0A-08.困った幼馴染。
大陸ユーク領の港街で、買い物に出かけたアプリコットたちは……エルの提案によって、アプリコットをよく知るだろう人物――ジグを、近くの飲食店に招いていた。アプリコットは反対したが……彼から根掘り葉掘り話を聞きたいらしい、エルの視線の圧に押し切られた形だ。
「さぁ、遠慮なく食べてください。ボクのおごりです」
おごりとか、よく言う――アプリコットは、そんな目で隣のエルをちらりと見てから、視線を室内に走らせる。広めの個室は内装もしっかりしていて、貴族の賓客が来ても、もてなせる場所だと窺える。そこへ次々と料理が運ばれて来て、中央の丸テーブルにところ狭しと並べられていた。部屋の向かって奥に座っているプリムラムとリンドウが、お祈りしてからすでに食べ始めている。
「あ、あぁ……わりぃ、じゃあ」
アプリコットの正面に座したジグもまた、プリムラムたちの食べ方を見ながら、おっかなびっくり食事に手を付け始めた。「うまっ」と呟いてからは夢中で食べ、主に肉料理をかっこんでいる。
「ほま……んっ。お前たちは、食わないのか?」
しばらく食事の音だけが続き……口いっぱいに入ったものをなんとか避けながら、ジグがそう尋ねてきた。アプリコットと隣のエルの前にあるのは、ティーカップだけだ。
「いいんだよ」
「ほーん……」
(食欲なんてないっての……鈍い奴)
アプリコットがお茶を飲むと、その手元に視線がまとわりつく。気にせず――震えそうになる手を抑えて――香りを味わった。
「…………お茶だけは、やっぱり大陸が本場、だね」
「もしかしてアップル、本土に行ったのか?」
「どうして?」
もちろん当たりだが、アプリコットは声を抑えて、静かに惚けた。聞かれたジグは我が意を得たりと言わんばかりに、得意げに語りだす。
「紅茶だろ、それ。そんな腐り物をありがたがるなんて、本土人のやることだ」
「発酵を腐るっていうのはどうなの。それに、紅茶を格式高いものにしたのは、南メリカーナの人たちでしょ。大陸の文化だよ、これ」
アプリコットがすかさず反論を吐き出すと、ジグは僅かに鼻白んだ。
「田舎の土人たちのやることじゃないか」
「北メリカーナだって一歩街を出ればどこも田舎だし、まさに土と暮らす人たちばかりだ。ラスカル領にいた私だってそうだよ。もちろん……君も」
「お、俺は違う」
憮然としてから、ジグが胸を張っている。何かと思えば。
「立派な都会人になったんだ」
彼はジャケットの胸ポケットについている、バッジを見せびらかしたいようだ。それは居住権の証だった。
魔物がかなり掃討された本土とは異なり――大陸の街とは、魔物の跋扈する領域からの防衛圏である。高い壁と戦力で人々を守っており、中に誰でも住ませてもらえるわけではない。壁の中で然るべき身分から出生したわけではなければ、高い金を払った上で、税金を納めなければ住むことは許されない。
ゆえに、大都会ユーグ領の街に住むことは、大陸人にとってステータスでもあった。憧れであり、富と成功の象徴なのだ。
だが。
「街の居住権……買わされたんだ。ならたっぷり働かないと行けないんじゃないの?」
アプリコットは、そっと目を伏せる。彼がなぜ自分に声をかけてきたのか、その底が知れて……ため息混じりに言葉を返す。
「今の時期のキャラバンは、その〝田舎の土人たち〟相手にガラクタ担いで、遠征してる頃じゃない。なんでユークにいるのさ、ジグは。仕事はどうしたの?」
「っ、それは」
もちろん、ジグがここにいるカラクリに、アプリコットは察しが付いている。瞳から憐れみの色を消して、じっと返事を待つと。
「そ、それよりアップルこそ。なんでここにいるんだよ。それにこんな……」
ジグがそう、切り返してきた。
「ここ、貴族とか大商人しか入れない店なんだぞ。支払いとか、大丈夫なのかよ」
「ん? それは大丈夫。君が気にすることじゃないかな」
なぜ問題ないのかは伏せ、アプリコットは答える。ジグは胡散臭そうに見ていたが、黙殺した。教えるわけにもいかない。
ここはリンディの教え子がやっている、系列の飲食店だった。本土にも学園街にも店があり、学園関係者にはどこでもタダで、ご飯を食べさせてくれる。
「私がここにいるのは……旅行。大陸案内」
アプリコットが呟くように答えると、どういうわけかジグの顔が明るくなった。
「なら! 俺を紹介してくれよ、アップル。俺ならお前よりも、たくさんの観光地を知ってる!」
紹介、と言われて……アプリコットはちらりとプリムラムを見る。貴族のご婦人に取り入ったとでも、思われているのだろうか。その場合、メイド服姿のリンドウが同席して食事しているのはおかしいし、第一アプリコットやエルが町娘のような格好なのも変だ。
「いらないし、頼むなら正規のトランスポーターに頼むよ」
「俺だって、観光案内なら! 輸送屋どもにだって負けない! ご婦人に人気のアパレルだって」
考えなしの彼に、アプリコットは断りを入れる。だがジグは相当切羽詰まっているのか、食い下がってきた。しかし。
(アパレル、ね……)
アプリコットの脳裏に――1年半ほど前の記憶が蘇る。贈られた装飾。彼がいなくなったあとに始まった、糾弾。痛み、寒さ、飢え、魔力が尽きていく気持ち悪い喪失感、そして――眠気のように迫ってくる、死の予感。
「そうだね。その辺、得意だったね」
瞳の光が冷たくなるのを、抑えられず……アプリコットは視線を逸らして、答えた。
「でもこの店に来るような人は無理でしょ。そういうところに大陸観光ギルドに所属してないモグリが案内してたら、捕まるでしょうが」
「うっ…………輸送屋の免状なんて、俺なら…………すぐとれる! だから」
「取れるわけないでしょう。メリカーナ・トランスポーティングは、各街に居住権を持っている者の参加を、認めてない。試験だって受けられないよ」
語気を抑えようとすればするほど、声が冷淡になっていく。そんなつもりはないのに、凍えるように。
「高い金払ってユークの居住権を買ったら、キャラバンに捨てられたんでしょ? 街を巡れなくなるからって。定住のための飯の種も作らず、コツコツ貯めたお金使って……勝手に」
「お、俺は騙されたんだ! そんなこと知らなかったし、それに!」
「今度は誰に張り合おうとしたの?」
押し殺したようなアプリコットの言葉に、叫ぼうとしていたシグが押し黙る。
「それとも可愛い子にでもほだされた? それで困ったから、また私になすりつけようとするの?」
「話を聞いてくれ、アップル!」
「〝下膨れアップル〟」
食い下がるジグに対して。
アプリコットは淡々と、告げた。
たじろぐジグへ、静かに……穏やかに。
「ちっちゃい頃。私は下膨れ顔で、少し寒くなるとすぐほっぺが霜焼けてた。ジグがりんごみたいだって言いだして、みんなそう呼ぶようになった。家族も……面白がって」
「なにが、悪いんだよ」
悪びれずに宣う彼に、アプリコットは目を細める。
「殴られた痕が赤くなってた時も、楽しそうに笑ってたけど。それで私が喜んでると思ってたの?」
「そ、れは。知らなくて……それに、もう昔の、ことだし」
「私は忘れられないの。あなたが反対の頬をぶって、こうすればもっとりんごみたいだって、そう言ったことも」
ジグが俯いている。アプリコットは背筋を伸ばし、どこか見下すように彼を眺めた。
「食べないの? ジグ」
「その」
「今しっかり食べておけば、何日かは持つんじゃないの?」
「でも」
「どうしても困ったら、その居住権をスラムの人たちに売ればいいじゃない。冬の間、なんとかしのいできたんなら、もうすぐキャラバンの人たちも帰ってくるでしょう?」
「ユーカーは!」
顔を上げたジグが。
瞳に涙を、滲ませている。
「俺の、憧れだったんだ」
「そう」
アプリコットは、深く笑みを刻む。笑いが零れて、しまいそうで。
「良い夢が見れてよかったわね。それとも、悪夢だった?」
唖然とするジグに、弾む声をぶつけた。
★ ★ ★
自棄になったように食べに食べたジグと別れ、一行は先の予定通り服飾店を訪れた。
アプリコットは肩や背中の嫌な緊張が取れず……それを誤魔化すようにせかせかと動き、あれこれとエルに似合いそうな服を見繕っていた。
そんな彼女の、隣から。
「溜飲は、下がりました? リコ」
小さく囁くエルの言葉が聞こえた。アプリコットは、目を見開く。つまるところ、ジグがアプリコットにとってよくない知り合いで、かつ見捨てるには忍びないくらいの相手で。しかも彼が何かに困っていると看破した上で、エルは食事に誘ったということなのだろう。
すごい性悪だ……と思いながらも、アプリコットの口元には。
「そんなもの……〝リコ〟って、そう呼んでくれるだけで、駄々下がりだよ。エル」
ちょっとだらしないくらいの、笑みが浮かんでいた。肩が柔らかく降りて、頬が緩む。
「それはよかったです。ボクはむしろ、むかっ腹が増したんで、後で慰めてください」
「ん、わかった。エルは……」
華やかな柄のワンピースを、エルの肩に当てる。思うほど似合わないとさっと戻し、アプリコットは次を見繕った。その眉尻が、柔らかく下がる。
「詳しくは、聞かないんだね」
「喋りたいならいいですけれど」
エルは服を選ぶでもなく、所在なさげに立っている。あまり興味がないようだ。ならばちょっと可愛くしてやろうと、アプリコットはほくそ笑む。
「この旅ではひょっとしたら、またああいうお喋りに出会うじゃないですか? なら、その後でいいです。あなたから聞くのは」
「会いたくないけど……そうかもね。でも、どうして?」
「だってその方が」
ふわっふわレーシィなブラウスを見つけたので、今度はそれをエルに肩につけ、じっと見つめる。目が、合って。
「リコのことをたくさん知れて……その心を、癒してあげられる」
アプリコットは口を半開きにし、ポカンと彼女を眺めた。鼓動の高鳴りと、首筋から昇る熱を、感じて。
「いい空気吸ってるとこ、ごめんだけど」
横合いから現れたリンドウに、邪魔された。思わずムスッとしたが、彼女のスッキリしたパンツルックがずいぶん様になっていて。エルにも似合うかな? と思考が逸れた。
「さっきの子、大丈夫? 逆恨みとか、されない?」
「それはわかんない。思いつきで考えなしの行動するやつだから」
アプリコットはどうでもよさそうに吐き捨て、また服を探す。より可愛い系と、スタイリッシュなやつをそれぞれ見繕って。
「ふうん? でも昔のと……知り合い? なのに。ドライだね、アプリコット」
「リンドウはああいうの、助けたいんですか?」
「いんや、全然。でもアプリコットはさ、いつも何でもない顔して、さらっと助けてくれるから。何が違うのかなって。先生も、特に何も言わないし……」
エルとリンドウのやりとりに耳をそばだて、小さくため息を吐いた。
(私はそんな、高尚なことしてるつもり……ないんだけどな。ただ、そう教わっただけ――――)
「〝自ら助ける者を助く〟。それが本学のモットーです」
ビシッとした濃紺のスーツ姿のプリムラムが、話に入ってきた。ピンク髪のせいで柔らかな印象が強い女性だが、引き締まった服装をするとややキツめの目元と合い、デキる女感がすごい。
「彼がどこまで切羽詰まっていて、努力しているかは、断片的にしかわかりませんでした。ですが着ている服も上等で、顔にツヤもあった。何か困ったのは、ほんの昨日今日のことでしょう。例えば……彼は女性の扱いに、慣れているようでしたから」
「あぁ〜……寄生先から追い出されたのかー」
奇譚なく言うリンドウの言葉に、アプリコットは思わず頬を歪める。
「知らなかったと、彼は言う。知った上でアプリコットさんに頭を下げていれば……私も、手を差し伸べてはどうか、と提案したでしょうね。それでも、甘い方ですが」
プリムラムが近づいてきて、アプリコットは動きを止める。彼女の伸ばしてきた手は、アプリコットの襟元を整えてくれた。
「あなたはリンディマ…………ママたちに、よく似てますね。アプリコットさん」
「私が? リンディたちに?」
プリムラムの言葉に、首を傾げる。女教師の手がそっと頭に添えられ、角度を直された。彼女の手は、アプリコットが雑に締めたネクタイをほどいて結びなおしている。
「私もそんなに長く一緒にいるわけじゃ、ないですけど。でも、そうです。彼を試すような……悪魔のような口ぶり、そっくりでした」
「悪魔って。それ褒めてるんです?」
「もちろんですよ。悪魔は人の敵対者ですが、同時に彼らは人を愛している……そう言われています。彼らは愛する者を、常に試しているんですよ」
キュッとネクタイを締められ、アプリコットは背筋を伸ばす。桃色の差す瞳が、目の前でにやり、と笑っていた。
「リンディママたち、そんな感じでしょう?」
「「「あぁ〜…………」」」
3人、揃って納得の声を上げる。プリムラムが今度はリンドウに向かったので、アプリコットはようやく解放された。目が合ったエルと肩をすくめ合い、少しため息を吐いて視線を上げる。
店の外、ショーウィンドウのガラスの向こうに。ジャケット姿の少年が、いた気がして。
「逆恨み、か…………」
モヤモヤとしながら、つぶやきを零した。




