除夜の鐘スクラップヤード
さる大晦日、C寺の除夜の鐘が、激高した近隣住民の手により破壊された。
「静かに年越しをしたかった」と供述する男は、重機リース会社の経営者。自社のショベルカーを駆り出して、参拝客の集まる中、鐘撞堂を解体したのだ。
除夜の鐘は騒音か? 長らく弱火で議論されてきたこの問題は、この事件を契機に、一気に表に出ることとなった。
全国の仏寺は対応に迫られ、超宗派による自衛組織を設立する。
僧兵である。
一五八八年、豊臣秀吉が刀狩令を布いて以来、本邦の歴史から姿を消した武装集団の復活であった。
現代僧兵の仮想敵は当初、鐘撞堂を損壊したショベルカーを始め、境内施設全般を壊し得るもの全般であった。重機、火器、暴徒、落書き犯、果ては立ち小便まで。住職たち、檀家たちの怒りは、それまで耐え忍んできた理不尽の数だけ、爆発するようであった。
「そもそも除夜の鐘よりうるさいものなど、いくらでもあるだろう!」
ある仏僧がそう嘆いたのは、僧兵の戦力が暴力団を凌ぎ、警察と拮抗した頃である。
言われてみれば、現代は騒音まみれだ。どうして除夜の鐘のことばかりで、よそのことが思い当たらなかったのだろうと仏僧たち皆して首を傾げたが、一度目からウロコが落ちれば、出るわ出るわ、口々に騒音公害の悩みを打ち明けた。
真っ先に槍玉に挙がったのは自動車、バイク――暴走族だった。
毎夜、爆音でエンジンをふかす連中である。年に一日、百八回だけ、厳かに鐘の音を響かせる除夜とは比べ物にならない騒音のはずだ。
それなのに、除夜の鐘に矛先が向かうのは、無常……もとい、無情すぎるではないか。
警察は何をやっている。民間人は正しく怒れ。
これが僧兵の義憤を燃え上がらせた。
僧兵たちは、培った戦力に物を言わせて、全国の道路を実効支配した。騒音が一定基準を超えた車両は、高速道路のど真ん中だろうが、豪雪の山の中であろうが、容赦なく没収する。
特に改造バイクが摘発される様子から、その一斉検挙は“単車狩”と呼ばれた。
警察はむしろ僧兵の暴挙を静観するに徹した。制度や人員など、諸問題から、騒音車両の取り締まりには限界がある。僧兵が代わってくれるなら、それが良いとばかりに、多少の横暴は握り潰された。
そうして、一年かけて集まった没収車両の数は、何の因果か百八台。
武力を背景に、道路の帝王に上り詰めた僧兵たちが、その暴力的祭典を思いつくのは、当然の成り行きであった。
大晦日。厳かに除夜の鐘が衝かれる全国の仏寺は、例年に比してひっそりとしていた。
毎年通っていた参拝客の関心が、とある除夜の鐘に向いていたからである。
その除夜の鐘が奉納されたのは、某採石場。
ライトアップされた荒れ地に、威風堂々たる姿で、大梵鐘が建っていた。遠目から見守る観客を、テレビ撮影や配信者の生配信で、全国にストリーミングされている。上空には、テレビ局の撮影ヘリが滞空し、地上の様子をカメラに収めていた。
鐘撞堂はなく、吹きっさらしの荒れ地に、大梵鐘だけが置かれている。一見、普通の鐘と同じである。しかし、素材と密度と基礎が別物だった。
素材は鋼鉄。空洞は気泡一つ分もない。鐘の地下には、見かけの二倍ほどの基礎が埋め込まれており、ちょっとやそっとの衝撃ではビクともしない。
もはや鐘とは外見だけ。文句なしの鉄塊である。
観衆から歓声が上がった。
「間もなく始まるようです!」
レポーターの実況に応えるように、大梵鐘の前に僧兵たちの編隊が現れた。
その背中を追うように、百八台の没収車両が徐行し、並べられていく。
僧兵大将が高らかに宣言した。
「ただ今より、除夜の鐘を衝いてまいります。みなさまにおかれましては、一年の煩悩をこれらが車両にお預けください。然る後に、車両を大梵鐘に激突させ、破壊し、煩悩を祓ってまいります。みなさま、清らかな心で新年を迎えましょう」
南無南無。と、観衆は手を合わせ、百八台の車両に念を送った。
一台目、やたらとハンドルの長い改造バイクが、爆竹のようにエンジンを噴かせた。僧兵自ら没収車両を運転する。
「えーい、一つ!」
僧兵大将の号令に、バイクに跨る僧兵が「そーれ!」と応え、フルスロットルで発進する。頑丈な大梵鐘へ目がけて、衝突する寸前に、僧兵が飛び降り、土まみれになって転がる。
大梵鐘が、バイクを木っ端みじんにする。爆発、炎上。夜空が割れるかのような衝突音が、殺風景な採石場に豪快に響き渡る。
それに負けない拍手喝采。
「えーい、一つ!」
続いてシャコタンのスポーツカーが「そーれ!」と応え、同じく大梵鐘を衝く。空回りするタイヤが煙を噴き、急発進。衝突、爆発、炎上。拍手喝采。
静かな夜を煩わせてきた無頼な車両が次々と、轟音と共に荼毘に付される様子に、僧兵が、民衆が熱狂する。
「えーい、一つ!」
「そーれ!」
歴史上、最も騒がしい除夜の鐘は、あと百五台を残している。
排気と、激突と、爆発と。騒々しさに反して、その場に居合わせた人々の心は、徐々に静かさと、清らかさに満たされていったという。
某採石場は、いつしか“除夜の鐘スクラップヤード”と呼ばれるようになった。
炎上する残骸の山が高くなるにつれ、人々の落とす影は濃くなった。
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