第1話「匂いは嘘をつかない」
薬はだいたい嘘をつかない。人が嘘をつくのは得意でも、薬は成分以外のことは言わない。だから――おかしい。
下町の小さな店の奥で、茜は掌に載せた薬草を撫でながら、微かに鼻をひくつかせた。かすかな甘み、少し土の匂い、そして……不自然な何かが混ざっている。
「ん……誰か、余計な言葉を混ぜたな」
軽口を叩きつつも、茜の目は真剣だった。小さな薬箱が目の前にあり、宮中からの依頼で持ち込まれたものだ。表向きは“鑑定”、つまり香りの確認に過ぎないはずだった。しかし嗅覚が告げる——この箱には人の手が加えられている。
店の戸を叩く音がして、師匠格の老薬師が顔を覗かせる。
「茜、行くぞ。宮中だ。」
「はいはい、師匠……って、あの箱、あんな匂い、宮廷の中で平気で混ぜる人がいるの?」
「それが問題だ。匂いは嘘をつかない。見た目や言葉は騙せても、香りは逃げない。」
宮中に着くと、若い女官が倒れていた。表向きは急性疾患。だが茜はすぐに匂いで察する。誰かの手が加わった微かな薬草の香り——混ざり方が不自然だ。指先で薬箱の中を触ると、微細な粉が指に付いた。嗅覚が告げる。
「これは……ただの病気じゃない」
茜は小さく口元を歪め、独りごちた。
「さて、誰の匂いだ……宮廷の嘘は、この鼻に任せてもらう。」
その瞬間、無口な皇太子・景が近づいてくる。眼光は鋭く、病の影を隠すように静かだ。
「君が、匂いで真実を嗅ぎ分ける者か」
「そうみたいですね、陛下。匂いは裏切らないんです」
茜の心は小さくざわつく。匂いだけでは解けない、人の心の匂いが、この宮中には渦巻いている——。