0A-11.追跡指令:大陸王の娘を探せ。
夕食後。アプリコットは、リンディの部屋に呼ばれた。
扉をノックし、応諾を待って部屋に入る。中では黒髪のキリッとした美女……美少女? がソファーで座ってまったりしていた。近くのテーブルには、当然のように酒瓶と二つのグラスが置いてある。この旅、飲んでばっかりだな――そんなことを思いながら、アプリコットも席に着き。
「そういや、アンジーは?」
同室のはずの猫耳教頭が見当たらないことに、気づいた。
「あたしより、あんたの方が詳しいだろう? アンジーはアプリコットの神獣なんだから」
「いやそうだけど。聞いた方が早いかと思って」
「さぁね。ちょうちょでも追っかけてるんじゃないかい?」
「ブフォ」
学園長がおかしなことを言うので、アプリコットはたまらず噴き出した。咽るアプリコットが非難がましく薄めて見ていると、視線の先でにやにやしているリンディが、ボトルを手に取った。呼吸をなんとか整え、彼女が手ずから酒を注ぐのを見つめる。鮮烈な、赤い液体が器に並々と入れられた。
「乾杯っ、はいいけどさ」
チンッとグラスを合わせ、アプリコットはぐいっと飲む。ここ数日でワインはずいぶん慣れたつもりだったが……鮮烈な苦みと、しかし洪水のような豊潤さが喉から胃を襲った。咽るまもなく目を白黒とさせ、じっとリンディを見つめる。
「うっわ。なに、このワイン」
「あんたの恋路のお祝い、さ」
喜んでいいのかどうかわからず、アプリコットはあいまいな笑みを浮かべた。対するリンディは、いたずらが成功したかのように、得意げな表情だ。
「あたしの知る中で、最高の一本。古酒だから、まぁ癖は強いがね。芸術品だろう?」
「芸術品一気飲みしちゃったよ……」
学園長にくつくつと笑われ、アプリコットは目を逸らしてグラスを差し出す。遠慮なく、次の一杯が注がれた。
「最初の一口が、最高の驚きを伴ってよかったじゃないか。後は味わいな。それで?」
「ああ、さっきの……えっと。ご用件は? ってやつだよ」
「当ててみな」
笑顔のリンディを見ながら、アプリコットはグラスを揺らす。中身の黒を思わせる赤を眺めて。
「まぁ、ジグ……私の幼馴染のこと、だよね?」
「そりゃあな。それで?」
「それで、って。私に聞くんかい。あー…………」
アプリコットは目を開いたまま、望洋と世界を見る。それは魔法に入るときの、彼女の意識。あるいは魔力を視るときの、感覚。〝勘〟と言う名の、見えない本質を手繰り寄せる糸が……その視界の中には、ある。
「アイーダって令嬢を探せ、だね?」
「当たりだ。ご褒美に解説してやろう」
「わーい。ジグの家にご厄介になってて、気づいたら消えてたんでしょ?」
「そうだ。アイーダ・ユークは消えた」
アプリコットは、また咽た。幸いにも、ワインを含んではいないときだった。
「やだなあ、聞きたくなーい」
「報償の返品は不可だ。ユーク伯爵令嬢、アイーダ・ユーク」
唇で妖しくワイングラスのふちを舐め、赤く濡らしたリンディが厳かに語る。
「大昔、シリカ第一帝国の頃のユーク領の頃から続く、大名門のお嬢様だ」
「へー。そういやまだ伯爵って、歴史と爵位は関係ない感じ?」
アプリコットは正直本筋を聞きたくなくて、話を逸らしにかかるが。
「大陸に飛ばされてるあたり、わかるだろ?」
「古いから力があって、時の権力者に厄介払いされてる」
「その通りだ」
じわじわと、ホラーの前置きをされているだけのような、気がしてきた。話の大きさにぞわっとしたものを感じつつ、ちびりと赤ワインを口に含む。
「ユークの大陸領土は広くないが、生存圏をほとんど押さえている」
「そういや居住権システムを作ったのも、そうだって話?」
「つまりあそこが、大陸の王だ」
「で、王女様が行方不明?」
諦めて、アプリコットは話題を戻す。リンディの目が、まるで獲物を捕まえた獣のようだった。
「最初は家出だと思われた」
学園長が、深く息を吐き出している。超お嬢様の家出娘と、ルックスだけはいい底辺男のロマンスかー……とアプリコットは口元を歪める。現実にやられると、ツッコミしか出そうにない。
「いなくなったのに気づいた、家族が捜索願を出して?」
「違う。ユーク家は動いていない」
「へ?」
アプリコットは目を丸くする。リンディは。
「ただ見かけた周りが大騒ぎしてるのさ」
苦虫をかみつぶしたように、口角を歪めた。
「家出娘がチャラいナンパ男に引っかかった、大変だ……そう複数の集団が見たわけだが」
それを聞いて、アプリコットは少しの事情を思い出す。ジグは不法就労幇助の嫌疑がかけられている。この港街レッドフッドに居住権の無いものを、街に招き入れて働かせていた、ということだ。
「そういやアイーダって子は、どっかで働かされてるんだよね?」
「辻占いをしていた。たいそうな人気なんだと」
「へー…………」
占い、という単語で。
「きな臭く、なってきたね」
アプリコットの勘が、働いた。視線を落とし、半笑いを浮かべる。
「魔法とは、未知を知ることが奥義でもある。ユークの占いと言えば、秘法中の秘宝」
「そんな娘がふらふらしてるのに、実家は何の反応もないって?」
「〝領内にいるなら、家にいるも同然〟という見解だそうだ」
権力者が魔法の力を持つとは限らないが、古い家は別だ。シリカ第一帝国の頃からある家ということは、余裕で1000年続いている。時代の生き残り、というやつだ。
そこの娘が、大人気の占いをしているとあれば、100%それは家の秘法。だが実家はこの娘がふらふらして、その秘法が外に漏れることを恐れている様子がない。何らかの思惑が垣間見えるようで、アプリコットは思わず天井を仰ぎ見た。
「ワイルドだねぇ。で、今度は街から消えたからみんな泡食ってるってこと?」
「そうだ。裏から表まで、顔役も末端の一部も、だな」
「末端ってことは……」
「領内にいるなら関与しないなら、好きにしてやろうって奴らさ」
「最悪だ。一気にユークが末法の街になった気がするね」
ぐいっとワインをあおり、目が冴えるような味を、強く目をつぶって味わう。刺激で古い記憶まで呼び起こされそうで、アプリコットは深く息を吐いた。背もたれに深く体を預け、またグラスを差し出す。
「それで、手掛かりは?」
「ジグ・ハンディアームだけだ」
赤い液体を注ぎながら帰ってきた答えに、アプリコットは目を瞬かせる。
「は? 客がいるでしょ? 他にもいろいろ」
「客はな、いすぎるんだ」
「あ、あー……しかも行方とか肝心なことは知らない?」
「おそらく。全部を捜査しきれないから不明だ」
リンディもどこか渋い顔のまま、ワインを飲み干していた。代わりを注いでいるが、もう残りは少なそうだ。
「ジグに辿り着いたのも、偶然だそうだ」
偶然、とそう言われ……アプリコットは時系列がよくわからなくなる。リンディは教えてくれる時はいいが、話すときは割と内容がバラバラなことがあった。頭の中で整理しながら、アプリコットは尋ねる。
「ん、んー……事の起こりはなんだったの?」
「クズのチンピラが彼女に気づいて、確保しようとしたらいない。騒いで調べるうちに、他の集団も気づき始めた」
「ああ、いないところがはじめなのか。それで調べるうちにジグに行きついた?」
「そしてあの少年にとっては不幸中の幸いで、執行人が最初に辿り着いた」
「しかも彼らは、アンディの元教え子と」
「その通りだ」
アイーダ嬢を巡って争奪戦が行われたのではなく、そもそも最初から行方をくらましていた、ということのようだ。だが外でジグと彼女が一緒に歩いていたなら、誰かがそれを見ていただろう。そんなことを疑問に思いながら、アプリコットはまた問いかける。
「リンディに捜索依頼をしてきたのは、あのハリソンたち?」
「ではないんだ。裏の方さ」
「なぁに、悪いことに手ぇ貸すの?」
アプリコットはにやりと笑って煽る。リンディはくつくつと笑いながら、楽しそうに答えた。
「そうじゃないさ。上は早くお帰り願いたいんだよ。下っ端は大暴れだが」
「ははー。しかも権力の介入もあるかもしれない?」
「ユーク家以外の貴族とかな。ありそうな話だろう?」
「やっぱり聞きたくなかったなぁ。それで、私に探せって? アンジーが動き出してるのに?」
〝ちょうちょをおっかけた〟なんてさすがにないだろう。そう思いつつ、アプリコットはかまをかける。先ほどから契約線経由で魔力を使って呼びかけているのだが、どうにも返事がなかった。
「今一番まずいのはなんだ? アプリコット」
リンディが、こちらの疑問に答えずに質問を返してきた。アンジーが動いているのは、正解ということなのだろう。アプリコットは小さく息を吐き、肩を竦める。
「その子がもう〝領にいない〟こと。死体になってるのを含めて」
「そうだ。ユーク本家がお怒りになるのを、皆恐れている」
たった一人の行方不明だが、非常におおごとになっているようだ。とすれば、あの諜報専門の教頭が何をしているかというと。
「ならアンジーは水際の調査に入ってる?」
「本土に逃げる、大陸荒野を逃げ回る……これをやられると詰みだろう」
リンディが頷いている。正解のようだ。アプリコットにも〝チーム〟の布陣が、少し見えてきた。
「逃がさないようにするのを、アンジーやリンディ、プリムラム先生が?」
「本人を探すのを、あんたたちがやる。そう言う話だ」
アプリコット、エル、リンドウの三人が捜索班ということのようだ。アプリコットは前のめりになり、じっとリンディを見つめる。
「生徒だけにやらせるっての、大人としてどうなのぉ? リンディ」
「課外授業ってやつだ。エルは身を守れないが、それを込みでも」
アプリコットが茶化すように言うと、リンディの口元が不敵に歪んだ。
「階梯10以上の魔物でも相手にならない、あんたとリンドウ。不足はない」
信頼の証――そうは思ったが、そう正面から言われると照れる。
「不意を打たれて、どうかされちゃうかもよ?」
アプリコットが、消え入るように言うと。
「リンドウにそれはない。あとあんた、魔力が見えるんだろう?」
心配ない、というように切り返された。魔力が見えるからといって、不意打ちが防げるような気はしないが、アプリコットは素直に頷く。
「それはまぁ」
「寝てるとき。どうなってる?」
リンディに言われ、少し思い起こす。魔力を視たり、魔法を使ったりする時の視界は、少々特別だ。そして寝ているとき、ずっとそんな感じの光景を見る。幽体離脱というのだろうか、そういった体験も頻繁にした。
「あれ不思議だねぇ。見えっぱなし。寝てるけど起きてる」
「あんたがどうなろうとも、その意識はある。気絶しようと、死の瞬間であろうとも。つまり?」
とんでもないことを言われたが、アプリコットはすぐに解を得た。
「そこで何個か魔法を使えば、すぐ対処できる?」
「それが魔力を視る者――〝真なる魔法使い〟の強さだ。真っ二つにしたと思ったら、魔法で蘇って反撃される」
〝真なる魔法使い〟。魔法使い称号は学園を卒業すればもらえる。しかしそう名乗って良いのは「魔力が視える者だけ」……そんな通説がある。
アプリコットは半笑いで言葉を飲み込んだ。あり得ないとは、言い切れなかった。自分ができないとも、言えない。とんでもないところまできたもんだと、この大陸にいた一年前が遠く感じる。
「エルだけ、目を離すな……いや、手ぇ繋いどきな」
「うぇえ!? 人前でそれはちょっと……」
「エルに言っておくとしよう。喜んでやりそうだ。それとも」
アプリコットは顔に熱が昇るのを止められず、真っ赤になって首を振る。茶化しているのかと、リンディに抗議しようとしたが。
「あの子の喜ぶことを、あんたが嫌がるのかい? アプリコット」
学園長の言葉は、視線は、意外なほど真剣だった。二人が真面目に付き合っているのだと、そう信じていてくれているようだ。
彼女の愛が、垣間見えるようで。
アプリコットの頬が、緩む。
「その言い方はずるいなぁ。わかった、デート気分で行ってくるよ」
「予算は好きなだけ使っていい。最高にスリリングなデートを」
リンディの頬が歪む。アプリコットよりも、若く見えるその顔に。
80年近い命の――経験という、皴を刻んで。
「楽しんできな、アプリコット」
全幅の信頼を感じて。
アプリコットは素直に、頷いた。
弾む心を、笑みに乗せて。




