0A-12.お嬢様はどこから来たのか?
寒空の下。
「で」
なぜかサングラスに白いパンツスーツ、同色のハーフコート姿のリンドウが、その黒い眼鏡の奥からこちらを睨んでいる。
アプリコットはエル、リンドウと共に街へと繰り出していた。舗装された歩道を歩きながら、襟首を指でつまんで服の中の熱を逃がしている。原因の一つは、繋がれた手。
「アタシはさ。イチャラブを見せつけられるために連れ出されたわけ?」
「そうですよ?」
「そこちょっとは否定しようよ、エル……」
もう一つは、ここぞとばかりにデートだと張り切った感の、エルだ。繋いだ手は指を絡められ、ずっとすりすりされている。アプリコットは照れが隠せず、フードを被りたい気分だった。だが妙に可愛らしい服を着せられてしまったため、そういったものはついていない。
なお、エルはリンドウと対照的な黒のスーツ。そして裾が足元まであるロングコート。小柄だが、妙に似合っている。金の匂いがしそうな布地のせいか、絶対に堅気に見えない雰囲気が出ていた。甘く見ると噛みついてきそうだ。
「リンドウにも説明したじゃない。聞いてなかったの?」
「その時点から二人がラブラブ抱っこしてたので、目に入りませんでした」
「声は目から入らねぇよ。真面目にやって?」
アプリコットは怒り声を抑えて突っ込む。しかしリンドウは口に手を当てて、にやにやしっぱなしだ。諦め、肩を竦める。
「それで。役所のハドソンさんとやらに、会いに行くんだっけ?」
「ハリソンね。名前間違えたらダメだよ? リンドウ」
アプリコットが引いたのを見たせいか、リンドウがつまらなそうに本題を口にした。
「役所……って言えばそうだけど、領主邸だからそういうんじゃないよ」
「ユーク家の別邸ですか? リコ」
左隣で手を握ったままのエルに、アプリコットは頷く。
「うん。領管……領土管理部が確保したんなら、刑務所とかじゃなくって屋敷に連れてくから」
「今のうちに、ジグって男と面会しておこうと?」
「通るかはわからないけどね。ハリソンさんらにご挨拶がてら、だよ。夕飯までに帰りたいし」
少し、視線を上げる。日はまだ高いが、あと何時間かすれば赤くなるだろう。目の端に入る大きな屋敷――庭はなく、通りに面している――を眺めた。
「アプリコット、地方の村出なのに、りょーかん? とか、そういうの詳しいね?」
「今回来る前に、勉強した。リンディたちと一緒だし、何があるかわかんないからね」
「そこで大人任せにしないんか」
「しないよ、そんな詰まんないこと」
リンドウにさらりと言い返して、アプリコットはほのかに笑みを浮かべる。
「〝旅はトラブルを楽しむもの〟らしいからね」
そうして、足を止め、右を向いた。眼前には大きな屋敷と……その玄関扉。守衛が二人、ドアの左右に立っている。
「ここですか? リコ」
「ん…………ってこんな時くらい離さない? エル」
「ダメです」
アプリコットは手を離そうとしたが、さらに指を絡められた。思い出したかのように、頬にまた熱が昇ってくる。
「今日はずっと一緒ですよ」
「……今日だけ?」
「いちゃ付かないでくださいー。守衛さん、ジェンティアンブルー魔法学園の者なんですけど」
茶化すようにリンドウが言って、彼女は大扉に近づいていった。
しょうがないのでアプリコットはその間――エルが手を離してくれるまで、彼女の耳元に甘い言葉を囁いた。
☆ ☆ ☆
〝領土管理部〟は屋敷の最上階。〝住民戸籍課〟は中央寄りの部屋だった。住民が直接来るような部署ではないらしく、奥まってかつ、代官の執務室の近くにあるようだ。
アプリコットたちは部屋に招かれ、ウィルソンの歓迎を受けた。上司のハリソンは、席を外しているらしい。だが面会はそのまま、認められた。僥倖だ。
「リコ、こっちですよ?」
部屋の向かって右奥の扉に向かっているエルが、振り返ってアプリコットを呼んでいる。足を止めていたアプリコットは。
「うん、すぐいく。ウィルソンさん、あっちって代官執務室?」
そう、ウィルソンに尋ねた。右奥の扉をあけていた彼は、さわやかな笑みを浮かべている。
「いや領主執務室。代官は下の階。だけど。気になるのかい?」
住民戸籍課の左奥――壁の向こうを透かすように見て、アプリコットは小さく息を吐いた。肩を竦め、振り返る。
「どんな人が座ってるんだろうな、って。で、そっちが?」
「役所に取調室みたいなところがあるんだ……」
住民戸籍課の奥に、さらに扉がある。先に中に入ったリンドウが、呆然と呟いていた。彼女に続いてアプリコットらも扉をくぐる。小さな廊下と左右にいくつかの……鉄の扉。ドア窓もないその固い扉を見て、リンドウはなぜか取調室と表している。アプリコットは牢屋のようだと感じ、小首を傾げた。
「居住権を管理する部署だからね。いろいろあるのさ、お嬢さん」
ウィルソンが扉の一つをこんこん、と叩いている。中から返事は特にない。
「心の準備はいい?」
そう言いながらも彼は躊躇なくドアノブを回し、扉を開ける。鼻白むアプリコットの前で露わになった室内には――檻があった。部屋の真ん中が、鉄格子で仕切られている。格子の向こうには、椅子に座って項垂れている、ジグの姿があった。
その顔が、ゆっくりと上がる。
「アップル、助けてくれ! 俺は、俺は何も!」
立ち上がった彼が鉄格子に体を押し付け、喚く。格子がゆすられているが、よほど頑丈に打ち付けられているのか、何の音もしない。魔法の威力にも耐えられそうだ。
「さっきからこの調子でね。知らないのはこっちも織り込み済みなんだけど」
「なんだよそれ、ならなんで捕まえたんだよ!?」
「それは室長が説明したろう? 保護だよ。居住権持ちは大切な市民だ」
「くそ、ここから出せっ!」
ウィルソンが肩を竦めて部屋に入り、手前奥の席についた。冊子を開き、どうも記録をとり始めるようだ。
「ウィルソンさん。言ってはいけないこととか、ある?」
「特には。喧嘩はやめて、くらいかな?」
「善処します」
アプリコット、エル、リンドウも入室し、鉄の扉が閉まる。重苦しい音、冷えた室温、少しの鉄臭さがひやりと五感に刺さるようだ。
「私と君の話じゃなくて、アイーダさんのことを聞きに来たんだ」
「俺は知らなかったんだ! 第一、アップルには関係ないだろ!?」
ジグの反応で、アイーダ・ユークの身分は聞かされているとわかった。アプリコットは腕を組み、彼をじっと見つめる。
「その関係を話す必要はないかな。彼女はどこから来たか、知ってる?」
「は?」
間抜けな声を出す少年を、アプリコットはただ見つめ続けた。その目で〝未知〟がないかを、じっくりと眺めながら。
「なんだよ、それ。どこに行ったかとか、どう出会ったとかじゃ、なくてか?」
「大事なのは、君と彼女の関係じゃない。彼女がなぜ、この街にいるかだよ」
「そんなの。ここはユーク領なんだから、どこにいたって……」
「馬鹿言っちゃいけない。領都ユークシティはもっと南だ。そことここの間は、魔物の出る荒野だよ?」
アプリコットがおどけたように言うと、ジグは押し黙った。彼は街の間を移動する商隊――キャラバン育ちであり、街と街の間の危険を良く知っている。
大人しくなったジグに、アプリコットは質問を始めた。
「ユークのお嬢様が、護衛も連れずに、どうやってここまで来たのさ」
「お、俺に言われても」
「わからない、と。つまり車は持ってない」
「乗ってるのを見たことはない」
「馬は?」
「もっと目立つだろ。馬とか馬車とか、本土の連中しか使わないだろ?」
「船」
「わからねぇ」
「最初に見かけたのはどこ?」
「街中。西門近く」
ジグの答えを聞いて。
アプリコットは視界の中に。
(――――あった。これだ!)
揺れる〝知らないもの〟を見つけた。
「ありがと。見つかるといいね? 彼女」
「なんで俺にそれを言うんだよ」
「わかってないみたいだけど」
アプリコットは上機嫌に、ジグに釘を差す。何もかも知らない彼が、少しおかしかった。
「彼女が見つからなかったら君、殺されるよ?」
「……え?」
「あと、保護したのが領管じゃなくても。マフィアとかだったら?」
「ヒッ」
「それでも、外に出たい?」
震えて首を振る彼に、笑みを残す。さしもの彼も、シティマフィアの恐ろしさは知っているらしい。
「じゃあ、ごゆっくり。私はもう聞けたけど、二人は?」
リンドウとエルに尋ねると、二人は首を振った。アプリコットは頷き、記録をとっている職員に向き直る。
「じゃあウィルソンさん。これで大丈夫です」
「そう? なら出ようか」
彼は冊子を閉じて筆をおき、立ち上がった。
四人が部屋を出て、間もなく。
錠前の閉められる音が。
重々しく響いた。
☆ ☆ ☆
戸籍課の部屋に戻り、アプリコットらは席を勧められた。広い部屋の割に、職員は少なく……今はウィルソンとブルースターの二人だけだ。席はもっとあるので、他の職員は出払っているのだろう。
おそらくは、アイーダ・ユークを探して。
「さすがに何に気づいたか、教えてほしいね……アプリコットさん?」
紅茶とドーナッツを出され、アプリコットはありがたくいただく。ドーナッツは外がサクッとしていて、中は意外にふわっと柔らかい。油も砂糖も、安物ではなさそうだ。
「もし西門から彼女が入ったなら、その時点で止められたんじゃないの? 他の門に記録は?」
紅茶で口の中をさらっと流してから、アプリコットは答える。正面の椅子に座ったウィルソン、近くの机に腰かけたブルースターがそれぞれ頷いた。
「それは」「そうだな。門の出入り記録に、彼女の痕跡はない」
「門以外なら水路。船の密航なら東寄りだったと思う。あっちは歓楽街もあるから、辻占いするならそこの方がいい。西なんて、客来ないでしょ」
街の地図を思い浮かべながら、アプリコットは推測する。
「つまり彼女は、陸路でレッドフッドに入ってきた。門を通らず」
「そんなことは……」
「いくつか可能性がある。まず、手引きした者がいた場合」
アプリコットは右手を肩の高さに掲げ、人差し指だけ立てて見せる。ウィルソンが首を横に振った。
「ユーク本家とかかい? その場合はお手上げだね」
「二つ目。北西に河から引き込んでる水路があったはず」
「ないではないが、痕跡を見つけることは難しいな……いや待て」
中指も立てて見せると、ブルースターが考え込んだ。
「入ったときにそこを使ったなら、もう同じところから街を出てる、か?」
「ありえないでしょ、ブルースター」
一方のウィルソンは肩を竦めている。
「あそこから万が一もう出てたとしたら、一人で荒野だよ? 街で護衛雇ったら目立つって」
「確かに、そういう話は聞かない。トランスポーターには真っ先に問い合わせたしな……」
「そこだよ、逆に考えるんだ」
「「逆?」」
アプリコットの答えに、職員二人が顔を上げる。
「逆って、一人でこの街までこれてたってこと? 魔物をなんとかして」
「そうだよ、リンドウ。彼女は一人。大貴族のお嬢様だからって、みんな見落としてるけど」
リンドウに向かって口角を上げて見せながら。
「彼女はたぶん、〝真なる魔法使い〟。その気になれば、市壁だって飛んで越えられる」
じっと真っ直ぐ壁の向こう――領主執務室の方――を見つめた。
「古い貴族の秘法を知っていて、占いが大人気。〝知らないことを知る魔法〟ってのは、すごく難しいんだ」
魔力を視る者、〝真なる魔法使い〟。魔法学園で7年鍛えてもほとんどが至れない、超越者たち。階梯にして7――人類の限界――を何らかの方法で超え、魔物に対しても無双の強さを誇る。その奥義は、見えないものを見るという点に尽きた。魔力、人の心……そして未来。
「アタシでもほとんどできないしね。逆説的に」
「それが使えるなら、戦闘能力は十分。ああ、なるほど」
リンドウ、エルが頷く。ウィルソンとブルースターは、顔を見合わせていて。
「だからリンディさんたちは真っ先に、水際に走ったんだ。彼女は簡単に外に出られるから」
納得した様子のエルの言葉で、職員たちは僅かに青ざめていた。
「そういうこと。となると……ちょっと質問をいいかい?」
ウィルソンがこくこくと頷いている。アプリコットは彼に向かって尋ねた。
「ここって、人を捕えておけるんだから、食料を用意してるよね?」
「ああ。下に食堂がある」
「今すぐ棚卸してもらって、数を確認して。それから、無駄かもしれないけど建物を封鎖」
「それは、どういう――まさか」
言葉を失うブルースターに、にやり、と笑みを見せて。
「アイーダ・ユークは、ここにいる」
アプリコットはそう、断言した。
「しかも」
部屋の奥。壁の向こう。〝ユーク領主の部屋〟を。
「誰かが来るのを、待ってるんだ」
そこにいる〝未知〟を、じっと見つめながら。




