域に収まらない、何か大きな異変が起きている可能性があった。であれば外部からの救援は期待できず、現状の窮地は自ら解決する必要があった。


 だからその為の知識を求めた。この時、康夫の運が良かったのは町中の道は比較的無事であり、商品運搬のために乗っていたトラックも横転することがなかった点だろう。会社で扱っていた商品が手広かったお陰でトラックには水や食料が満載で、当分の間は食料の心配をする必要がなかったことも大きくプラスに作用した。もっとも、トラックの積荷がばれれば直ぐに略奪の対象になることは明らかで、トラックの隠し場所に苦労することにはなったが。


 時に身の危険を感じながらも、康夫は各種技術の入門書や専門書を中心に厳選してトラックに詰め込んだ。その際にはどうしようもなく好きな小説や漫画も忘れない。今ここで保護しなければ風雨に晒され風化するのは明らかで、そうでなかったとしても燃料代わりに誰かに燃やされる可能性があった。下手をすれば二度と読むことができないかもしれないのだ。康夫にとっては貴重なスペースを費やす価値は十分にあった。

 それから様々なことがあり、結果として康夫が保護した身寄りのない子供達や康夫の行動や考えに共感した人々、総勢五十三名による狂気に満たされた町からの大脱出劇が展開されたりするのだが、ここでは割愛する。


 ともあれ命辛々脱出に成功した人々は安住の地を求めて何年にも及ぶ旅をすることになるのだが、その時一番の娯楽になったのが康夫の持ち出した本だったのだ。それは砂漠の中で乾きに喘ぐ旅人にとってのオアシスも同然だった。


 つまりは皆してハマッたのだ。中には人生観が変わる人間が出るぐらいの勢いで。康夫が持ち出した漫画の中には今の世界と似通った設定のものもあり、それは今の世を生きていくための指南書とも呼ばれて特に人気を博すこととなった。

 その影響は皆の服装や言動、立ち振る舞いにも表れていった。所謂ごっこ遊びであり、人によってはコスプレにも手を出した。特に子供達は心に負った傷に対する癒しをそこに求めていたフシもあり、過剰なほどに染まっていった。大人たちとしても、少しでも辛い現実から解放されるなら、と寧ろ後押ししたこともあって、モヒカンやスキンヘッドが大流行することになった。これにはさすがに冷や汗をかいた大人もいたが、一度後押しした手前、止めるに止められなかった。


 結果として落ち着ける場所を見つけて自分達の町づくりに着手し始めた頃には、漫画を基に信仰のようなものが生まれていた。神を崇めるものではなく、生きる方針を示すものとして。その為、町の組織構造を作る際にも利用されることになった。旅をする中で康夫たちの同行者は増減を繰り返し、最終的には千人規模にまで成長しており、それをまとめる為にも一刻も早い組織作りが求められたからである。

そういう背景もあって町づくりは国づくりとなり、国は最高権力者に聖帝を据えて、聖都は完成した。その際、旅する集団の中心人物であった康夫が国王を務めることになったのである。


 聖帝と名乗り始めてから随分な時が過ぎ、国が安定してきた今、康夫は思うのだった。そろそろ皆の格好をどうにかしても良いのではないのか、と。既に個人でどうこうできる問題ではなくなっている以上、国のトップである自分が動かなければ変革はありえなかった。急激な変化は混乱を招くが、徐々にシフトしていくならば混乱の波も小さくてすむだろう。


 その為の娯楽の充実だった。今一番好まれているものが読書であるならば、そこを逆手に取ってかつての常識的な格好や言動を広めていけばいいのだ。個人単位で徐々に意識の変革を促し、それに合わせて体制側も動いていけばいつかは元に戻るだろう。こういう時、国としての規模が小さいのは助かる。動くのも早ければ、結果が反映されるのも早いからだ。


 いまどきの若い者は夜道ですれ違うと心臓に悪いのだ。挨拶をする時も、好意的な笑顔を浮かべてくれているのはわかるのだが、どうにも威圧感があって後ずさりそうになってしまう。

 それに、と聖帝は数人の少女達の姿を思い浮かべた。上から九、八、六歳になる愛娘達の姿だ。まだまだ将来の話だが、いつか娘達が伴侶となる者を連れてきた時、それがモヒカンやドレッドヘアなのはちょっと、いや正直な話かなり嫌だ。娘はやらん! 的な殴り合いがやりにくいし・・・・・・。この辺り、歳をとって柔軟さがなくなったなぁと思わないでもないが、中身は当然としてやはり見た目も重要だ。どうせなら誠実そうで爽やかな青年が望ましいと思うのだ。個人的な我侭じゃないかって? そうですがなにか?


「さて、どこから手を打ったものか。……あぁやっぱり。ティータイムは大切だよねぇ。適度な休憩は必須だよ。肩も凝っているし、最近疲れが溜まっているなぁ」


 疲れが溜まると独り言が多くなる。

 はぁ、とため息を吐いているとノックもなしに突然扉が開け放たれた。


「おやじさま!」

「パパと呼びなさい」


 勢いよく飛び込んで来たのは康夫の長女、つまりはこの国の第一王女だった。


「そんなことより、おやじさま。みんな早く着物を作りたいって待ってるよ?」

「あぁそうだった。少し待ってなさい」


 軽く娘の頭を撫でて執務机の椅子に座らせると、先ほど大男が運んできた荷台に近づいた。普段ならこういった検分も専用の役職に任せているのだが、今回の織物は去年交易を始めたばかりの村の特産品で、聖都内では質が高いと評判になっていた。そこで一度、自分の目で確認しておきたかったのだ。

 荷台に幾重にも積まれている物の中から一際目を惹かれた物を取り上げた。淡い桃色のそれは色むらも無く鮮やかで、そこに咲く紅白の花びらが美しい。


「確かに、これは見事な」

「きれいねー」


 ほぅと息を吐いて王女も見惚れている。


「そのお花はなんていうの?」

「これは桜といってね、遠い昔からの春の風物詩だよ」

「ふうぶつし?」

「えーとだね、春といったらこれッ、と思い浮かぶもののことだよ。ここが日本と呼ばれていた頃は、春といえば桜のイメージがあったんだよ」


 へー、と感心したように花の意匠を眺める王女。


「きれいな花だね」

「実物はもっと凄いよ。特に風に吹かれて花びらが舞う様子は本当に綺麗でね、一度見たら忘れられないよ」


 その光景を想像しているのか、首をひねりながら何やら考えている王女。その姿を微笑ましく思いながら、康夫は他のものの手触りや意匠を確認していった。

 検分は三十分程で終わり、聖王は娘に声をかけた。


「見終わったけど、これは鮮花が持っていくのかい?」

「うん? ……うん、わたしが持っていくよッ。そんなに重くもないし」


 元気よく椅子から立ち上がった王女――鮮花――は荷台の取っ手を握った。


「じゃあね、おやじさまッ」

「だからパパと呼びなさいと」


 反射的に返された康夫の言葉に反応する様子もなく荷台を押してえっちらおっちら部屋を出て行く鮮花。その後姿を見て、何処かで転ぶんじゃないかと心配するのは過保護だろうか?


「重いようだったら誰かに手伝ってもらうんだよ。私の名で許可するから」

「だいじょぶだいじょぶ。……そう言えば部屋に入る前に言ってた、てぃーたいむって何?」


 部屋の入り口で振り返る王女。独り言が外に漏れていたのかと内心で反省しながら聖王は答えた。


「お茶を飲んで休憩する時間のことだよ。パパはお茶を飲みながら、ゆっくりと本を読むのが大好きでね。昔はよくティータイムをとっていたものさ」

「ほー」


 わかったのか、わからなかったのか。フムフムと頷きながら、今度こそ王女は部屋を後にした。聖王はその背中に前を向いて歩きなさいと声をかけると、机に積まれた書類仕事の続きを始めるのだった。


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