2 求愛行動②
「トールぅ、お仕事お疲れ様♥」
仕事から帰ると、家の中からリディアの声が聞こえてくる。
この喋り方は、良からぬことをしようとしている。
トールは身構える。
「ああ、ただいま……」
恐る恐る部屋へと入って行くと、居間兼台所兼応接間で、エプロン姿のリディアが、鎌首をもたげてトールを待っていた。
「お帰りなさいっ。見て見てっ、セクシーでしょう! ムラムラするでしょう! さあ早く抱きしめて!」
「えっとぉ、セクシーなのか? ムラムラはしないが、抱っこするのか、赤ちゃんだな」
「違うわっ。ほら見て、エプロンには何個も歯形を付けているのよ!」
「歯形?」
リディアはトールに見せつけるように、エプロンに噛みついて見せる。
「よいしょ、水蛇の姿でエプロンしているのは動きづらいだろう、外すぞ」
トールは水蛇リディアを抱き上げながら、絡まっているエプロンを外してやる。
「はっ! 歯形が付きやすいようにと、水蛇に戻っていたんだった。しくった!」
「でも、なんでエプロンに歯形なんだ?」
リディアに巻き付かれながらトールは不思議がる。
エプロンは白地にフリルが付いた可愛らしいものだ。新品のようなのに、なぜ歯形をつける必要があるのか。
「だって、だってミカちゃんが言ったの」
「ミカちゃん……」
ミカは三軒隣にいるリディアよりも2歳年下の少女で、リディアとは仲良しさんだ。
仲が良いのはいいのだが、ミカはおませさんというか、知ったかぶりというか、リディアに色々と入れ知恵をする。
リディアは間に受けることが多い。そして、その度困るのはトールだった。
「ミカちゃんが “歯形エプロン” は男のロマンだから、トールもイチコロだって。歯形エプロンをすれば、トールはリディアに発情してくれるって言ったの」
リディアは嬉しそうに、イチコロ、イチコロと言い続けている。
「はあ~。それは歯形じゃない。“裸エプロン” だ」
ミカちゃん、何を教え込んでいるんだ。
トールはリディアに巻き付かれたまま、脱力して座り込んでしまう。
リディアは、半年ほど前から、トールのことを名前で呼ぶようになった。
それまでは『お父ちゃん』と呼んでくれていたのに。
名前を呼ばれた時、トールは衝撃と共に悲嘆にくれた。
とうとう家の子に反抗期が来てしまった。
女の子の反抗期は男親のメンタルを削る。
『洗濯を一緒にしないでっ』『キモイ』『臭い』『ウザイ』
こんなことを言われたらどうしよう。
嘆くトールだったが、すぐに反抗期の方が良かったと思うことになった。
なぜならリディアに来たのは反抗期ではなく、発情期だったのだから。
正確には、まだ発情期は来ていないらしい。
ただ『発情期が来たら、トールと番って、トールの卵を産むの』
キラキラした瞳で言われたトールは、そのまま寝込んでしまった。
愛娘の教育を間違えた。
それからは、リディアからの怒涛の求愛行動に、トールは困り果てている。
いくら血が繋がっていないと言っても、トールからすればリディアは可愛い可愛い娘なのだ。
そりゃあ、どこの馬の骨とも分からない男に娘をかっ攫われるのは心底嫌だが、それとこれとは話が違う。
やはり女親がいなかったのがいけなかったのか。
「いいか、何度も言うが、俺はお前の『お父ちゃん』なんだ、お父ちゃんと娘は結婚できない」
「大丈夫よ、私は気にしないから」
「ちっがーう!」
何度言ってもリディアに話は通じない。魔獣だからなのか? 魔獣と人族では倫理が違うのか?
リディアには、小さい頃から教会の学校に通わせていたのに。
読み書きだけで、一般常識は習わなかったのか?
水蛇から巻き付かれながら、途方に暮れるトールなのだった。




