第5話「匂いが導く真実と影の果て」
朝の宮廷は静かだった。だが茜の鼻は、微細な匂いの変化を見逃さない。手に持つ薬草の香り、床に舞う粉末、かすかに混ざった金属臭……昨日の事件と異なる新しい匂いが、宮廷の奥から漂ってくる。
「……計画はまだ進行中だ」
茜は軽く口元を歪め、指先で粉末をすくう。匂いは正直だ。微量の“記憶香”と、禁じられた薬草、さらに誰かの意図が混ざっている。匂いの断片は、昨日の事件の背後にある“宮廷の秘密”の一部を告げていた。
扉が開き、侍女が息を切らして入ってくる。
「茜さま、皇太子殿下が……」
「はいはい、匂いの迷宮への特別招待ですね」
書斎に入ると、景はすでに立って待っていた。無言だが、その眼差しには決意が宿っている。
「昨日の匂いの解析、進んだか?」
「ええ。匂いが教えてくれました。誰がどの薬草を混ぜたか、少なくとも断片的には」
景は静かに頷く。
「君の嗅覚は、人の心の影にも少し届いているな」
「まだ半分くらいですけど……匂いだけじゃ全部は分かりません」
そのとき、情報屋の少年が急ぎ足で入ってくる。
「匂いは一箇所に集中してる! 宮廷の奥で、密売ルートと薬草の乱用が合流してる!」
茜は目を細め、粉末を嗅ぎ分ける。微かな甘み、鉄分、香辛料……匂いの組み合わせは複雑だが、順を追えば事件の構図が浮かぶ。
「匂いは嘘をつかない。人の行動も隠せない……でも、心の匂いはまだ全部じゃない」
茜は独りごち、宮廷の奥に進む。そこには、昨日までの事件を操っていた人物がいた。微量の“記憶香”を手にした姿。匂いが語るのは、計画の全貌、動機、そして焦り。
「ここまでか……匂いが導くのは、真実と影の果て」
茜は指先で薬草をすくい、香りを嗅ぎ、慎重に接近する。相手の動き、呼吸、微かな香りの変化——全てが証拠になる。
景が静かに声をかける。
「君が嗅ぎ分ける限り、宮廷の秘密も逃げられない」
「匂いは逃げません。でも、人の心は……まだ学ぶ必要があります」
茜は微笑む。匂いの糸をたどり、禁じられた薬草の乱用、密売ルート、宮廷内の陰謀をすべて暴く。事件は解決し、宮廷には小さな安堵が戻る。だが、匂いは告げる——まだ見えない影が存在することを。
夜、独りごちる茜。
「匂いは正直だ。嘘はつかない。でも、人の心の匂いは、もっと奥にある。だから私は、嗅ぎ分けながら歩く。真実を追い、影を見つめながら——次の事件へ」
宮廷の闇は深い。しかし、茜の嗅覚はさらに研ぎ澄まされ、真実を切り開く道を照らし続ける——。