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13 魔性浸食

 林の中を突っ切って私は広場に戻ってきた。

 グチャグチャになったテント。

 大地に散見する戦闘の痕跡。

 大量の血液が流れたのか、鉄臭いのが鼻につく…。

 赤く染まった騎士団のローブ。

 負傷者も救護されることなくその辺に横たわっているし、折れた剣があちこちに落ちている。


「こりゃ、思った以上によくないですね…ルゥは大丈夫ですかね…」


 予想以上の惨状に身震いをしてしまう。背筋が凍る、悪寒が走る、という言葉の意味がわかる。ふとルゥのことを思い出して戻りたい。逃げたい、という気持ちが沸き上がるも、離れたところで戦うセドリックの姿を見つけて奮い立たせた。腰のダガーを抜くと、私はセドリックのもとへ走った。


 どうやら、戦況は若干セドリックたちの方が優勢、と思っていいらしい。彼らが戦っているのは熊…の化け物みたいなものだった。普通の熊の数倍の大きさ、剣で斬りかかっても痛覚がないのか、ほとんどダメージが入っているようには見えない。それでも、セドリックが斬りかかった時は多少怯むように見える。彼の持っている剣だけ一回り大きいのを考えると、特別製なのかもしれない。つまり、セドリックがあの剣で斬り続ければ勝てる!

 あれだけいた団員もセドリック含めて5人。一瞬の駆け引きで勝負が決まってしまう。

 油断はできない。


(私なんかが加わっても何の役にも立たないかもしれないけど、このまま黙って死ぬなんて…もうイヤ!)


 脳裏に、錬金釜に沈められた記憶がフラッシュバックした。あの男を見つけて、ご主人を守り、今度こそ、…殺す!

 手に握るダガーに力を込めて、私はセドリックの元へ走った。


「はぁ、はぁ、…何ですか。あの化け物は」


「し、シロナ!!なぜここに戻ってきたんだ!危険だ、早く逃げろ!」


 指揮を出しているセドリックの斜め後ろくらいでダガーを構えて、呼吸を整えながら、視線だけを彼に送る。

 セドリックは物凄い焦った顔をし、驚いていたのは一瞬で分かった。だが、こっちにも言い分がある。


「あんたのとこのだらしない部下が一人、ルゥの前にやられて飛んできたんですよ!そしたら、ルゥが見捨てられないって言うから、逃げようって言っても言う事聞いてくれなくて、私だってこんな化け物相手にしたくないですよ!しょうがないじゃん!私はルゥの使い魔、主の意向は絶対なんだから!」


「小娘!お前なんかが来ても足手まといだ!いいから帰れ!」


「ひゅうぅ。お嬢ちゃん、かっこいいねぇ。俺たちなんかより数倍かっけぇや」


 オスカーとルカが熊の腕を斬りつけると、私たちと熊の間に立ちふさがる。2人とも傷が多い。白いローブに染まった鮮血を見れば2人の怪我の具合も想像がつく。セドリックも万全とは言えなそうだ。

 熊の化け物と今交戦中の2人も傷が多いように見える。


「いいから、とりあえず説明してくださいよ。なんなんですか?あいつは」


「アレは、瘴気を受けた熊の化け物だ。魔性浸食(ましょうしんしょく)…一部の者には魔性浸食(マギア・ブリード)と呼ばれている現象で、最初は大都の中で確認されたらしい。生物…それこそ人間すらあの瘴気に侵されてしまうと、あんな化け物になるって話だ。私も正直話を聞いていた程度で、実物を見るのも、相手をするのも初めてだ。まさかここまで強いとは…」


魔性浸食(マギア・ブリード)…」


 恐ろしい現象だ。生物を狂暴化させて、おそらく普通の熊があそこまで強くなったってことは、強化魔法のような効果もついてるのだろう。とんでもない話だ。この世界線は今までの世界とは明らかに何かが違う。少なくとも、こんな奴も、こんなふざけた現象も、今までの世界では話にも聞かなかった。


「くるぞっ!!!」


 少し、下を向いた時だった。一瞬の私のスキを化け物は見過ごさなかった。

 セドリックが声をあげるとルカとオスカーは剣を構えて、大きく振り下ろされた右手から伸びる鋭い爪の引っ掻き攻撃を受け流そうとするも、ルカは剣が折れ、その拍子に後ろに大きくすっ飛ばされてしまった。


「ふ、2人がかりでこれかよ…」


 ルカは血を吐きながら片膝をつき、折れた剣を地面に突き刺し、なんとか戦意を保っている。

 が、あの状態ではもう戦力としては戦えないだろう。


『ぐるあぁぁ!!』


 熊が吠えると、森が、空気が揺れるような感覚さえ覚えた。ものすごい衝撃波だ。そのまま、残り二人の団員へ左手で再び爪を使った引っ掻き攻撃をすると、咆哮のせいで受け身が満足に取れず、2人ともルカよりは傷は浅そうだが、後方まで薙ぎ払われてしまった。


「最悪だ」


 セドリックの顔にも、焦りの表情が滲む。残るメインの戦力はおそらくオスカーとセドリックの2人。

 敵の熊は痛みがない?疲れない?死ぬのが怖くない?血を流しても、怪我をしていても、剣で斬られても、お構いなしという感じで攻撃を繰り出してくる。


「だ、団長…」


 オスカーの顔から戦意が消えそうになったその時だった。


「オスカー、ルカとシロナを連れて退却。その他動けるものは協力し合って一人でも多く退却だ。城に戻ったら陛下へ報告。その後盗伐隊を率いてコイツを倒してくれ」


「だ、団長はどうするんですか!こんな化け物、一人じゃ無理ですよ!」


「いいからいけ!こいつをここに野放しにしたら、近くの町はどうする!?この近くにはあの錬金術士もいるんだろう!?民間人を見捨てて逃げられるほど、聖騎士団団長の名は安くないんだ!いいから行け!命令だ!!」


「は、はいぃっ!!」


 セドリックは今までに見たこともないような剣幕でオスカーを叱咤すると、オスカーはすぐにルカの元へ走った。薙ぎ飛ばされた二人も立ち上がると近くの動けそうな団員に声をかけて撤退の準備を始めている。


「そう言う事だ。シロナ、君も行け。あの錬金術士を守るんだろ?君の役目はまだ残っている。こんなところで終わってなんかいられないぞ」


 敵を見たまま。セドリックは背中を私に向けたまま、いつもの優しい口調で、どことなく『悪いな』と謝っているような、『後悔があるような』少し寂しい言い方をしていた。

 私は少し考えた後、ダガーを左手に持ち替えて、右手で思いっきり彼の背中を平手打ちした。


「…?」


 割と強く叩いたのだけど…所詮15歳そこらの女の子の平手打ちを背中にしたぐらいじゃこの程度なのだろうか…なんと非力な。

 痛い、というよりも痒い、ような顔をされてこっちを驚いて見ていた彼の顔のそばに詰め寄った。


「セドリック!今あなたもう死ぬ気でいましたね!?そんな心構えじゃ勝てるものも勝てないですよ!騎士団長たるもの、そんな心構えでどうするんですか!私の主は、…ルゥは今独りぼっちで、あなたの部下が死にそうなのを、一生懸命回復魔法をかけて、かけて、かけ続けてるんですよ!いいおじさんが、私の主よりも弱気になるなんて、そんな騎士団長が死んだところで、いいお笑い種ですよ!」


 戦場に私の大声が響いた。ほぼ0距離で叫ばれた彼は驚いたように目をぱちくりさせていた。

 私も言い終わった後に、調子に乗って大口を、騎士団長にものすごい無礼を働いた気がする…と血の気が引く感じがした。少なくとも、民間人の、ただの小娘が騎士団長に言っていい言葉ではなかった気がする。


「く…くくく、ははは!!おもしろい!本当にお前は面白い!この俺に、そんな事を言うやつは誰もいないのに、お前は臆せず…ははは!!」


「せ、セドリック?」


 やばい、死の間際で頭がおかしくなっちゃった?今笑うところじゃないでしょ。目の前に最強の敵がいるのに、どこがそんなにおもしろいのか。


「お前さぁ。団長にそんなこと言うと、牢獄行き確定だぞ?」


「ここまで無礼な発言、前代未聞かと…もはや審問会にだすべきかと思いますが、団長」


「すげーな…あんなおとなしそうな顔してんのに…本当はうちの団長よりつえぇんじゃねーの?」


 ルカにオスカー、それに動ける団員たちがぞろぞろと私たちの周りに集まってきた。

 さっきまで恐怖に支配されていた雰囲気はなくなり、それぞれの顔には覇気が…生気が戻ってきていた。


「お前たち…逃げなくていいのか?命令違反…だぞ?」


「この場で逃げて帰ったら、()()()()()()()()()()ってことっすよね?そんなの見たくもねーし、グチグチ言われんのは見えてるし、このお嬢ちゃんにも、これから死ぬまで顔見る度に『逃げた』って言われ続けるんすよね?それはそれでたまんねーっすよ。このお嬢ちゃん気が強いのなんのって」


 ルカの言葉で周囲に笑いが広がった。団員達に笑顔が戻ると、セドリックの顔にも、焦りよりも余裕が出てきたように見えた。チャラチャラしてて嫌いだし、ルゥに何か言ったみたいで気に入らないところも多いけど、この人もこの人なりの戦い方、鼓舞の仕方があるんだな。と感心した。


「お前たち…。…ここでヤツを討つ!剣を取れ!数人でチームを作れ!数で押すぞ!」


『おぉーー!!』


「第一波準備!波状攻撃!」


 セドリックが叫ぶとオスカーとルカが熊のヘイトを取っている間に団員たちが次々と攻撃の用意をし始めた。


「最後は俺がヤツを叩ききる!無理はするな!各自自分の戦いに善処せよ!攻撃開始!!」


 合図とともに、騎士団が再び化け物熊に斬りかかっていった。


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