03-12.無垢なるパートナー。
親族参観、二日目。午前のうちにナイト帝国皇帝ブレイルと接触し、交渉。先帝カイの後押しもあって。
「リンディ先生が、直々に教えてくださるんです?」
リンディは、ワランド侯爵令嬢メローナを、借り受けることに成功した。昼の時間に彼女を学園長室に招き、事情を説明したところである。
「基本的なところはな。希望があればその間、ブレイル皇帝には世話人を貸し出すが」
部屋の隅で椅子に座ってじろりとこちらを見ている皇帝に、リンディは視線を向ける。彼は何か言いたげであったが、黙して睨むだけであった。
「では……私より、陛下のお役に立つ方をつけていただければ」
「お前はいてくれるだけでいいのだ、メローナ」
(そういうセリフはせめて皇妃たちに言え。色恋に酔いやがって)
皇帝が甘い声で言うもので、リンディは睨み返しそうになったのをぐっとこらえる。嬉しそうな、あるいは申し訳なさそうなメローナの表情を眺め、細く息を吐いた。
「引き受けた以上、この期間中でメローナには十分な教育を施す。しばらく傍に置くことは諦めてもらおう。人手が必要なら、その分補填する」
「…………フン」
不機嫌そうなブレイルを無視し、リンディはメローナをじっと見つめた。
「あたしの理解を確認する。間違ってたら言っておくれ、メローナ」
「はい、先生」
「あんたは貴族の娘として、教育自体は受けている。だが30年前、魔法学園の神獣契約が叶わず、退学した。その5年後、一度この街に入って……仕事をいくつか渡り歩いた末、街を出ているね。間の経歴を、聞いても?」
それは、メローナの記録を洗っていて出てきた情報だった。彼女は「出戻ったが、居つけなかった」のである。ある意味、学園が寄り添えなかった理想のケースであった。
「学園から帝国に帰った後、親に売られまして」
(なんだと……?)
メローナのさっぱりとした返答に、リンディはさすがに息を呑む。
(そう……か。元よりこの学園は〝後継ぎに向かないごく潰し〟を通わせるところ。学費などがかからないからな。一方で、結婚話などを禁じている関係上、中でお相手を探すのが少し難しい。30年前ならなおのこと、元々捨てる気の子を通わせる場所だ。そこからの出戻りなど、盛りも過ぎているし……家に置いておかれるわけもない、のか)
「シリカの方で、しばらく働かせていただきまして。そこで身受けしてくださった方が、いるのですが。その方の勧めで学院街にきたものの、うまくいきませんで」
「偶然私が見つけ、ワランドに戻した。メローナを売った親は隠居させ、今は彼女の弟が家を仕切っている」
彼女の数奇な人生に感心していると、横からブレイルが口を挟んで、結んだ。
「メローナの傷を抉ることに、何の必要性がある」
(傷ついたなんて顔、しちゃいないがね……これだから男は)
メローナは特に表情を隠した様子もなく、穏やかにほほ笑んでいる。自身の無力を卑下しつつも、それを悲観していない……良い年の取り方をしているのだと見て、リンディは次の言葉を紡いだ。
「何ができて、何ができないのか。その上で、何ができるようになりたいか……教育する上で、これらの把握は必要不可欠だ。経歴はそれを理解するために、わかりやすい足掛かりになる」
「先生。私、何もできません」
メローナが静かに答える。リンディは頷いて、彼女をまた見つめた。
「それで困ったことはあったかい?」
「そんなのは当たり――――」
「ブレイルは黙っていろ。あんたには話してない」
ぴしゃり、と告げると、腰を浮かせた皇帝は震えて拳を握り……座った。彼の着席を見届けてから、リンディは再び口を開く。
「メローナ。あんたの言葉が聞きたい。今までの人生、何もできなくて困ったかい?」
「――――いいえ」
もう50も近いだろうという淑女は……艶やかに微笑みを返した。
(そりゃそうだ。売られた先で、数年で身受け。しかも引き受けた誰かさんは、この子をすぐに自由にしてる……あり得ない。ブレイルの入れ込みようを考えても、この子は無能じゃない。むしろ逆)
(魔性の女―――――男を篭絡する、天才だ)
リンディは小さく息を吐き出し、メローナのことを頭の中で整理する。
(必要なことは、すでにできている。ある意味、貴族の女として完璧だったんだ。だがナイト帝国は当時、戦後の混乱真っただ中……裏切り者との抗争が、大詰めといった頃。侯爵といえど、支度金を用意して娘を嫁に全員出すのが、難しかった時代。ゆえに、売りに出された)
リンディが見立てるに、メローナは弱者……社会に合わない人間ではあるが、無才というわけではない。むしろ僅かな情報から垣間見えるのは、激動の時代を生き抜いた才気であった。
(学園になじめなかったのは、単にこの子がやりたいこと、必要なことと合わなかったから。街に戻ってきたときも、近いものだろう。メローナに釣り合う男がいなければ、供給を持て余す。ブレイルが拾ってそこに落ち着いたのは、正解とも言えよう。だとすれば)
顔を上げ、メローナに視線を合わせる。
「では何か。願いはあるかい? いや……なければ、引き受けないと思うが」
「願い」
穏やかだった侯爵令嬢の目に、初めて揺れが、見えた。
「…………詳しくは、お話できませんが。子が、いるのです」
(――――ロンドル・キャッスルか)
二年生のロンドル……彼は乙女ゲームにおける、攻略対象の一人である。ナイト帝国の軍人一家に籍を置いているが、養子だ。実際には、ブレイルとメローナの隠し子、なのである。
(今回の参観。ロンドルを一目見ようと、訪れたのかもしれないな)
「母として、何か。いえ……」
「ブレイルに遠慮するな。必要なら退室させる」
「…………では」
迷うように目を伏せた彼女は。
「どこかでその子に会っても。胸を張れるように、なりたく思います」
きつく口元を引き結び、顔を上げた。リンディは穏やかに頷き、言葉を紡ぐ。
「それに必要なことが何か、探すところからかい?」
「はい。私では、それすらも」
「大丈夫だ。母としてのあんたに何が必要かなんて、あたしにだってわからない。それは、あんたが自分で探すしかない」
リンディは宙をついっと撫でる。空気の隙間から。
「そのための力を、貸そう」
ぼとり、と塊が落ちた。
「これは……」
「説明は伺ったが、本当に大丈夫なのか? 学園長」
腰を浮かせるブレイルを制し、リンディは呼び出した〝無垢〟の魔物をそっと撫でる。それはゼリーのように震えており、向こう側が透けていた。一抱えするくらいの大きさがあり、重さもそれなりである。
「あんただって扱ったことがあるだろう、ブレイル。あの頃と変わらないよ、この〝無垢〟は」
神獣契約に至らなかったメローナは初めて見るようで、無垢をしげしげと見つめていた。
「こいつは神獣にすれば、魔法に対しても剣などに対しても盾にできる。有用性はそれくらいだな」
「え? 切れてしまわないのですか?」
「〝無垢〟を切れる金属は、今のところ見つかっていないな。弾力と剛性があり、非常に頑丈だ。液体、個体、気体の性質を兼ね合わせている……とも言われている」
「はー……」
意外に興味があるようで、淑女が感嘆の声を上げている。
「まずは、魔力の扱いを思い出すところからだ。今日中にこいつと魔力を繋げれば、御の字。いいね? メローナ」
「はい、先生」
熟年の淑女が。
素直な生徒のように、頷いた。
☆ ☆ ☆
放課後。実験工房の一室に、リンディはメローナを招いていた。ユーラニアと竜胆も護衛としてついてきているが、彼女たちは部屋の隅で大人しく座っている。
「…………こんなに簡単、だったんですね。神獣契約、って」
やや雑然とした工房の作業机に、僅かに赤みがかった〝無垢〟が鎮座している。色がついたのは神獣に転生した証で、リンディの目には、メローナとつながった魔力線が見えていた。
「他の魔物は、自我があるからな。言葉なくその自我を突破し、契約するには……自分より階梯が上の魔物を、打ち倒すのが定石だ。あんたは魔物を倒すところまではできたが、自我を貫いて屈服させることに三度失敗し、学園を去った」
「そう、ですね。どうしても皆、頷いてくれなくて……私の名前を、呼んでくれませんでした」
(今にして思えば)
ぷにぷにと〝無垢〟を撫でるメローナを眺めつつ、リンディは思案する。
(この子には魔法とはまた別に、傑出した才能があったということだな。それを魔物側が感じ取り、魂がうまく結びつかなかったんだろう。正直、弱者教育のモデルケースとしては、特殊が過ぎる。だが)
時代さえ合っていれば、メローナは元々何の苦労もなく過ごせた人材だろう……リンディはそう、彼女を評価していた。
(案外こういう、才能のミスマッチこそが……社会的な弱きを作る、原因なのかもしれない。社会も人も、互いを合わせるには限度がある。ならせめて、人の側に……自分の道に気づかせるための、仕組みを作ることができれば)
リンディは〝無垢〟をじっと見つめる。〝無言の対話〟をすると、呼びかけに対して正しく応答だけを返す、そんな存在。
「応答はどうだい、メローナ」
「その。〝はい〟と〝いいえ〟くらいな感じで」
「階梯が低いからだな。なんでもいいから、とにかく一日中話しかけ続けろ。様子を見ながら、神獣合成を行う。今回は、合成自体はあたしの方で行うから、心配しなくていい」
正規の生徒であれば、二年生で自分で合成魔法を覚える。だが期間もないので、メローナには〝無垢〟とのやりとりに集中してもらう方針であった。
「その、先生」
「なんだ」
「……ここまで何もかも、していただいて」
メローナが視線を逸らし、所在なさげに机をじっと見ている。
(なるほど。お膳立てのされすぎじゃ、不安もあるか。この子は特に、一度は学園の教育を受けているわけだからな。レベルを下げた内容には、疑問を覚えて当然か)
「本当にその、私は……」
「その質問。あんたの〝無垢〟にはしたのかい?」
穏やかに笑みを、そして質問を向ける。リンディの問いに、メローナは顔を上げ、それからゼリー状の神獣を見つめた。
「あ、まだです…………あれ?」
「なんと答えた?」
「〝いいえ〟と〝はい〟」
困惑するメローナの顔を見て、リンディはくつくつと笑いを漏らす。
「二つの質問が一気にされているからだろう。分けて聞くといい」
「その…………本当にこれ、合っているんでしょうか?」
応答はもらえたようだが、メローナの困惑は深くなっていた。リンディは深く頷き、言葉を紡ぐ。
「〝無垢〟は応答はするが、それは正解とは限らない。ただ、正しい」
「はい?」
「あんたの問いに対し、正しい応答を返す。だが真実それが正解かは、不明だ。内容が間違っていようとも、より質問者の意図に沿った答えを返す、そういう性質だと研究で出ている」
「え。それだと、意味がないのでは?」
目を丸くするメローナに向かって、リンディは肩を竦めて見せた。
「正解がほしいのかい? なら正しく質問すれば、正解が返って来る。間違っているのは、質問者なんだよ」
「ただしく、質問……」
「さっきのだって、そうだろう? 変な聞き方するから、わかりにくい答えが返った。正しく聞けば、あんたの知りたいことが返って来る。それが社会や世の中にとっての正解や心理であるか、は……あんた自身も、賢く在らねばならない」
「私も、賢く……」
じっくりと考えを深めていく優秀な生徒を、リンディは優しく見守る。
「そいつはそのための、一助になるだろう。まぁ、今の回答じゃやりとりに限度がある。しばらくは何でもいいから話し、上の階梯を目指せ。そうするうちにあんた自身のことを、〝無垢〟が学習し……合成しても引き継ぐようになる」
「はい、先生」
メローナがじっと赤い〝無垢〟を見つめ、眉根を寄せた。リンディは薄く笑みを浮かべ、腕と脚を組んで時が過ぎるのをゆっくりと待つ。
(…………最終的には。この子がロンドルに胸を張って会えれば、それが成果となる。そうなればきっと、メローナはブレイルに、教育で自身が変化したと……そう訴えるだろう。そこがこの課題の、ゴールだ)
親族参観期間は、あとひと月半。その間の計画を、リンディは頭の中で、静かにこねくり回した。




