01-06.悪役令嬢の資質。
ユーラニアとラカル王子の婚約破棄騒ぎの翌日。魔法学園ジェンティアンブルーでは、朝から一大行事が始まっていた。校庭に新入生を集めての、入園式兼魔力測定会である。
『――――ということだ。魔力属性と強度を測定の上、クラス決めを行う。では後は、学園長に譲る』
凛とした老齢の女性の声が響き渡った。拡声器を設えられた壇上に、リンディはゆっくりと登る。途中降りてくる教頭とすれ違いざま、軽く手を合わせた。
『御苦労だった、アンジー教頭。さて、あたしが登壇する予定はなかったんだが……どうもこの大魔女の顔を、知らないってやつがいたからねぇ。自己紹介だ。学園長のリンディだよ。覚えときな』
リンディは校庭を睥睨する。生徒たちはいくつかのまとまったグループになっていたが、その中に彼女は問題児たちの存在を確認した。
(ラカルもいるか。へこたれるかと思ったが、意外に根性があるねぇ。アプリコットはユーラニアと一緒、と。よしよし)
こちらをじっと見つめる赤髪の少年、二人の少女、他にナイト帝国皇子の姿なども見つけ、リンディは満足そうに頷く。
(婚約破棄騒ぎは、手を回してうやむやにしてある。このままヒロインのアプリコットを攻略対象たちと結ばせず、ユーラニアの破滅を防ぎ、個別ルートでこの学園が破壊される未来の回避を目指す……が、今日はその前座。力の見極めってとこだね)
再び拡声器に向かい、リンディは喉を震わせた。
『さて、長話は嫌いでね。早速、測定に入ろう。近年は当学園の開発した簡易測定器で、魔力も測りやすい。しかし本場魔法学園がそれじゃあ――――恰好つかないだろう?』
リンディが指をぱちん、と鳴らす。彼女の影から巨大な金属の人型、魔狼、ドラゴンが姿を現した。新入生たちがざわつく。手伝いに呼ばれている上級生たちは、慄いて顔を青くした。
『三重契約はあんたたちにゃぁ難しいが、ここが当学園で教える神獣魔法の到達点……その一つだ。よぉく見ておくんだよ?』
リンディは深く息を吸い、両腕を広げた。
「 三 位 一 体 」
ゴーレムが唸りを、魔狼が遠吠えを、ドラゴンが咆哮を上げる。力の波動と光を巻き起こしつつ、三体の神獣は折り重なるように溶け合っていった。
「神獣合体!?」「その場でできんの!?」「すげー!」
無邪気な声に調子をよくし、リンディはかかとを踏み鳴らす。
「転生――――氷水目・岩狼科・竜属。名を、〝背青〟」
巨竜が君臨し、大地を揺らす。悲鳴やどよめきが、獣の威容に彩りを添えた。
生み出されたのは元の竜よりさらに大きい、青白い鱗が特徴的なドラゴン。四つ足は太く、首は短い。その顔は爬虫類よりも、どこか魚を思わせる。背にはびっしりと、巨大な氷の〝錐〟が生えていた。竜の咆哮と共に、錐が天に向かって撃ちだされる。間もなく校庭に降り注ぎ、生徒たちの間にいくつも突き立った。
巨木のような氷の錐が校庭に林立し、朝の陽光を受けて不思議な煌めきを放つ。
『温度が低く、空気に触れていない水ほど、魔力をよく映す。氷の中にある水分で測定する……本式魔力測定だ。魔法も使えないおまえたちの魔力でも、きちんと測定できる。さ、上級生の指示に従ってやっとくれ』
おさまらないどよめきを、リンディはしばし機嫌よく眺めた。
☆ ☆ ☆
測定会が始まった。生徒たちは各々氷の柱に手を触れ、石板を持った教師や上級生がその結果を推し量る。一喜一憂する声が、そこかしこから聞こえた。教師たちや補助の上級生を手伝いながら、リンディは人波を縫って進む。
(特に問題はないか。正直、簡易式は便利だが、ひよっこの魔力を測るには向かないんだよねぇ。まぁ、あそこで張り合ってる二人くらい強けりゃ、簡易でもいいんだが)
奥にちらりと目を向ければ、火属性の判定を受けたラカル王子と、その隣で風属性と診断されたウォルダード皇子が見えた。
(二人とも、属性はゲーム通り。二年生のロンドルが水で、ドニクスは土。攻略対象四人で、地水火風そろい踏み、か。しかし)
二人の声から察するに、数値化された魔力強度で張り合っているようである。ウォルタードが突っかかり、ラカルが煽っていた。
(普段冷静なウォルタードは、ラカルがいると熱くなるし……ラカルはあの皇子に対しちゃ、どこか冷淡だ。二人とも魔法が使えるから、せめて喧嘩は教師の前でやってほしいねぇ。……お)
リンディは難しい顔をしている教師に気づき、その手元を覗いた。測定解析用の石板にはいくつもの数値が映し出されているが、そこから属性の断定が難しいようであった。
「ああ……多重属性適性は、こいつじゃ見えづらいんだ。この子は火と風の二重属性で、風が少し強い。数値はこことここので合ってる」
「あっ。ありがとうございます、学園長」
助言に素直に礼を入われ、リンディはにこやかに頷く。そして近くで固唾を飲んでいた生徒に、向き合った。
「いいってことよ。あんただね、この結果は。あそこの王子どもより才能があるねぇ。けど、力が強いってことは……扱いが難しいってことでもある。よく学びな」
「は、はい! ありがとうございます!」
少年と教員に笑顔を振りまき手を振って、リンディはさらに先を目指す。
「学園長先生ぇー! これ、わたしじゃわかりませーん!」
(あの子は……教師になったばかりとはいえ、もう少し頑張ってほしいねぇ)
呼ばれてリンディは、氷柱の一つに近づく。手招きしていた桃色髪の教師が、ほっとした様子を見せた。彼女の傍には、見慣れた金髪碧眼の少女。
「プリムラム・プリムローズ。アプリコットはもう測定済みだ。不要だと伝達がなかったかい?」
「えぇ!? そうだったんですか!?」
(通達は確かにしたが……アプリコットはプリムラムが見ているわけでもない。覚えてないのも無理はない、か)
リンディはまだ若い教師から、何か得意げな様子のアプリコットに視線を移す。
「園長先生、私また数値上がりましたよっ!」
「学園長だ。そりゃ結構。属性間の魔力均一化はできてるかい? ……できてないじゃないかい」
「えへへ……」
プリムラムが持っていた石板を覗き込んでから、リンディはアプリコットを半眼で睨んだ。
「あ、あの学園長。後学のために、これどう見たらいいかお聞きしたいのですが」
横から質問され、一転してリンディは柔和な笑みを浮かべる。
「おや、学生のアプリコットより熱心だねプリムラム。この子は補属性四つを全部扱える。だから地水火風での複合より、数値の出方が偏るんだ」
「ぉお? アプリコットさん、すごい子です?」
シンプルな反応を示され、リンディは思わず頬を歪めた。
(地水火風を後押しする、金木雷氷の補属性……アプリコットはそれを全部同時に扱える、希少な才能の持ち主。ゲームじゃ、攻略対象に合わせて特化の上、ヒーローたちを助ける働きをするんだったか。これまでは均一に鍛えるように指導してきたけど、これからはユーラニアに合わせてもらおうかねぇ)
リンディはため息を吐き、腰に手を当てて胸を反らす金髪少女の額を、指で小突く。
「すごくなるのに努力が要る子、だ。希少な才能ほど、芽を出すのが難しい。先達も少なく、指導も大変だ。あんたも多属性の子が当たったら用心しな。事故を起こしちゃいけないからねぇ」
「は、はい!」
プリムラムに頷いて見せ、リンディはあたりを見渡した。
(ユーラニアも、そろそろだとは思うが。あの子はゲームだと、攻略対象の反対属性になるというキャラクターだったはず……そうして、ヒロインとは相容れない存在として立ちはだかる。ナイト帝国では魔力なし扱いだったと聞いたが。本当にそうなのか、簡易式じゃ測れなかったのか――――)
「キャー!」「な、なんだ!?」
ちょうどリンディの視線の先で、白い爆発が巻き起こった。
(魔法――――じゃない。〝背青〟の氷柱が吹き飛んだのかい! しかも魔力だけで……まさか)
「ユーラニア!」
アプリコットが白い風に向かって走り込んでいく。リンディはその後を追った。
「アプリコット――ぁ」
呆然としたようなユーラニアの声を聴き、リンディはすいっと空を指でなぞる。風が巻き起こり、地上に降りた雲が吹き飛ばされた。少し先に、アプリコットに支えられたユーラニアの姿がある。魔力を消耗したと見え、額には汗が、顔には疲労が滲んでいた。
「先生……」
「驚いた。魔法にせず、直接魔力を込めたのかい。それでこの氷を割るんだから……くく」
リンディはユーラニアたちに歩み寄る。近くでおろおろしていた上級生から、石板をかすめ取った。
(ああ、やっぱりだ! ならこの子は……あたしが教えなきゃならない。先達として、あたしが学んだすべてを、ユーラニアに託そう)
石板の数値はいくつかの項目が完全に異常値を示しており、まともに測れていない。だがそれはリンディにとって、見慣れたものであった。
彼女は近くの氷柱を、すっと指でついた。
氷が爆発し、空へ噴き上げるように白い風が巻き起こる。
「地水火風、すべてを極める魔法使い。魔を統べ、神獣に愛される者。あんたのような子を、待っていたよ」
リンディはすっと近づき、ユーラニアの頬をそっと撫でた。
「わたくし、は――――」
「あたしらのような女を、人はこう呼ぶのさ」
熱に浮かされたようなユーラニアの赤い瞳、何かを期待するように輝くアプリコットの青い目に、リンディは微笑みを返す。
「魔女、と」
二人が呆然とし、やがて頬を紅潮させて向き合う。言葉にならない様子で、喜び合っているようだった。
(四属性使いの魔女ユーラニアと、すべての補属性に適性を持つアプリコット。相性抜群じゃないか。二人ともクラスは特級で決まりだ)
リンディは石板を上級生に突っ返し、相好を崩す。
(――――先が、楽しみだねぇ)