第3話 推奨:足で蹴り飛ばす
「あれ、カナタさんどうし……あ、そっちにスライムいますね。よく気付きましたね」
「あ、ああ」
レイアには、このウィンドウは見えていないようだ。
俺には堂々と見える、半透明なガラスパネルのようなウィンドウだが、レイアの視線はそこに向かない。
レイアの視線は俺に向いた後は、左手の藪の中に向いた。
藪がガサッと揺れる。そして藪をかき分けるようにして、つやつやしたゼリー状の物体が現れた。
うわめちゃ可愛い。ぷるんぷるん揺れながら、ウズウズと進んでくる。
「地球だと、わたしみたいな猫も蹴られることがありましたけど、カナタさんはきっとそういう人ではないですよね?」
「ああ、動物に暴力を振るうなんてことは、ない」
「としたら、カナタさんスライムと戦った方が良いと思います。この世界、力が物を言うことも多いので」
サポートしますっ、とレイアは言い、スライムの右側、少し距離を取ったところまで回り込んだ。
戦う……と言っても、俺が退治するのはせいぜい害虫類が精一杯で、小さな犬ほどの大きさがあるこのスライムなんて、どう戦えば良いのかよく分からない。
と、ウィンドウが出ている所からピュイー、ピュイーと甲高い音が2回鳴り、ウィンドウの表記が変わった。
『戦闘が開始されます
推奨:足で蹴り飛ばす
非推奨:手で持つ・殴る』
チュートリアル的にはここは、足で蹴飛ばして対応するのが吉なのね。ひとまずまだ何も分からないから従っておこう。
藪から出て来たスライムと、徐々に距離を詰めていく。
初めて見るモンスターとの戦い。成功率98%とあるから、よほどでない限りマズいことは起こらない、と信じたい。
胸がドキドキし、喉が渇いてくるのを感じる。
スライムがまたぴょんとこちらに跳ねてくる。丁度踏み込んで蹴れば、サッカーボールを蹴るのと同じ感じになる。
俺は一瞬まぶたを強く閉じ、覚悟を決めて前へ一歩踏み込み、その余力で足を振り抜いた。
足の甲に、水風船でも蹴ったようなぶにょんとした感触が伝わってくる。
「良いキックですよ、カナタさん!」
右手側からレイアの声が飛んでくる。
しかしそれどころではない。胸は更にドキドキと高鳴り、息が荒れるのが分かる。
吹き飛んだスライムは、かなり後ろに飛んでそのままぽよんぽよんとバウンドした。
が、相手もさすがモンスターというべきか、俺の蹴りの衝撃を吸収しきったのか、ある瞬間にバウンドしなくなった。
そして今度はスライムの方から、俺に向けて一直線に来る。来る……来てるんだよな、これ。
スライムの動きはとても緩慢だ。方向こそ俺に向けて真っ直ぐなんだが……
ふるふる、と震えて、ぴょんと飛ぶ。またふるふると震えてから、ぴょんと飛ぶ。
蹴りが効いてかなり距離が出来てしまったために、余計その待ち時間が長い。
ようやく俺の手足の届きそうな所まで来たので、再び蹴ろうかと思ったが、辞めた。
なんだか可哀想になってしまった。やはり動物いじめは、俺には向かない。
と、またピュイーピュイーと2回音が鳴る。
『攻撃を受けます
推奨:先制攻撃
非推奨:棒立ち・攻撃を受ける』
推奨、されてもねぇ……確かに怪我しないためにはその方が良いかも知れないけれど。
これだけ必死そうに立ち向かってくるスライムを、むげに蹴り飛ばすのは、俺の良心が痛んだ。
俺も、こいつが来るなり蹴ってしまったんだから、こいつの攻撃も一度受けよう。
それから逃げれば良い。あの鈍足なら、絶対についてこれはしない。
考えていると、スライムがふるふるっと俺の前で震えた。スライムの攻撃だ。
「カナタさん、危ないです!」
レイアは言うが、俺としてはせめておあいこにしたい。
そう思い、棒立ちのままでスライムの攻撃を待った。
スライムがぴょんと俺の足の所に飛んでくる。ドシッ、とすねにぶつかる。重い砂袋でもぶつけられた気分だ。
だが、それ以上ではない。俺は、ずり落ちて足先に乗っかっているスライムをちょっと足首でどけて、そのまま軽く足の甲で押して転がした。
「逃げよう、レイア」
「えっ、スライムから、逃げるんですか?」
「ああ。やっぱり俺は、動物をいたぶる様な真似はしたくない」
俺はスライムに背を向けて街道の真ん中に戻り、そのまま歩き出した。
「はー、初めての戦闘だったけど、やっぱ動物を殴る蹴るなんて、ちょっと俺には難しいな」
「カナタさん、アレは動物じゃなくて、魔物ですよ? 退治しないといけない生物です」
「退治しないといけない理由があるの?」
「はい。スライムは、さっきみたいな生まれたては良いんですが、付近の毒草なんかを取り込んで成長します。すると、毒を持ったスライムになります」
「毒を持ったスライムになる、と?」
「商隊の水樽に入られたら最悪です。毒の水になって飲めなくなります」
「ああ……つまり括りとしては害獣なのか」
「はい、この世界で『魔物』とされるのは、全部害獣です。害が無い生き物は、動物とか小精霊とか、少し色々ありますけど……」
「そっか。害獣なら、人の生活の邪魔になるから駆除するのは当然、か。でも気は進まないなぁ」
歩きながら話す。俺はいつの間にか、手を後ろ頭で組んで、目と唇を固く一文字に閉じ気味にしていた。
「魔物駆除は、義務ではないので、もしカナタさんが苦手であればしなくても大丈夫です。わたしが代わりにしますっ!」
「えっ? いやいや、女の子に害獣駆除はさせられないよ。危ない魔物とかもいるんでしょ?」
「この辺りには危ないって言うほどの魔物は出ません。王国騎士団が日常的に駆除してくれていますから」
「ああ、それじゃあ安心……なのか? いや、やっぱり女の子にやらせる仕事じゃないよ。俺も慣れないといけないな」
俺はちょっと溜息を吐いた。
「わたし、前世が猫だったので、狩りは生来好きなんです。さっきもウズウズしてました」
「へぇ、狩りの本能、みたいなもの?」
「はい。今回はスライムだったので遠巻きにしてましたが、ネズミ系の魔物なんて見たら、身体が勝手に動いちゃいますね」
そういうものなのか。
本能的に狩りに向いてる種族だとしたら、足手まといにしかなりそうにない俺よりも良い、のか……?
「それに魔物って、倒すと良いことがあるんですよ?」
俺の横からひょいっと顔を覗かせてレイアは言った。
※第10話までは毎日21時10分更新予定です。続きもよろしくお願いします。




