03-21.学園長の武力交渉。
学園街をすっぽり覆う、巨大な市壁ドーム。壁は白く、中は見通せない。その頂点箇所――ちょうど学園本棟真上――に〝転移〟してきたリンディとアンジーが現れた。風が吹き、彼女たちの裾を僅かに揺らす。魔法に守られた二人は、悠然と立って遠くを見つめた。
「――――手配は頼むよ。それで、奴らは?」
『帝国軍は、皇帝を出さねばこのまま射撃を続け、壁を破って学園を攻撃すると言っています!』
「そのままやらせておけ。あたしが何とかする」
『承知いたしました。ご武運を、学園長!』
〝回線〟が切れ、リンディは少し肩を竦める。
「皇帝に止めさせてもいいが……遊んでやるか」
呟きとため息を零してから、リンディはアンジーを流し見た。
「黒のドレスも、似合うじゃないか。アンジー」
「そうかい」
「…………あたしの周りはどうも、黒が好きなやつが多いね」
リンディが呟くと、アンジーがじっと覗き込んできた。ダークグリーンのいつものドレスをまとった、黒髪黒目の学園長を。
「好きなものが同じなんだから、しょうがあるまい」
「そうかね」
アンジーが肩を竦め、重ねて尋ねる。
「イブロス王太子はどうする」
リンディは指で頬をかき、小さくため息を零した。
「警備部が動いてる。悪さをしなければ、それでよし。どちらかというと、奴の手勢を追い出したい」
「見逃すのかい? 甘いだろう」
「帝国がシリカに抗議したら、それで奴は終いだろう。あたしが深追いすると……殺しちまいそうでねぇ」
「やっちまえよ」
「そうかい」
二人、静かに笑い合う。
「来てくれて助かったよ、アンジー」
リンディが風に流れる髪を気にしながら、アンジーに尋ねる。腕を組んだ彼女は微笑んで、遠くを見つめていた。
「ああ。アプリコットから連絡を受けて、すぐに監獄街に向かって、エルを拾ってな。しかし、あのメローナってのは女傑か? 自力で脱出してきたぞ。かなり派手に」
アンジーの報告を聞き、リンディは目を丸くしてから……笑みを浮かべた。
「深窓のご令嬢さ。しかし、脱出か。どうやって?」
「見たところ、だが。〝無垢〟がゼリーだかゴムだかバネだかのようになって、ここの天井まで飛び跳ねていた」
アンジーが足の爪先で、床……ドーム型の市壁をとんとん、と叩く。
「そりゃすごいな。褒めてやらねばなるまい。ひょっとすると……階梯10まで至ったか?」
「〝無垢〟の8以上だと? そりゃ前人未到の領域じゃないか」
驚くアンジーに向けて、リンディは肩を竦めて見せた。
「ああ、あたしだってやったことはない。弱者向け教育プランのモデルケースのつもりだったが……とんだ天才が引っかかったな」
「意外とそういう天才どもが、うちの教育から漏れてるのかもしれんぞ?」
教頭の言葉に納得を示し、リンディは深く頷く。
(これまでの学園運営からして、まったく能がないと言う子は、いなかった。むしろ貴族社会や農耕、狩猟、商売などで才能を見せられない……爪はじきにされた社会の弱者たちが、ここに集まった。心や体は魔法でケアし、教育を施して――――そこですら居つけない者というのは、つまり)
足元を、リンディは穏やかにほほ笑んで、見つめた。
(我々がこれまで才能を発掘できなかった、天才だ。学園は才能に寄り添う。これまでも、これからも)
息を大きく吸い込む。冬の風が、冷たい。だが肺の奥は不思議と暖かく、リンディは吹き荒ぶ風の中、どこまでも遠くを見つめた。
「さもありなん。分析と評価を見直すとしよう。これからの」
未来を、見通すように。
「――――あたしたちの、学園のために」
肩に、皴のない綺麗な手がかかる。近くに、透明な青い瞳があった。
「やる気じゃないか。長生きに疲れたんじゃなかったか? リンディ」
「あんたがいれば、疲れなんて吹き飛ぶんだよ……アンジー」
リンディが応えると、アンジーの頭に猫耳がぴょこっと出た。照れくさそうに、彼女が視線を逸らす。
「そりゃ嫌みか? 悪かったよ。プリムラムをもうちょっと鍛えたら……傍にいる」
「嬉しいね。待ち遠しい。急に死んだりしないように……あたしも本腰入れないとな」
「それもそうだが」
アンジーが南の方角を指さす。視線を向けると、青い光の収束が見て取れた。多数の魔法使いでレンズのようなものを作り、そこに雷属性あたりの魔力を集めているようだった。
「あれ、いいのかよ」
「防壁の損傷具合から見て、あと三発は耐えられる。一射、じっくり見たい。帝国の新魔法だってよ?」
「そりゃあいい、最高の機会じゃないか」
二人、魔法の到来を待つ。帝国兵たちの魔法は、徐々に渦巻く雷光のようになって、光がほとんど点のように集まる。号令のような声が、遠く風に乗って聞こえ――――光が、放たれた。
一拍遅れて、轟音と衝撃が伝わる。
「アンジー、これよぉ」
「ああ……さっぱりダメだな」
リンディとアンジーは……いたたまれなさそうな顔で、盛大にため息を吐いた。
「役立たずだ。帝国はこんなものを税金で開発したと知られたら、研究所を解体されるぞ?」
「収束中の魔法は、神獣で容易に分解できる。射出後の魔法自体も神獣には効かず……あくまで、余剰出力で打撃になる程度……おい、アンジー。次の一射、受けて見てくれよ」
「はぁ!? わたしは嫌だぞ、そんなの」
アンジーが素っ頓狂な声を上げる。リンディはくつくつと笑って、彼女の顔を覗き見た。
「帝国にレポート付きで送ってやろうと思ったんだがなぁ……お」
「……何を思いついた、リンディ」
リンディの顔が、ゆっくりと。
不敵な笑みを、象る。
「あたしらでやろうぜ、アンジー」
アンジーの目が「おいおい、冗談だろう?」と訴えかけている。だがリンディは構わず、続けた。
「あんたは神獣。あたしは神獣合成の第一人者の、大魔女だ。十分できる」
「おいちょっと待て。わたしの契約主はお前じゃなくて、アプリコットだろうが」
アンジーの指摘に、リンディは首を振る。彼女の驚きが心地よく、言葉が止まらなかった。
「神獣合成は契約を無視できる。お互いの同意があれば、な。あたしの三重契約の秘密、忘れたわけじゃないだろう? アンジー」
実は――――人が同時に契約できる神獣は、二体まで、である。リンディが従えている神獣三体のうち、ゴーレムについては、アンジーの神獣を貸してもらっているのだ。
「そういう。わたしを含めて……いや、神獣含め、まさか七体でか?」
「おう。どうする猫ちゃん。嫌なら除くが」
驚くアンジーの目の奥を、リンディは見つめる。アンジーの青い左目が、ナッツのように形を変えた。
「面白そうじゃない、学園長さん。よろしく」
アンジーの口から、神獣〝砂場〟の少し高い声が出る。承諾と見て、リンディは頷いた。アンジー本人は、呆れを口元に浮かべている。
「まったく……しょうがねぇな」
「アンジー」
そんな彼女に向かって。
「あたしと一つになろうぜ」
リンディは満面の笑みで、笑いかけた。
ところがしばし、応答がなく。
見ればアンジーが、固まっている。
「お前……大胆だな。そういうとこだぞ」
しっぽがぴょこっと出たアンジーに、絞り出したような返事をもらい、リンディは首を傾げた。
「はぁ。こういうのは思い付きと思い切りが、大事だろ?」
「そうじゃねぇ……魔力波長、合わせたぞ」
いつの間にか、アンジーが〝目〟の神獣たちを出している。リンディは納得がいかないながらも、魔法の準備に入った。
二人、呼吸を……合わせる。
「「転生――――――――」」
そっと手を繋ぐと、アンジーの体がとぷん、と影に消えた。
「一魔六神! 神魔七重合体!」
リンディの影から、六体。尾のようにシルエットが伸びる。魔狼、竜、巨兵、目玉、猫、そして……アンジー。
「営業部・国際課・渉外係! 神名――――」
リンディの高らかな宣告と共に、影が青い衣になっていく。グレーのスーツの上に、紺碧のジャケット。リンディの黒髪もまた青く染まり、深紅の髪留めがこれを結わえる。手首やひじ、肩などの関節部を、丸く白銀のラインが走った。
「〝リンディ・グラネート〟。さぁ、あんたたち」
どこからか現れた二つの真っ黒な手袋を、リンディはぎゅっとはめて、にやりと笑う。
「交渉の時間だ」
ドームを滑るように駆け、跳ぶ。帝国兵たちはリンディを目にしたようで、一瞬の動揺らしきものを見せた。だが彼らの後方に控えていた者たちが、すぐに脇に展開をし始める。
リンディが地上に足を着いた頃。
『学園長、リンディ・グラネートだな! 皇帝陛下を返してもらおう!』
拡声魔法越しに、風を渡って声が響く。リンディは同じ魔法を使い、囁くように答えた。
「ブレイル皇帝はイブロス王太子の奸計に心を痛み、ご静養中だ。お引き取り願おうか!」
『信じられるか!? 撃つぞ!』
いきり立つ将の声に、リンディはにやりと笑う。
「撃ってみろと言ってるんだよ。小僧ども」
『このっ! 砲撃兵用意!』
レンズの魔法の左右に、ずらっと兵が並ぶ。彼らは長い杖のようなものを、抱えていた。その先に、青い魔力が溜まり、光を帯びていく。
『撃てぇ!』
(あの砲撃の簡易版か。確かに射程は長いが……)
まだ豆粒のようにしか見えない兵たちから、雷光が飛んでくる。リンディは散歩でもするかのような足取りで、巨大なレンズに向かってゆっくりと歩いた。
(狙撃精度が悪すぎる。ほとんどあたしに飛んでこない……威力は)
雷光の一つが、リンディに迫った瞬間。
青い亀甲状の小さく薄い膜が、雷光の射線上に浮かんだ。
手のひら大の膜に雷光があたり、ばしっと音を立て……雷光だけが、消える。
(弱い。階梯1か2。平易な魔法、射程距離と……衝撃重視。神獣用? 元は対人鎮圧用に開発された魔法を、予算獲得目的に対神獣魔法だとぶち上げたな?)
呆れたため息をつきながら、リンディは歩き続ける。雷光の魔法が飛来すると、青い膜が浮かび、これを防いだ。
『ぷ、〝防御〟! かまうな、撃ち続けろ! 魔女とて、魔力は無限ではない!』
距離が近くなったせいか、無数の魔法がリンディに降り注ぐ。
「これは〝防御〟じゃなくて〝解析〟の魔法だし、あたしは魔女じゃねぇよ」
しかしそれはすべて、青い膜によって防がれていた。
「あたしは大魔女だ」
『こ、この! お、おい! せめて射線からのけぇ! 消し飛ぶぞ!』
「うるせぇ、そんなちんけな砲台で何ができる?」
レンズが青い光を放ち始めている。リンディはその正面に、立った。
「 撃 っ て み ろ 。 小 僧 」
楽しげな……相手から見れば凶悪な笑みを浮かべ、リンディは挑発する。拡声魔法を使っている将校らしき男が、顔を青く、次に赤くした。
『やれぇ! 学園長を焼き払え!』
「し、しかし!」
『どうせもう止められない! 撃てぇ!』
青い光が、収束し。
レンズから。
雷光が、放たれる。
リンディの袖の、白銀のラインが回転を始め、音と光を漏らす。彼女は極大の雷光に向かって、両の手を突き出した。
光が、学園長に。
衝突する。
「ぐっ……衝撃波は、割とあるな」
青い膜がいくつもリンディの近くに浮かんでは、砕かれた。手の先で雷光は止まったものの、リンディは引きずるように後ろに押し込まれている。
「だが……最初だけだ。継続した圧力は、ない」
一歩。
また一歩。
さらに一歩。
踏み出す。歩む。
「こんな、ものかぁ!」
リンディが引き裂くように、両の手を左右に引く。
雷光が、引きちぎられたように。
二つに、避けた。
『なにぃ!? 我が国の最新魔法が!』
レンズが砕け――――あとには。
青い輝きを両手にまとった、リンディが残された。
『いや、間抜けなババアめ! 大人しくしろ! かかれ――――』
「構わねぇが。これ、解放するぞ?」
リンディが両手を兵たちに向けると、ざわりとどよめきが広がった。
『わ、我々は脅しになど!?』
「そうかい。交渉は決裂だな」
両手首から広がった青い光が、リンディを球状に包み込む。
その光が。
兵たちに向けて。
走った。
『ぶわっ!?』「ぎゃあ!」「うべぁ!?」
兵や将が衝撃を受け、転がる。全員が吹っ飛び……皆揃って、綺麗に意識を失った。
「解析完了。やはり、対人鎮圧用の魔法だったな。雷撃による気絶が真骨頂だ」
アンジーや神獣たちの力を用い、リンディは魔法をその場で解析。詳細を暴き出して……その場で本来の力を引き出したのだ。1000人近くはいただろう帝国兵は、その魔法を浴びて一網打尽にされている。
「悪くない。警備部に制式採用させよう」
伸びている兵士たちを眺め、青い衣のリンディはにやり、と笑った。




