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第2話「香りの裏に潜む影」

茜は宮中の小部屋で、朝の光を受けながら薬草の香りを確かめていた。今日も匂いは正直だ。微かな土の湿り、乾いた花の甘み……しかし、昨日の事件の匂いがまだ鼻先に残っている。誰かの手が混ざったあの痕跡。


「ふう……宮廷の匂いは、下町よりずっと複雑だな」


軽口を叩きながらも、茜の鼻は休むことを知らない。小さな粉を指先にとり、くんと嗅ぐ。微量の薬草と、ほんの少し異質な化学臭——あれは、誰かが後から加えたものだ。


扉が開き、若い侍女が顔を出す。

「茜さま、皇太子殿下が呼んでおります」

「はーい。匂いの迷宮に誘われる気分ですね」


景の書斎に入ると、彼は机に向かって何かを記していた。無口な眼差しの奥に、昨日の事件の影がちらつく。


「この事件、君の嗅覚で何かわかったのか?」

「ええ、でも匂いだけでは人の心までは分かりません」

「……人の心の匂い、か」


景は言葉を切り、窓の外を見つめる。茜はふむ、と頷き、手元の薬草を確認した。昨日の女官が倒れた事件の薬草と、今日届いた薬草の匂いを比べる——微細な違い、混ぜ方の癖、乾燥の程度……匂いの断片は、事件の裏に隠れた人間関係を語っている。


「やっぱり……誰かが情報を隠している」


侍女から聞いた噂と匂いの断片を繋ぎ合わせ、茜は推理を進める。女官が倒れた夜、密室で密かに動いた影。表向きは書類整理だが、匂いが証言する。微量の“記憶香”が床に落ちていた——これを嗅ぎ分ければ、誰が何をしたか分かる。


夕暮れ、茜は宮中の裏道を歩きながら、情報屋の少年に会う。

「この匂い、昨日の事件と関係ある?」

「あるよ。密売ルートの香りだ」


茜の鼻がピクリと動く。匂いは正直だ。誰が何を混ぜたか、どこで使われたか、微細な違いが語ってくれる。情報屋の少年と共に、密売ルートを辿る。途中、匂いに混ざる人間の感情、焦り、怒り、恐怖——それを嗅ぎ分けながら、茜は初めて“人の心の匂い”に触れる。


書斎に戻ると、景が静かに待っていた。

「君、匂いで真実を追うだけでなく、人の心も嗅ぎ分けているな」

「まだまだ練習中です。でも、匂いは嘘をつかない」


茜の指先に残った微細な粉、嗅覚に刻まれた香りの断片、それらを一つに繋げたとき、事件の輪郭が見えてくる。宮廷の闇は深いが、匂いという小さな光が、真実の道筋を示すのだ。


最後に茜は独りごちる。

「匂いは、嘘をつかない。でも、人の心は……匂いだけじゃ全部は分からない。だから、私が匂いの先を行く――」

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