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14 ただの使い魔

 その戦いは私のような素人の目には圧巻だった。

 セドリックの掛け声で騎士団が斬りかかり、ルカとオスカーが攻撃をしようとする化け物熊の攻撃を受け流したり、腕を斬りかかって攻撃を止めたり、騎士団も、化け物もお互い譲らない戦いだった。

 だが、騎士団は既に満身創痍。歩くのも限界、剣を既に握っている事すらできる状態ではない。

 彼らを今突き動かしているのは、精神力と己が騎士団という使命のみで、目の前の敵を討とうとしている。

 それはセドリックもわかっているようで、いつ斬りかかるかタイミングを計っているようだった。


 この一撃で、全てが決まる。


 それは騎士団全員が理解していた。次のセドリックの一撃で倒すことができなければ、自分たちが負けだという事は声にこそ誰も出さないが、理解していた。それは私も同じだ。

 しかし、騎士団の攻撃はもともとあまり効果が見られなかった。つまり、ダメージをあまり与えられていない。騎士団の方が消耗戦になっているぶん、分が悪い。

 一瞬、ルカの体勢が崩れた。あれだけのダメージを受けていて、戦っているのがおかしいんだ。化け物はその一瞬に、ルカを殺しにかかってきた。大きく腕を振り上げた瞬間、団員全員が息をのんだ。オスカーが走るも、間に合う距離ではない。

 その瞬間、私は手に持っているダガーを熊の目をめがけて思いっきり投げた。


『ぐるぅあぁぁ!!』


 ダガーが目に突き刺さると、熊はルカへの攻撃を止めて、大きく後ろに退いた。オスカーがその瞬間にすかさずルカに駆け寄ると、戦場からルカを連れて離脱をはじめた。残った団員達も緊張の糸が切れてしまったのか、一歩、また一歩と後ろに退いてしまう。

 その中で、セドリックだけが単身、突撃を開始した。


「シロナ、よくやった!お前の作ったこのチャンス、必ず活かして見せる!!」


 よろよろとよろめいた化け物をめがけて走るセドリック。団員たちの歓声が周囲に響く。オスカーたちも足を止めセドリックの攻撃の行く末を見守っている。


「滅せよ!!闇に侵されし哀れな魂よ!!」


 セドリックが大きく振りかぶった一太刀は化け物を両断する勢いで振り下ろされた。


 ガギィィィン…


 鈍い音と共に化け物の両手にあった鋭い爪が砕け、セドリックの剣は右肩に深く突き刺さった。


「があぁぁぁああ!!」


 化け物の断末魔の声にも似た絶叫が響く。さすがにダメージを与えることができたのか、その場に座り込んで体を左右に振りながら、腕をめちゃくちゃに振り回して暴れていた。


 一瞬の出来事だった。


 そのうちの一発が不運にもセドリックに当たり、彼は私たちの前まで弾き飛ばされてしまった。受け身を取ったとはいえ殴られた衝撃で骨にひびが入ったりしているのだろう。血を吐き跪くその姿はゆっくりと横に崩れて倒れた。手にした剣を握る力も残っていないようだ。

 団員たちはその姿を見ると恐怖に飲まれ、悲鳴を上げながら後退していった。

 オスカーとルカは、必死に何かを叫んでいるがうまく聞き取れない。耳の奥で、自分の心臓の鼓動が聞こえる。ダンダンと、それは大きくなって聞こえてくる気がした。


「にげろ…し、ろな…」


 今にも消えそうな、か細い声が聞こえた。

 正直絶望的だった。騎士団は壊滅。目の前の化け物はまだ生きている。私のダガーはアイツの目に突き刺さったまま。

 猫だったら真っ先に逃げたかな。きっと、どっかに隠れてるだろうな。そんな事を考えたら笑ってしまう自分がいた。


「団長!団長!」


 オスカーがルカを離れたところに置いて戻ってきた。なんとも義理堅いというか、こんな時まで忠誠を尽くすなんて…嫌いじゃないけど、ちょっと苦手なタイプだな。


「おまえ、なんで…」


「いいから!黙っててください!避難します!撤退です!ホラっ!立ってください!!」


 オスカーはセドリックを動かそうと試みるも、怪我をしているせいもありなかなかうまく進まない。

 私は落ちていたセドリックの剣を拾うと、両手で握りしめてかまえる。


「お、おまえ何してるんだよ!団長でも勝てなかったんだぞ!?お前みたいなやつに何ができるんだよ!」


「うるさい!!」


 オスカーが伸ばした手を私は払いのけた。もう、やるしかない。この場で動けるのは私しかいない。剣術なんて知らない。剣だって初めて持った。なんならダガーだって、素材採取用にってルゥが持たせてくれただけで…。


「もう意味わかんない!…わかんないよ!!」


 私が大声で叫ぶと、剣がうっすらと光り始めた。


「え?…え?なにこれ?」


 次の瞬間に、脳裏に今までルゥを守れなかったことが鮮明に思い出された。何度も、何度も繰り返した無限とも思える時間の流れの中で渦巻いたルゥを守れなかったことへの後悔と悔しさが、私の中で大きく膨らんでいくのがわかった。その中で、誰かしらない人間が戦う姿もあった。あぁ、この人を守りたかったのに、守れなかったんだな。泣き崩れている騎士の姿らしき場面もあった。数秒という一瞬の短い時間で、私は自分自身と、見知らぬ数人の人生の後悔を見た。

 剣が、なんか言ってる気がする。悔しいって。悔しくてたまらないって。

 その気持ちわかる。何度も生まれ変わって、守れなかったから。無意識に私は剣に語り掛けていた。


「なに、お前も悔しいのですか?私と同じじゃないですか…」


 手にした剣が熱を持っているような感じが伝わってきた。その熱は心地良く、体が軽くなるような感覚に包まれた。


「だ、団長、…あいつ、おかしくなっちゃったんですか?」


 手にした淡く光り輝く剣を見つめると、その淡い光は剣から私の手に、腕に…少しずつ広がってきている。


 それを見たオスカーは目を細めていたし、セドリックは意識があるのか、ないのかほとんど動かなかった。ただ、何も言わないその顔は、視線だけは私を捉えていた。


 剣が、動き方を教えてくれた気がする。どうやって握ればいいのか、重心の置き方、身体の使い方はもちろん、目の前の敵に対して、どこに斬りかかればいいのか?私はどうすればいいのか?剣と私の意識が混ざり合うような感覚があった。

 特に迷いはなかった。

 ただ、私の主が『守りたい』と願った。その願いをただ叶えるだけ。私は使い魔だから。

 そっと歩き出した。剣を片手に、歩き出して、徐々に速度を上げて、化け物めがけて走った。

 遠くで声が聞こえた。それがだれの声かすらもう判断できないほど、私の意識は剣と混ざり合っていた。目の前の敵を殺す。それだけが私たち二人の共通の目的だった。


『がぁあああ!!』


 化け物は大きく咆哮すると、左手で私に殴りかかってきたが、剣の言うまま切り返すと化け物の左腕はいとも簡単に切断され地面に転げ落ちた。


「…断罪の太刀」


 剣に誘われるがまま、私は化け物の前に立つと腕を横一直線に振り抜いた。セドリック以外は深手を負わせることができなかった化け物の体は、バターナイフで切ったように大きく切り付けられ、ドス黒い血が噴き出したと同時に、化け物は最後の雄たけびを上げ、大きな体を地面の上に横たわらせると、そのまま次第に動かなくなった。私は剣を化け物の心臓があると思われる場所に、何も言わずに深々と突き刺す。


「お、おいおい…マジかよ」


 倒れた化け物を見てオスカーが動揺しながらも状況の確認をしていた。私の後をついてきたようだ。化け物が動かなくなった事を確認して剣を胸部へ突き刺したまま手を放した。

 その瞬間に体に纏っていた淡い光はゆっくりと消えていき、それと同時にものすごい倦怠感が私に襲い掛かってきた。

 化け物の体の上で顔についた血を腕で拭いながら、片膝をついてどうにか耐えていると、化け物を見るような目で恐怖するオスカーと目が合った。


「お前、何者なんだ」


「私はシロナ…、ただの使い魔よ」


 それを最後に、私の意識は真っ暗な水の中に溶けるような感覚に落ちた。






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