第1話 猫を助けた覚えはないんだが?
「ご主人様ぁぁ!!」
猫耳の少女が、俺めがけて宙を舞った。
……いや待て。なんで俺、異世界っぽい場所にいるんだ?
話は少し前に遡る。
*
雨の日、コンビニバイトの帰り、自転車で帰り道を急いでいたら、曲がってきた車に巻き込まれた。
けれど、痛みは感じなかった。ヘッドライトのまぶしさに気づいた時には、自分の身体を上から眺めてた。
見た限り、死んでて間違いないくらいに思い切り轢かれていた。
それを何だか他人事のように眺めていたら、不意に、明るいところにいた。
「あれ……これがあの世ってやつか?」
俺が誰に言うでもなく呟くと、ふぉっふぉっと老人の明るい笑い声が聞こえた。
どこにいるんだ? 目の前は一面明るい空間で、人影もない。
声は反響するように聞こえてたので、どこから声が来たのかもよく分からない。
「ここはあの世と言えばあの世じゃが、この世の果てと言った方が正しいかも知れぬな」
「……はあ」
結局どっちなのか分からないが、ともかく、さっきまでいたはずの場所ではないらしい。
「お前は生前、1匹の猫を助けた。その功績をもって、今の知識や身体を引き継いだまま、新しい世界を楽しませてやろう」
猫を助けた……?
思い当たる節は、なかった。
猫は好きだったが、猫カフェで少し癒される程度の接点しかなかった。
「ええと……誰かと人違いをしてませんか? 俺、猫を助けた覚えはないんですが」
「助けたのは間違いない。その猫が、お前で間違いないと、そう申しておる」
猫って、死ぬと話せるのか?
まあ考えても仕方ないことだが。
どうやら俺は猫を助けてた。
それが巡り巡って、今の知識や身体を引き継いで新しい世界へ――つまり、転生か。
「どういう『新しい世界』に転生させてくれる話なんですか?」
「ふむ、理解が及んだようじゃの。お前には、魔法のある世界を勧めたい」
「魔法。本で読むような、あんな魔法ですか」
「そうじゃ」
これはまんま、異世界転生というやつか。
だとしたら、もらえるものもあるのかも知れない。
「その魔法の世界では、スキルみたいなものってありますか?」
「スキルはある。地球とは法則が違うからのう。何が所望か」
「何がと言われても……じゃあ、オススメで」
「そうか。では幾つか、あちらの世界で暮らすのに便利なものを授けておこう」
そう言われた途端、俺の視界が少しまぶしくなった。
何が光っているのだろうと思ったら、俺自身だった。
しかも、俺自身は裸だった。
「……えっと、今気付いたんですが、裸ですね俺。この姿のまま転生するんですか?」
新しい世界で早速変態として警察だか警備隊だかに捕まるのは、ちょっとなぁ。
「地球で着ておった服を、そのまま着せて送り込んでやるから安心せい」
その直後、視界の端に、何かが表示された。
目をやると、それは見るからに、RPGのステータスウィンドウだった。
今の値は……
――――――――――――
【ステータス】
名前:相沢 カナタ
種族:人族
レベル:--
HP:0 / --
MP:0 / --
筋力:--
敏捷:--
耐久:--
魔力:--
知力:--
幸運:9999
スキル:
・経験値再配分(A)
・言語理解(SS)
称号:
世界の端に辿り着いた者
――――――――――――
なんだ、まだ何も決まっていない感じか。
幸運だけはもう数値が振り切れてる感じなのはありがたい。
スキルはまだよく分からないが、経験値がそもそもあって、それをどうにかするスキルらしい。
言語理解が初めから上の方っぽいSSクラスで付いてるのは、人と話すのに困らなそうだから良いな。
「どうじゃ。幸運だけで世渡りができるほどの幸運を付けておいた。よほど困ることはないじゃろう」
「ありがとう、ございます」
今、幸運は発動していないのか、何の実感もない。
ただどこかから聞こえるその声が自慢げに言うので、お礼だけはしておくことにした。
目線をウィンドウから切ると、少し遅れてウィンドウは消えた。
新しい世界か……正直、前の世界では働きづめだったからな。
働きづめはもうこりごりだ。今度はスローライフで生きていく。
「ではいざ、旅立ちの時じゃ。おおそうだ、新しい世界に慣れるまでは、補助を付けておくからの」
補助? 誰かサポートの人でも付くのだろうか。
そんなことを思ってる間に、またも俺自身が光り始めた。今度は一段とまぶしい。
あまりの眩しさに目を閉じた。
*
まだ光ってるのか、まぶしさが変わらない。俺は薄目を開けた。
俺は、太陽に向かってまっすぐ立っていた。ふと身体に目をやると、服を着ていた。
ピコン、という音が聞こえ、同時に視界の隅に、先ほどとは違う表示が浮かんだ。
音を鳴らして表示された、さっきのステータスウィンドウより随分小さなのに目を向ける。
『告知:チュートリアルモードがONになっています』
チュートリアルモードか。補助ってさっき言われたのは、これの事だな。
そのウィンドウは、俺がひとり頷いている間に、勝手に消えた。
さて……今俺は、どういう世界のどこに立っているんだ?
と、またピコンと音が鳴る。
再び現れたウィンドウに目を通す。
『場所:ハスティアナ王国 王都南西2.2km』
人が住む所まで2km程度か。これが50kmとかだったら、早速また死にそうだからな。
もしかすると、幸運のステータスはもう仕事してるのかも知れない。
と、ウィンドウが消える。内容を理解すると消える仕組みなのか? 便利だな。
誰か知らないが、これをくれたあの声だけのおじいさん、ありがとう。
ここは、なだらかな丘の裾に当たる部分のようだ。
足下には土の道。石畳やアスファルト、コンクリでない辺り、魔法の国にありそうな展開で少しだけワクワクしてくる。
まずはこの丘を越えて向こうかな。俺は向いている方に歩きだした。
と、一歩踏み出した時に、ピュインとさっきまでとは違う音が鳴る。
けれど、先ほどのウィンドウが出ている訳ではない。あれ?
ただ、答えはすぐ分かった。頭の左上の方に、とても小さなコンパスの表示が出ている。
太陽のまぶしさに目を細めたまま、一歩、踏み出しかける。
その瞬間、視界の隅のコンパス表示が、王都の方向を示しているのに気づいた。
南西ではない。逆だ。
俺はその場で身体の向きを変え、太陽を背にした。
コンパスの表示は、北東を指していた。
*
少し歩いていると、丘の頂上まで辿り着いた。なだらかな丘だったので、疲れはない。
丘から見下ろすまっすぐの位置に、円形の城壁を備えた街があるのが見えた。
真ん中より奥の方に城らしいものもある。
ただ、その城の規模感は、そこまで大したものではない。
美麗な、とか、豪華な、とは縁遠い、砦の様に角張った、大きな箱的な建物だ。
遠くからではあるが、赤色の旗のようなものが掲げられているのが見えるので、城で間違いないだろう。
眺めていたら、ピコンと鳴った。
『情報:城門より急速接近する存在 敵意なし』
言われて城門を見ると、城壁の所から、人らしき姿のものが飛び出してきた。かなりのスピードで駆けてくる。
一瞬その速度に、距離はあるし敵意なしとは言え身構えたが、城壁辺りが騒ぎになっている様子はない。
こちらの方に向かって駆けてくるのが、猫耳を付けた人であることが分かるのに、それ程時間は掛からなかった。
猫耳か。獣人族、みたいな呼び方になるのかな。より近付いてくると、尻尾もある。白黒のしましまの尻尾だった。
このまま駆けてくるとなると、俺が立ってるのは邪魔だな。俺は土の道から一歩踏み出して、その猫耳さんが通る道を空けた。
なおもノンストップで駆けてくる猫耳さん。本当に凄いスピードだ、もう顔も分かる距離で、女性だった。
と、唐突に、
「ご主人様ぁぁ!!」
と猫耳の女性が叫んだ。えっ、何? 誰か後ろにいたかと思って振り返るも、誰もいない。
第一、丘を登ってくる時点でもまだ誰とも出会っていない。この猫耳の若い女性が初めての遭遇だ。
うろたえつつも目線を猫耳さんに戻した時には、猫耳さんの足は宙に浮いていた。
「ご主人様ぁ!」
「へぶし」
思い切り飛びつかれ、俺はなすすべもなく地面に吹き飛ばされた。
※第10話までは毎日21時10分更新予定です。続きもよろしくお願いします。




