12 ルゥを置いて
「お、おどろいた~…。急にあんなに大声で入ってくるんだもん。びっくりしちゃったよ~」
「そうですね、あんなに慌てるなんて、…よっぽどのことだったのか、セドリックも慌てた様子で出ていっちゃいましたし」
私たちはオスカーに『とりあえず危ないからすぐに帰ってほしい』と言われて、騎士団のテントを後にした。
納品に行くときは和気あいあいとしていた騎士団の設営も、帰りは騒然としていて事の重大さが何も知らない私たちにもなんとなく分かった。
騎士団があれだけ慌てる事件なら、万が一にもトラブルに巻き込まれないためにも今すぐ帰る方が吉。
「さっきの人が言ってたの、ましょ~なんとか?ってやつ。アレなんだろうね?聞いたことないんだけど、シロちゃんは知ってる?」
「魔性…なんとかですよね。私もいきなりでハッキリと覚えてないんですけど…聞いたことはないですね」
さっき団員が口走っていた魔性なんとかってヤツ。私はどの世界線でも知らない。ルゥから聞いたこともないし、私自身誰からか聞いたこともない。これもこの世界のオリジナルのイベントってことだ。
もー!なんなの?騎士団のポーションと言い、この変な騒ぎといい、私の知っている未来の情報が全く役に立たないし、どうしたらいいのかわからないじゃない!
「でもさ、あの団長さんが大急ぎで走って行ったってことは、きっと危ないことだよね。怖いなぁ~。急に入ってきて、『魔性なんとかっ』てあんなに大きな声で言うくらいだから、きっとよくないことなんだよ!…怖いことか、痛い事とか、絶対にイヤな事だと思うんだよね」
騎士団がいた広場と街をつなぐ林の中にある一本道。少し先を歩いているルゥが道に転がっている石を蹴飛ばしながら言う。確かに、魔性なんとか、なんて、穏やかな名前じゃないわよね。あの温厚そうなセドリックの急変した態度も気になるし…。
まぁ、ただの錬金術士と、そのお手伝い程度の私たちじゃ何の役にも立たないし、今はオスカーの言う事を聞いてアトリエに帰るのが一番いい選択だと思うし。
「まぁ、ポーションもあれだけ置いてきたし、そもそも王族直属の聖騎士団でしょ?私たちなんかよりもよっぽど強いのがあんなにたくさんいるんですから、大丈夫でしょ。変に私たちがいたら邪魔になるでしょうし。そのうちまたセドリックと会うこともできるだろうから、その時にゆっくり聞けばいいですよ。ルゥはおっちょこちょいだから怪我しそうで怖いですからね」
「あ、あーー!今わたしのことちょっとバカにしたでしょ!ひどぉい!シロちゃんひどいよー!」
ちょっといたずらっぽくルゥに言うと、顔を真っ赤にしながらルゥが怒って私の方に戻ってきた。文句をぴーぴー叫んでいたその瞬間だった。
ドンっ!!
「…かはっ…」
目の前を白い何かがすごいスピードで横切った。さっきまでルゥが石を蹴飛ばしていたあたりだ。
それと同時に道のそばに生えていた木にぶつかって息が漏れるのが聞こえた。
『えっ?』
私とルゥは白い何かに視線を送ると最初それがなにか意味がわからず、思考が追い付かなかった。
「き、きゃーー!!」
数分にも感じるほどの長い沈黙だったが、ものの数秒だろう。沈黙を破ったのはルゥの悲鳴だった。
私はその悲鳴で我に返り、状況を理解すると白い何かのもとへ駆け寄った。
「し、シロちゃん!シロちゃん大丈夫!?どうしちゃったの!?」
私が駆け寄るとそこには聖騎士団の1人が力なくグッタリとしていた。急いで抱え上げてみると、弱弱しくも呼吸はしている。ルゥは急いでこちらに駆け寄ってくると、今度は私たちが立っていた方に騎士団の設営していたテントの残骸が横の林から飛んできて大きな音を立てながらグシャグシャになっていた。
「な、なによ…あれ」
騎士団員を抱える手が震えているのがわかる。どちらもあと数秒、数秒ズレていたら2人とも死んでいた。
「こ、怖い!なぁに!?なんであんなものが飛んでくるの!?ねぇ、シロちゃん!シロちゃんってば!」
「逃げますよ!」
私は手に抱えている騎士団員をその場にゆっくりと降ろすと、ルゥの手を強く握って引っ張ったが、思うように動かない。
「で、でもこの人…放っておいたら死んじゃうし…それに、それに…」
「早く!ご主人が死んじゃったら、私はどうしていいかわかんなくなっちゃいます!!」
抵抗するルゥの手を強引に引っ張るも、なかなか思うように進まない。よく聞いてみれば、少し離れたところで大きな音や叫び声がする。さっきのテントといい、この飛んできた団員といい、さっきの魔性なんとかっていうのと関係があるに違いない。こんなわけのわからない規格外のナニカに付き合っているわけにはいかない。
「ムリっ!!」
大きな声を出して、ルゥが私の手を振り払った。
私はバランスを崩して目の前に倒れこんでしまいながらも、急いでルゥの方へ振り向くと、目に涙をいっぱい溜めたまま、プルプル…、いや、ガクガク震えているルゥがいた。
「こんな時にわがまま言わないで!ほら、早く…お願いですから、お願いだから言う事きいてご主人」
私も半泣きになりながらルゥに手を伸ばすも、彼女は首を横に振りながら一歩。また一歩と後ろに下がってしまう。
「ご主人…どうしていうこと聞いてくれないの…」
「ダメだよ、この人生きてるもん。置いてなんか行けないよ。怖くても…目の前で困っている人がいたら助けてあげたい。その為に私は錬金術士になったんだもん」
ルゥはそういうと倒れた騎士団員のそばに駆け寄り、そっと片手をぐったりとしている胸に優しく押し当てる。
「癒光!!」
淡い緑の光がルゥの手から広がっていく。団員の呼吸はさっきよりも安定しているように見えるが、未だ苦しそうだし、まだ意識は取り戻さない。
(どうすれば…どうすればルゥを逃がすことができる?!ここから生きて脱出するには、どうしたらいいの?!)
「シロちゃん!この人の服、ベルトとか緩めてあげて!なんかすごい苦しそうなの!」
「わ、わかりました!」
ルゥに言われて、急いで立ち上がって駆け寄ると、私は言われるがまま団員の服やベルトを緩めた。骨が折れて、内臓もダメージを受けているように見える…。
(このままじゃ、癒光程度の魔法じゃ放っておいても死ぬかもしれないけど…)
喉まで、喉元まで出かかった言葉を私は飲み込んだ。ルゥの真剣な顔を見たら言葉が出なかったからだ。
「頑張って!死んじゃダメ!がんばって!!」
治癒魔法を使いながら懸命に叫ぶルゥを見て、私は震えるからだを隠しながら、なるべく平常を装って話しかけた。
「ルゥ…一人で、少し頑張っていられますか?なるべく早く帰ってきますから…」
今、まだ物音は遠いし、こちらに近づいてきている様子はない。おそらくセドリックたちが戦っているのだろう。でも、このまま状況が悪くなったら?この団員もこのまま延命措置だけでは長く持たないと思うし、もし死んでしまったらルゥに心の傷ができてしまうだろう。錬金術士としての光を失ってしまうと、この先の未来にどんな影響を与えるのか予想がまったくできない。
私は覚悟を決めて、そっと立ち上がるとルゥの頭を軽くポンポンと叩いた。
「ど、どこいくのシロちゃん。…ねぇ、なんでそんな顔するの?」
いつもと変わらない顔のつもりだったけど、ルゥに言われてハッとした。これ以上ここにいたら、私はきっとルゥを無理やりにでも連れて行ってしまうだろう。それは彼女の錬金術士としての尊厳を踏みにじる行為だし、そんな錬金術士の使い魔である自分の決心を、ほいほいと曲げるわけには行かない。もうこれ以上、ここにいるのはよくない。
「まったく。いつも、どの世界でも、ご主人には手を焼きますね。…絶対にここにいなさい。出来れば逃げなさい!」
私はそういうと、ご主人の頬に頬ずりして、胸いっぱいに大好きなルゥの匂いを吸い込んだ。
大好きだよ。
声にならないくらいの小さな、小さな思いを込めて鼻の頭でコツン、っとルゥのおでこをつつくと、私は全力で物音がする方へ突っ走った。
「…シロちゃん?やだ…いかないでよ、シロちゃん!!」
遠い未来、どの世界でやってもらったかな。大好きなご主人が王国兵に連れていかれる直前に私へやってくれた大好きのおまじない。
ルゥの声にこたえることなく、私は木々の間をすり抜けて走った。




