03-13.対話を続けて。
メローナが〝無垢〟の神獣と契約して数日。再びその時の、工房。
「――――転生」
台座に置かれた二匹の〝無垢〟の間で、緑の雷光が走った。見つめるリンディ、メローナ、ユーラニアとアプリコット、それに竜胆とエルの前で、神獣と魔物がプルプルと震える。
「無垢なるモノ……〝むっきー〟」
雷光の下に影ができ、それが徐々に大きく膨らんで、光を、〝無垢〟を飲み込んでいく。黒い光となった後……ぽんっと弾けた。
赤みの幾分強くなった〝無垢〟の神獣が一体、残る。半透明のその身は一見、四角い岩の塊のようで、その実ゼリーや寒天のような柔らかさを見せていた。表面には、なぜか筋のようなものも浮いている。
「かわよ……」「わたくしもほしい……」「アタシも……」
「リンドウは無理だから諦めろ」
「そんな殺生な!? 神獣ハラスメント!」
騒がしい弟子たちを、リンディは半笑いで見つめる。そうするうちに安定したのか、メローナの〝無垢〟が跳ね、彼女の頭に乗った。うにょーんと伸びて、フードのように広がっている。
「〝無言の対話〟も魔力線も、問題ないようだな。階梯6はどうだ? メローナ」
「もう私より頭いいです、この子」
短い間にやりとりを重ねたようで、メローナがにこやかにほほ笑んだ。
「数日で5階梯も伸びるとは、よほど質のいい対話を重ねたのだな。概要は聞いているが、メローナはその理由を何と考える?」
「えっと……」
思考しているようで、返答に間が空く。魔力の流れを見つつ、リンディは回答を待った。
「私が昔教わったことを、いろいろ尋ねたんです」
「それで?」
「そしたら、どうしてそうなっているのかとか……歴史とか、美術品の由来とか、体の仕組みとか、詳しく答えてくれたんです。ですがこの子たまに、間違ったことも言うみたいで」
「だろうな。間違いについてはどうした?」
「正解を教えていたのですけど、途中から〝どうしてそう思うのか〟を聞くようにしました。そしたら階梯が上がるのが早くなった、気がいたします」
(〝無垢〟の思考過程を開示させ、共有したのか。おそらくその際、メローナ自身の質問の精度の上がったのだろうな。より正解に近い、正しい問答が〝無垢〟を成長させる……無垢研究の内容に一致する)
数日前とは異なり、はきはきと答えを返すメローナを見て、リンディは目を細める。
「そうか。あんた自身にも、良い刺激になっているようだな。刺激と言えば」
リンディは台座を回り込み、椅子を引き出して座る。彼女に倣ったように、メローナや弟子たちもめいめい席に着いた。リンディがついっと宙をなぞると、どこからともかくポットやティーカップ、そして焼き菓子の乗った皿が現れる。
「ずいぶん、落ち着いた格好をするようにしたね? 使用人って感じでもないが」
「あ、はい。その」
紫の落ち着いたドレスで、化粧も控えめ。髪も降ろしており、メローナは地味な恰好であった。はにかむように笑みを浮かべるその顔には、相応の皴も浮き出ている。
「ちゃんとしてると……よく男性に声を、かけられるので。どうしたらいいかって、この子と話し合って」
メローナが言って、首筋に垂れている〝無垢〟を撫でた。
「徹底してるね。所作もだろう? 前は年齢が見えないように、表情を抑えていたと思うが」
「はい。ああいうのも言われて見れば、女として自分を良く見せるコツ、ですし……普段はやめにしたんです」
「ブレイルの前でだけ、元に戻すと?」
「皇帝陛下と私は、何の関係もございません」
リンディの問いに、メローナが薄く笑って答える。その笑みは先のものと違って、まったく年齢を感じさせない、透明なものだった。
「ですが、公式の場でご一緒のときは、そのように。ただお断りした上で……日頃は普通のおばちゃんでいようかと」
「容姿を取り繕うと、それにばかり気をとられる……だからかい?」
「そうです」
頷いた彼女は表情を崩し、それからリンディの顔を覗き込む。
「お分かりになるということは……学園長先生も、もしかして?」
「あたしは逆だ。本当はコレより、もっと童顔でね。年相応にみられるように、顔と所作は気を付けてる。80近くに見せるのは……さすがに無理だがね」
「あら。綺麗な先生も、私見てみたいです」
「飾るのは趣味じゃないんだ。ああ、ところで……」
メローナがだいぶ問題もなさそうなので。
「メローナ。神獣の階梯は、上がってもあと一つだ。あんたの目標を果たすには、あと何が足りない?」
リンディは少し、踏み込んで尋ねた。彼女は息子――――皇帝との隠し子であるロンドル・キャッスルに向き合う、勇気が欲しいようであった。そのために必要なものはわからず、それを〝無垢〟と探している最中である。
「――――行動、ですね」
果たして彼女は、一拍もおかずに、そう答えた。
「問答だけでは限界がある、と。具体的には?」
「街からは出ないですけど、しばらくふらふらしたいな、と」
(なるほど。不定なきっかけを作り、〝無垢〟とのやりとりの幅を広げたい考えか。推奨はしづらいが、これは許可しないわけにもいくまい)
リンディはそっと、彼女に魔力の線を繋げる。
「あたしからの〝回線〟を繋げた。何かあったら、そちらからも緊急発信ができる。その魔力線は感じるかい?」
「あ、はい。なんとなく」
「よろしい。あとは好きにしていい」
「えっ。学園長、護衛とか……」
口を挟んだのは、ずっと推移を見守っていたエルだった。
「エル。危険が想定されるなら、そうする。危険がないのに厚く護衛をつけたら、ただ彼女の自由を縛るだけだ。となると必要なのは?」
「危険の有無の調査から、と。皇帝の使用人、となると。ないではないですが」
「学園の中と、来賓から狙われる可能性があるか、どうか。酔っ払いくらいは、その〝無垢〟でひっぱたけば、撃退できるだろうが」
指摘すると、メローナが〝無垢〟の端を掴み、何気なく振り回した。意外に良い音を立てて、神獣がうにょーんと伸びて風を切っている。
「ああ。そういえば頑丈な上に、魔法効かないんでしたっけ……メローナさん自身、魔法は?」
「火の防御魔法くらいは、ちょっと。他はだいぶ、忘れてしまって」
(防御の魔法は低階梯から使えるが、魔力によって大幅に威力が変わり、絶大な力を誇る……現代で最も優れた魔法だ。階梯6の神獣と契約できている以上、メローナの魔力は十分だ。人相手でも、魔物相手でも問題はないな)
その上、神獣は影の中に自由に出し入れできる。特にメローナは〝無垢〟と魔力による〝無言の対話〟をひたすら重ねており、いざとなった時の意思疎通にも期待が持てた。リンディは深く頷き、メローナに目を合わせる。
「そこまでできれば、いいだろう。だが最初は、道案内がいるな。誰か」
「ボクが行きましょう。ほか、どなたか」
「はい!」「はい!」
「ぁ。わたくしは……」
エルが椅子から降り、早速扉の前に立つ。それにアプリコットと竜胆が続いた。遠慮したのは、ユーラニアだ。彼女はエルの方をちらりと見て……目を伏せた。
リンディは。
(ぉ。これは……ユーラニアとゆっくりできる、か?)
目元が緩みそうになり、視線を逸らした。なるべく自然にとなるように、平坦に声をかける。
「ユーラニア。少し仕事が溜まってるんだ」
「はい、お手伝いします! 園長先生!」
「学園長だ。皆、メローナを頼んだよ。メローナ」
苦笑いしてから、リンディは立ち上がったメローナに目を向けた。
「はい、先生?」
「楽しんでくるといい。あと、どうせエルのことだ、30年前の街を知りたいのさ。教えてやってくれ」
「まぁ。よろしく、エルちゃん」
「ええ、メローナさん。学園長は、ばらさないでください」
口を尖らせる後継者を、リンディはくつくつと笑って見送った。
☆ ☆ ☆
(あんなに効果が出るとはな……。彼女の才気を思えば、これは特殊な場合と処理することも考えたいが。無気力な者に対する意欲の刺激を別の策で講じ、あとは〝無垢〟を与えるのが良いかもしれないな。特に幼年向けなら、なおのこと、だ)
学園長室に、紙とペンが舞っている。リンディとユーラニア、二人の魔法だ。
(メローナのことは、このままで大丈夫そうだな。期間中に問題は解消……あとはブレイルとの交渉次第、か。そこはあたしの仕事だな)
そのユーラニアに視線を向ける。彼女はどこか、ぼんやりとしていて。
(……………………どうやって声をかけたらいいのか、思い浮かばない)
リンディもまたほんのりと頬を赤くし。
「ぁ――――」「ぉ――――」
視線を上げて、目が合っては逸らし。
声を出そうとしては被って、口を閉じていた。
(二人っきり、なの。こないだ、一緒に寝て以来、だったか)
慕っていると、そうはっきり言われたあの夜。リンディはその日を、思い出して。
「…………エルは苦手かい? ユーラニア」
自分の意識を逸らし、まったく別のことを口から漏らした。
「苦手、というのではなく、ですね。その」
「あの子が来てから、あたしの寿命を延ばすんだと……焦り出したりもしたろう。前に、後を継ぎたいとあんたも言っていたし、張り合っているのかと……そうも思ったんだが」
「あ、あれは! リンディ、さんが。後継者をお考えとなると……その。時間が、ないのかなと」
「なるほど、刻限の方を意識した、と。あたしの〝不滅〟は仕組みがよくわからないから、その終わりが今すぐなのか、10年後なのか、はたまたまったくないのかはわからないんだけどね」
「っ――――」
自嘲気味にリンディが吐き捨てると、ユーラニアが息を呑んだ。彼女は少し肩を震わせ、それから静かに口を開く。
「苦手、というよりも。負けたくないんです」
「……続けておくれ」
「確かにエルさんは、お考えが斬新で、見識も広い。この学園をずっと続けていくために、弱者のことを意識しないといけない、なんて。わたくしは考えもつきませんでした」
彼女は一息ついてから、言葉を続けた。少しの焦りを、滲ませるように。
「その上、わたくしは。魔法では、リンドウに敵いません。神獣の扱いも、アプリコットの方が先を行っている。わたくしは、わたくしは…………」
「あんたはきっと、何でもできる」
リンディは穏やかにほほ笑み、ユーラニアをじっと見つめる。
「最初はボンクラ扱いだったあたしが……神獣魔法を作り。その発明を上回るものは、この60年出ていない。誰の教えがなくても、あたしは一人でそこに辿り着いた。なら」
リンディのそれは、誰もが認める誇らしい歩みだった。だがそう語る声は、乾いて、平坦で。
「あたしが教える魔女は、もっと高みにいける。望むこと、なんでもできるだろうよ」
「望むこと、なんでも……」
「ただ、望みを絞らないといけない。あたしは」
リンディはユーラニアの向こうにぼんやりと、空虚な空を見ていた。
「あたしは結局、それだけができなかった。魔王を殺すために、神獣を作って。でも何もかもを失くして。役には立ったけどよぅ」
それは荒野。更地になった故郷。瓦礫と化した学園。
「60年続けても……まだ満足も、納得もできない。ずっと続けて……もう、疲れてきたのに。まだ」
リンディの目には。
今もずっと。
終わりが、見えている。
「あたしは何がしたくて、魔王に挑んだんだろう。神獣を作ってまで、なぜあいつを殺そうとしたんだろう。それがずっと、わからないんだ」
首をそっと振る。終末のような幻が晴れ、赤い瞳が目に入った。
「…………悪いね。あたしも、何が言いたいんだか」
「リンディさんの話。もっと聞きたいです」
ユーラニアの目は濡れて、ほっとしたような弧を見せている。
「苦手なこととか……辛かったこととかも。もし、よければ」
「……あんたのも教えてくれるんなら、いいよ」
リンディはつい、口から呟きを零した。ただお互い様ならば、と言っただけなのに。なぜかとても、気恥ずかしくて。
「実はわたくし、豆が苦手なんです」
「ナイト帝国の主食じゃないかい……あたしもだよ」
空っぽな胸の奥が。
しんわりと、暖かくなった。
「辛かったと言えば、やっぱりまずはダンスのレッスンが――――」
「そうなんですか? わたくしは――――」
二人と対話は――――それこそ無限かと思えるくらいに。
何度も何度も。
尽きることなく、続いた。




