03-14.親子の語らい。
メローナが〝無垢〟の神獣と契約し、10日余りが経った。親族たちはおおよそ子どもたちの様子を見終え、たいがいは他の用事――――学園との商売や交流などに遷移。発展した街での暮らしや、穏やかな非日常感を謳歌していた。目立った授業では参観者も多いが、欠席者も増えてきている。
そんなある日の放課後。
(参観は例年通り。あとは授業に関心がある層と、商談をしたい層に二極化だ。もうしばらく、あたしは放課後の会談が続くな……あとはメローナ、か)
リンディは竜胆を引きつれて廊下を歩きながら、思案する。皇帝ブレイルの愛妾メローナ。皇帝との隠し子である、ロンドル・キャッスルに胸を張って会える母になりたい……彼女はその願いに向けて、徐々に自信を取り戻している……ようではあったが。
「リンドウ。あたしが会談の間、ユーラニアらにはメローナを見張らせていたはずだが。現在地は?」
「あっ。それがー……」
振り返って問いかけると、竜胆が視線を逸らして頬を指でかいた。
「ついさっき、見失ったそうです」
「またか」
リンディは額を押さえた。街からは出ないものの、メローナはこのところ活発に動き回っており、時折一人でふらふらと出歩く。しかも人をつけていても、その追跡を吹っ切るのだ。
(アンジーさえいれば、こんなことには……! パルガスとの面会は叶いそうだと連絡はあったが、早く帰ってきてほしいねぇ……)
監視の達人が不在で、リンディは頭痛の種が絶えない。
「しょうがない、うろつきながら探そう――――お?」
「高身長堅物イケメン――――!」
隣の竜胆が呟き、ぎらりと目を輝かせるのを無視し、リンディは廊下の角に立っている少年を……胡乱げに眺めた。
(何してるんだ、あいつ)
彼はこちらに尻を向け、角の向こうの様子をこそこそと窺っているようだった。腰をかがめ、肩と背を丸め、何かに怯えているようでもある。
「どうした、ロンドル」
「うわっうわぁぁぁぁぁあ!?」
(反応強っ)
リンディが近寄って声をかけると、縮こまっていたロンドルが飛び上がって身をよじりながら悶えた。悲鳴を上げてから彼は口元を押さえ、あたりをキョロキョロと見渡している。リンディは。
(ははーん……こいつ、メローナを警戒してるな?)
どこかで実母が来ていることを知り、遭遇しないように緊張しているのだ……と彼の様子を解釈した。
「なんだ。誰かに見つからないようにかくれんぼか? ドニクスじゃないだろうな?」
「ちがいま……ん。違います。学園長」
「かくれんぼは合っていると。会いたくない相手でもいるのか?」
背筋を伸ばしたロンドルが、顔を背ける。リンディは小首を傾げ、応答を待った。
「合わせる顔がない方が、いまして」
(んん?)
彼の返答を受け、リンディの首がさらに曲がる。
(そういやゲームじゃ、ロンドルはメローナのことを〝奔放で放任なくせに、無理難題を吹っ掛ける実母〟と理解していたはずだ。いや……合ってる、のか? 少し話が、聞いてみたいが)
リンディはすいっと目を細めた。その隣から。
「どうしてですか? ロンドル先輩。生徒会もやってて、成績も優秀だって聞きますけど。それで合わせる顔がない、なんて」
「…………その程度で、期待に応えられているとは思えない。それだけだ、リンドウ」
(こいつも魔性の女相手にこじらせてるくちか? さては。しかし、まずいなこれは)
竜胆が割り込み、疑問をぶつける。ロンドルは素っ気なく答えたが……リンディは僅かに頬を、ひくつかせた。
(メローナの方が、自信を取り戻したとしても。ロンドルの腰が引けているようなら、いざ会うってなったときに破綻するだろう、これ……。だが介入するにしても、隠し子の件はゲーム情報。どうしたものか)
「先生」
比較的近くから、低く重みもある声が降ってきた。リンディは見上げて、ロンドルに視線を合わせる。
「折り入って、相談が」
(お? これはもしかして、チャンスか?)
「 学 園 長 ! 」
身をかがめたロンドルを、学園長室へいざなおうとしたその時。角の向こうから乗り込んできた男が、声を張り上げた。
「…………なんだブレイル」
ロンドルがリンディの後ろに回ったので、仕方なく前に出る。皇帝は怒り心頭……というより、どこか錯乱気味であった。
「メローナに何をした!?」
「あたしが何をしたかは、あんたも見ていたじゃないか。何があった」
「あのメローナが地味なおばさんになって!」
「もう50近いんだから、きちんとしてなきゃそうだろ。それで」
「私の前にいるのに、何か上の空で!」
「無垢の神獣と対話してるんだろ、説明しただろうが」
「いつもどこかに楽しげに出かけて!」
「結構なことじゃないか。それがお望みなんだろう?」
「他に男がいるんじゃないか!?」
リンディは半眼になって、皇帝を睨んだ。泳いで落ち着かない彼の緑の瞳を見ていると、後ろからため息や「うわぁ」という呟きが聞こえる。
「今のあんたなら、捨てられてもおかしくないねぇ」
「捨て!? 彼女はそんなことはしない!」
(その自信、どっから来るんだよ)
リンディは自分の呆れをため息と共に吐き出し、目の前の恥ずかしい皇帝をどこかに隠したい気分になってきた。
「そうだ……誰かがたぶらかしているに、違いない。どこの男だ……! 探し出して、八つ裂きに!」
「あんただけ国に送り返して、出禁にするぞ? ブレイル」
「なんてことするんだ先生! それじゃ彼女と離れ離れだ!」
(そうするって言ってるんだよ……ん?)
隣から影が差し、リンディは顔を上げる。ロンドルが並んで立ち……皇帝を、じっと見つめていた。
「お話があります、皇帝陛下。学園長にも、ご一緒に」
「っ! ……何かね。一生徒の雑談に付き合うほど、暇ではないのだが」
「拒否するようならば、自分の立場を公表します」
「なんだと!?」(ほう……)
ロンドルの言葉に、ブレイルはいきり立ち、リンディは感心する。
「竜胆も含めてくれ。あたしの護衛だから、外せない。それでいいなら、あたしの部屋で話そう」
「っ、学園長には、関係ない話だろう……!」
「うるさいよ、語るに落ちすぎだブレイル。メローナをあんたが拾ったのが、およそ25年前。となると、良い年の子どもがいてもおかしくないねぇ?」
「貴様――――」
「人の話を聞け、馬鹿者。あんたの言動は、そう察するに余りあるんだ。あたしだけじゃないよ」
目を鋭くした皇帝が一転、狼狽してあたりを見渡す。幸いにも他に人影はないが、ブレイルの大騒ぎは聞かれていた可能性もある。彼は今更口元を手で押さえ、リンディとロンドルを交互に睨んだ。
「すぐそこだ。ついてきな」
リンディが声をかけて歩き出すと、後からロンドルと竜胆が迷いなく、しばらくしてブレイルもついてきた。
☆ ☆ ☆
「察しがついておいでのようですが、学園長。俺は皇帝陛下と、ワランド侯爵家の令嬢の……隠し子、になります」
学園長室について、各々が着席して早々。ロンドルが口火を切った。
「メローナがワランドから追放されている間に生まれた、ってところか? 相手不明で子を押し付けるには、無理やり代替わりさせた侯爵家の混乱は大きすぎた……と」
「加えて、宮中の序列もややこしいことになるから……と、母は内密の妾とされているようです。母は、その立場に納得しているとのことでしたが」
「ロンドル! メローナに会ったのか!?」
ブレイルがいきり立つ。リンディが睨むと腰を浮かせて固まったが、顔には焦りが浮かんでいた。
「あの方は、ふらっとやってきて話をしていきます。いろいろ言って、目の前で悩んで、自分に謝って帰るんですよ。ただ、はっきり自分の母だと名乗ったことはありません。あなたが父親だという話も、聞いていません」
「それでも様子から察しがついて……本人がぼろを出した、と」
「ええ。こうしてお会いする機会など、今日が初めてですが」
(そりゃ最低の初遭遇だな……いたたまれない)
リンディの目が、憐れみを含んで緩む。ブレイルも聞いてて耳が痛かったのか、大人しく椅子に座り直した。
「相談の内容を聞こうか、ロンドル」
小さく息を吐き、リンディはロンドルに向き直る。皇帝と違い、隠し子は真っ直ぐリンディを見ていて……堂々とした様子だった。
「はい。母の様子が知りたかったのです。けれど、自分とあの方の関係性を語らないと、不審でしょうから」
「それで内緒話というわけか。最近の様子ということは、彼女に〝無垢の神獣〟をつけたことについてだな?」
「そうです。そもそも、来ているのに驚きましたが……」
「いいだろう。特にブレイルとの間でも、内密という話にはなっていない。黙って聞いていろよ、皇帝」
「ぐ……」
「背景は一部省くが――――」
リンディはブレイルを黙らせ、ロンドルに語って聞かせた。縁あって、かつて学園を去ったメローナに、再教育を施すことになったこと。その内容は、弱者・幼年層向けの教育の試行錯誤を兼ねていること。
「――――というわけだ」
「母はなぜ、そのような」
長身の少年の眉根が、いつもよりさらに寄った。メローナが今更教育を望んだ理由が腑に落ちず、そこがどうにも引っかかるようで、ロンドルの表情は濃い悩みの色を見せている。
「彼女の経歴については、深くは語らないが。かつて自分ができなかった神獣契約をして、進級した息子がいたら……どう思うだろうな?」
「想像が、つきません。自分など、大したことはない……母の期待に、応えられて、いないのですから」
意外な方向から答えられ、リンディは問い返した。
「期待。どのようなものを、かけられている?」
「父のように、立派になってほしい、と。ですがその父親とは……」
「養父ではなく、そいつだろうと」
「おそらくは」
少年の瞳が、揺れる。濁りの混じった水のように、複雑に。
(確かに、無理難題というべき重い期待だ。隠し子に、皇帝のようになれというのだからな。だが、これはおそらく)
「自分は……母に合わせる顔が、ありません。キャッスルの両親にも……あまりに、よくしていただいていて。もちろん、そちらの父にも」
ロンドルの視線が、皇帝に向かって動く。だがブレイルは、目を合わせようとはしなかった。それでも少年の顔には、僅かな笑みが浮かんでいる。あどけない……年より少し幼い印象の、笑みが。
(四人も親がいて、そのそれぞれから愛情を受け取っている……と本人は考えている。放逐同然の措置をとっている、皇帝に対してすらも。ロンドルが聡く、優秀で、気遣いができる子だからこそ、だな。とすると)
リンディは思案してから、二人を見比べる。
「どうも皇帝は、学園が預かった使用人……メローナの様子が気になるようだ。毎日、あたしの方から直々に報告を入れるとしよう。時間がとれないなら、それは配慮する」
「…………ありがたくはあるが、どういう意図です。リンディ先生」
ブレイルが視線鋭く睨みつけてくる。リンディは彼を無視して、ロンドルに向き直った。
「ロンドル。あたしの仕事を手伝え。生徒会書記として、この報告会の記録をとるんだ」
「はぁ!?」「学園長、それは」
「あたしはメローナの様子を報告し、あとは茶でも出すつもりだ。その間の記録はとらなくていい。ブレイル――――」
「あんた、子どもに甘え過ぎだ」
リンディが切り込むと、皇帝は明らかにたじろいだ。
「っ、あなたに、何が、わかるのです」
「馬鹿でもわかる。気遣い上手なロンドルと話して、練習させてもらえ。ウォルタードと第一皇子がもめそうで、内戦寸前って噂が10年も前から立っているのも……あなたのそういうところが原因なんじゃないかい?」
「我が国の事情に、学園が立ち入る資格はない」
「メローナの精神の安定のために、彼女の不安材料を取り除く。教育者としての意見だ。譲る気はないよ」
「ぐ…………」
ブレイルはリンディに押し込まれ……顔を震わせてから口を引き結び、黙り込んだ。彼が呼吸をするうちに、その震えは徐々に、おさまって。
「いいだろう。話すことなど、ないだろうがな」
最後に言葉を、零した。
「よろしくお願いします、皇帝陛下」
そっぽを向くブレイルに、丁寧にロンドルが頭を下げている。リンディは、ふと思いついて。
「パパって呼んでやんな、ロンドル」
「「はぁ!?」」
二人を煽った。親子が素っ頓狂な声を上げ、互いに顔を見合わせてから、視線を逸らしている。彼らの様子がおかしくて、リンディはくつくつと笑った。




