第6話 推奨:よく噛んで食べる
「はいお水とメニューね。あら、なんだかしんみりしてるわね、レイアにしては珍しい」
「わたしだってしんみりすることくらいあるもん、さっ、カナタさん。何食べます?」
ラピルさんからメニューを受け取る。イラストでメニューが描かれていて、見やすい。
文字はよく分からんが『把握』できている。魚料理が中心のお店だ。
……へえ、海が近くにあるんだろうか。本日の海魚の丼、とある。
「じゃあ俺、この本日の丼で」
「わたしはいつもの焼き魚定食で」
「はーい、少し待っててねー」
と、ラピルさんがスマイルと共に去って行く。
後ろ姿をついまじまじ見てしまうが、ウサギ耳だよなアレは。
「あのカナタさん。この後って、お時間大丈夫でしょうか……?」
レイアがなんとも遠慮がちな雰囲気で言った。
「大丈夫も何も、まだ右も左も分からないからね。いつでも自由時間だよ」
「良かった。実は、会って欲しい子たちがいるんです」
「会って欲しい子たち?」
水に手を伸ばす。日本のそれと同じく、キンキンに冷えた氷水だった。
「はい。わたしが先にこの世界に来た後、子供たちも遅れてこの世界に来てまして」
「あ……そ、それは残念だったね。生き延びられなかったんだ……」
「はい。せっかくカナタさんからご恩を頂いたのに……」
「そ、それは別に気にしなくて良いんだけど、その子たちって適性補正? を受けて、人の姿になってるの?」
俺が言うと、レイアはその可愛らしい首と猫耳をふるふる横に振った。
「いえ、猫のままです。素質はあるらしいんですが、まだ幼いので」
「あ、そうなんだ。この街に暮らしてるんだよね?」
「はい。他の街は違う所が多いそうですが、この街は獣人と人とが全く同じように扱ってもらえるんです」
この街は特別だけれど、やっぱりあるのか、獣人差別は。
「……そう言えば、冬の日にその……レイアは地球で死んでしまったんだよね。地球では半年くらい経ってたけど?」
「はい、ここでも半年くらいが経ってます。その間に、人間の社会の仕組みやお金の仕組みとか色々、勉強しました!」
「へぇー、その辺りも教えてくれるんだ。手厚いね」
重い話題になるかなと思ったけれど、レイアの明るさで救われた。
とそこに、さっきのウサギ耳さんが両手に料理を持って現れた。
「はいこちら海魚の丼ね。レイアのはいつもの」
おお、見るからにマグロの赤身だ。タレが掛かっていて美味そうだ。
普段刺身なんて食べられなかった俺はちょっと感激した。
と、
ピコン
不意にあの音が鳴った。何だ? 何か気をつけないといけないことがあるのか?
『情報:料理・マグロの刺身丼』
……どうでも良い情報だった。地球と同じマグロが食べられるってことは、良いのかも知れないが。
「カナタさん、どうしました?」
ウィンドウに視線を向けていた俺に、レイアが不思議そうな顔をして言う。
「あ、ああごめんごめん、何でもない。この魚、地球のマグロと同じものみたいだよ」
「マグロ? それって美味しいですか?」
「うん、美味しい。醤油……はさすがに無いのかな、あればベストなんだけど」
ちゃんと箸はある。フォークとスプーンも添えられている。多国籍対応って感じか?
俺は箸を手に取り、マグロの切り身をつまみ上げ、そのまま口に頬張った。
「んー、赤身ならではの凝縮された味。相当久しぶりに食べる、マグロ」
マグロ本体の味に不満は一切無い。タレはカルパッチョ風で、これも悪くない。
けれど、ここまで良いマグロだと、やっぱり美味しい醤油と合わせたくなるのが日本人根性だな。
「じゃわたしもいただきますね」
レイアの皿には、串が刺してある塩焼きの魚がこんがり焼き上がっていた。
レイアはその魚に、大胆にかぶりついた。ガツっガツっ、と大きな口を開けて、骨ごといってる。
あまりにレイアが美味しそうに食べてるので、俺も食欲がグイッと来た。
丼をガツッと掴み、かき込むように米とマグロを口に流し込む。とまた、ピコンと鳴る。
視線だけ動かしてウィンドウを見ると――
『推奨:よく噛んで食べる(消化吸収率12%UP)』
うざっ。
食べたい物を食べたいように食べることにまで口を挟んでくるのか、チュートリアル。
親切なチュートリアルはありがたいが、お節介なチュートリアルはわずらわしさの方が勝るな。
早くこの街で生活できるようになって、チュートリアルを切るようにしたい。
……チュートリアルを切る方法、聞いてないな。
まぁ、聖職者が猫を猫耳に変えられる世界なんだから、聖職者に頼めばその辺りの調整も効くだろう。
今はまずマグロを食べるんだ!
……
…………
地球時代から含め相当久しぶりのマグロは、非常に満足だった。
こうして食事を終え、ラピルさんに会計を済ませてもらった。
レイアが気を利かせて払ってくれたらしい。後で絶対返さないと。
「カナタさん、お腹いっぱいになりましたか?」
「ああ、おかげさまで。ありがとう、レイア」
「それじゃあ……会いに行きませんか?」
レイアの目が、少し潤んでいた。
「わたしの子供たちに」
俺はうなづいた。
レイアに連れられ店を出て、街の路地を歩いていく。
やがて辿り着いたのは、小さな木造の家だった。
中から、ドタンバタンとにぎやかそうな音が聞こえる。
レイアがドアに、手を掛けた。
※第10話までは毎日21時10分更新予定です。続きもよろしくお願いします。




