第22話 注意:爪痕が目立ちやすい
下着。まずはそれからだ。
そう決めて、俺たちは生活者ギルドの近くにある服屋へ入った。
一通り店内をぐるっと見て回った。するとレイアが、いきなり俺を見上げて言った。
「服、どうですか? やっぱり地球の方が良かったです?」
俺はその真っ直ぐな視線に、言葉が詰まった。
その店で扱っていたのは普段着がほぼ全てで、綿と麻、それに少しだけ絹の製品があった。
ここは地球の季節と同じらしいので、これから夏に向かう季節のはずだ。衣服もそれを見越した物が多い。
地球で言うチノパン的なパンツとTシャツ的な上着は複数種類あった。長袖のTシャツもある。
ただネックは、どれも無地で飾り気が全くないこと。
胸ポケットが付いているのを「飾り」と思うなら、少しは候補はあるが。
「物としては十分良いんだけど、地球の感覚で行くと少し地味かな。まぁ地球でもユニクーロで揃えたと思えばこんなところだよ」
「ユニクーロ?」
レイアがキョトンとする。
「えーと、地球の安い普段着の店の名前、かな?」
「へえ、地球の庶民服のお店ですね」
レイアは納得したように頷いた。
「あとは下着だな……って、レイア、付いてくるの?」
「えっ? 良くなかったですか?」
レイアは何の躊躇もなく俺の後ろに付いて歩いてきた。
下着。女の子の前で選ぶのはちょっと恥ずかしいが、堂々としていれば問題ない、か?
見てみると、服が大抵無染色なのに、下着は染色された物が多かった。
「カナタさんの好みはどの辺りですか?」
うわ、レイアの笑顔がちょっと厳しい。
下着選びで好みがどうとか、やっぱりちょっと言えない。
「レイアごめん、下着選ぶのってちょっと恥ずかしいから、あっちで待ってて……」
「え? あ、そうなんですね。わたしあんまりそういう感覚がなくて。あっちにいますねっ!」
ふう。これで心穏やかに下着を選べる。
俺は少し考えた末、実用優先で色違いを1つずつ揃え、上のインナーも汗対策に多めにした。
「……あ、カナタさん。決まりました?」
「うん。ひとまずこれで良いかな。お会計に持っていこう」
こうして俺は、着替えを手に入れた。結構買ったからな。紙袋、脇に抱えるのも大変だ。
お会計、締めて94ドル。パン半切れが1ドルらしいから、パン47個分か。服、そこそこ高いな。
とは言え、決して致命的ではない。まだまだ残金があるのは間違いない。
「次はどうします? ギルドに行きますか? それとも、小物を揃えますか?」
ぼんやりドル勘定をしていた俺の顔を覗き込んで、レイアは言った。
「今のお会計でお札が増えちゃったから、クシャクシャになる前に財布が欲しい」
「じゃあ小物屋さんに行きましょう! こっちです」
店を出て、レイアの案内に任せて歩いて行く。
小物屋は服屋のすぐ近くだった。レイアに連れられて中に入る。
「えっと、財布はどこかな?」
「こっちに色々ありますよ!」
レイアが店の中をズンズン進んでいく。
「あら、レイアちゃんいらっしゃい。子猫向けのおもちゃ、入ったわよ」
店の奥から出て来た中年の女性が、レイアの背中に声を掛ける。
と、レイアはキュッと反転し、その女性の元に駆け寄った。
「入りましたかっ! 見せてもらって良いですか!」
「ええ、幾つかあるから、見ていってね」
「はいっ!」
と……レイアはその女性に連れられて奥の方に行ってしまった。
まぁ、選ぶのは財布だ。値段と機能、それに素材さえ気をつければ、地球と大差ないだろう。
レイアが進みかけていた所へと向かう。木の棚に、革小物が置いてある。
この辺りが財布かな。長財布、二つ折り、それから薄っぺらい、ベロ差し込み式の。多分小銭入れ。
まだ遭遇してはいないが、ドルの下だからセント単位は、きっと硬貨なんだろう。
幾つも並んでいるが、その多くは革の元々の色、生成りだった。
ただ1つだけ、赤茶色の目を引く財布が金属のスタンドで立てられている。特別感がある。
財布だから堅さや手触りを見たいが、触って良いものか。確認すべきだな。
「あのーすいません、お店の方ー……」
俺が言うと、はーい、と女性の声と共に、バタバタと足音が聞こえてくる。
「あら、レイアのお友達さん?」
少し白髪が目立ち始めた頃合いの、ふっくらした女性が言う。
「そう……ですね。友達、です。財布を探してるんですけど、これ、触っても良いですか?」
「ええ、構いません。ただ、爪を立てると傷になるので、気をつけて下さいね」
爪。そうだよな、革だもんな。
俺は一番手前にあった生成りの2つ折り財布を、慎重に手に取った。
第一印象。革の財布。当たり前か。特に変哲のない革財布だった。
ただ革が堅く、現代の革財布と比べるとかなりしなやかさに欠ける。
「いかがです? そちらは一般的なお財布で、お買い得ですよ」
うーん、お買い得は、別に求めてないんだよな。幸いお金はあるし。
「もう少し柔らかい革の財布ってありますか?」
「ご予算はどの位を考えておられますか?」
「予算ですか?」
俺はふと考えた。俺の宿代が35ドルの世界だ。
ざっくり考えても、日本円で5万円くらいまでなら、バチは当たらないだろう。
「予算は……大体300ドルまでですかね」
「300ですかっ! ……それでは、そちらに立ててあるお財布なんてどうでしょう」
と、女性が手を差し、立ててあるお財布を示した。
「これも、手に取っても?」
「ええ、もちろんです。是非香ってみて下さい、そこに一番大きな違いがあります」
如何にも『一点物で高いですよ』と目立ってる財布に、俺は恐る恐る手を伸ばした。
その時、いつものピコンが鳴った。目線だけそちらに向けると……
『注意:爪痕が目立ちやすい』
はいはいそうですか。
デビットカードの件で「こいつ使える?」と思った俺がバカだった。




