03-07.皇帝の怒り。
翌日――――親族の授業参観、開始日。
エルは父親のペリーとも話し合ったらしく、その上で今日から先帝カイと共に、独自に行動を開始。まずは魔王の分霊に憑りつかれていた、オットー伯爵令息のマズロの面会から始める、とのことだった。
(その間にあたしは、ブレイル皇帝から目論見を引き出し、可能ならイブロスとも話す。その上で三者会談に挑み、両者の決裂を促せればといったところだ……)
リンディはターゲットの一人、ブレイルに視線を移す。彼は親族参観用の席に使用人たちを従えて座り、息子のウォルタードではなく、別のところを見ているようだった。小さく息を吐き、リンディは周囲を見渡す。すぐ近くには、ユーラニアとリンドウ。そしてウォルタード皇子。観覧席には、エンタス家三名の姿もあった。少し離れたところに、アプリコットとラカル王子。彼らを見ている禿頭の教師、ペリー。ラカルの向こうにある親族席には、イブロス王太子の姿が見える。
『諸君、改めて神獣との契約、おめでとう。さて、これからは魔法の応用に入る。まずは、苦手属性の克服だ。適性のない魔法であっても、使えるか使えないかで大きく異なる。本授業では、指導担当だけではなく、同輩たちのより優秀な者の導きで、得意でない属性を補っていく』
今日の午前の授業は、校庭での実習である。前半部は風、後半部は炎の魔法の予定だった。授業担当の声が、拡声器に乗って広く伝わっていく。
『この授業では〝風〟だ。私、ウィリップは風属性専門でな。諸君らとはこれが初めましてになるが、まぁよろしく頼む。肩の力を抜き、私の用意した課題に挑んでほしい。1年のうちに、〝風とは何か〟を掴むことが目標だ。これが風魔法の基礎となる』
(ウィリップ・ウィルは大陸南方の出……珍しいからか、やはり注目されているな。本人はどこ吹く風といったところで、あの気質だからこそあたしは教員に採用したんだが)
やや浅黒い肌の男性教師を遠くに見て、リンディは会場全体をぼんやりと眺めた。課題の魔道具を置いた台が各所にあり、それを囲んでだいたい二人一組の生徒たちが立っている。彼らの周りには、指導担当教師が控えていた。さらに親族の観覧席……全体として俯瞰すると、二列になった観覧席の間に、台座を囲んだ生徒たちがぽつぽつといる形だ。
『そう、肩の力を抜いてほしい。その魔道具から、風を出す。これはそれだけの課題。風魔法が使える者にとっては、なんてことはない。だがそうでない者にとっては、魔力の制御からして少し特別な代物となる』
ウィリップの説明が響き、リンディの視界の中で二人、顔を上げた者がいた。ユーラニアとアプリコットである。
(そうだ。あたしが最初に課した、魔道具のペンで文字を書く……あれの延長。風魔法が得意なアプリコットはすぐできるし、その感覚をラカルに教えるだけ。風だけは微妙に苦手なユーラニアは、ウォルタードに教わりながら魔法のコツを掴む。それだけだ)
ユーラニアは地水火風の四属性、アプリコットはその四つに対する補属性の金木氷雷に適性がある。二人ともある意味、8属性すべてを使えるようになる……はずではあるが、今の段階ではある程度の得意不得意があった。アプリコットは風が得意で、奥義に近い短距離転移まで使いこなす。ユーラニアはできないわけではないが、他の魔法に比べると苦手意識があった。
「リンドウ。これはウォルタードのための授業でもあるから、あんたは黙ってるように」
「わかりました」
そして竜胆。彼女の適性は〝無〟。これは魔法が一切使えない……のではなく、その逆である。8属性すべてに苦手がない、と表した方がいいだろう。アプリコット以上に滑らかに、各属性を操れる。1つの属性の上達が、即座に隣の属性の経験値になる。基礎を学ぶだけでめきめきと成長し、すでにどの魔法でも階梯5までは満遍なく扱えた。
(プリムラムと同じなんだよな。神獣と結びつくのは難しい一方、魔法に関してはあたし以上の才能といえる。本人が神獣で神獣契約はできず、階梯8以上の魔法も使えるだろうリンドウにとっては……最高の相性と言えるだろう)
『準備はよいようだ。それでは、始めてくれ』
ウィリップの言葉を受け、生徒たちが魔道具に手を添え始めた。
☆ ☆ ☆
ウィリップの用意した魔道具は『風が起こる』だけである。だがどういう風になるかは、魔法の使い手によって種々に異なるものだ。さすがに嵐を起こす者はいないが、小さな竜巻や、中には雲を発生させる者もいて、親族たちを時折驚かせている。
「ウォルタードではなく、ユーラニアにばかり目がいっているように見えるね? 皇帝陛下」
頃合いを見図り、リンディは親族観覧席に近づいた。エンタス公らの前を通り過ぎ……皇帝の前に立って、視界を塞ぐ。
「風の魔法なら、あの子は以前から出来ていた。見るべきものはありません。学園長」
「ほぅ」
リンディは後ろを振り返る。ウォルタードは。
「よぉし、次これやってみようかユーラニア」
「今の何属性の魔法使ったんですか!? 明らかに氷入ってるし、なにこれ雪!?」
「綿雪かなー」
順調に様子のおかしなことをしていた。
「…………遊んでいるようにしか、見えませんな」
「そんなことはない。近縁属性を混ぜての魔力の使い方を見せるというのは、あれで高度な指導だ。あんたの頃のカリキュラムにはなかった話だし、想像がつきづらいかい?」
「――――無駄な教育です。特に、ユーラニアにとっては」
皇帝の口から、ぽつり、と言葉が零された。リンディは、立ち上がろう腰を浮かせたエンタス公爵に手と視線を差し向け、彼を押しとどめる。それからゆっくりと、ブレイルに向き直った。
「王侯貴族に、武力は必要ない。そういう極論かい?」
「極論ではない、真理です。実際にその教育を受けて……身に染みた」
「真理ではなく、受け売りだね? それは。まったく芯がない」
リンディが揶揄すると、ブレイルの緑の瞳が細まった。
「あんたは人に何かを吹き込まれて〝面白い〟と感じると、それを信じて突き進む男だった」
「何が仰りたいのです。事実、高位な身分の者が魔法を学び、神獣を得たところで――――」
「知らないのかい? シリカの王宮では暗殺が横行してるって」
リンディは大きくため息を吐き、ブレイルの前に立つ。数十年前、彼を教えていた頃の教師の顔をして。
「神獣がいて、本人が魔法使いなら、魔法での暗殺は不可能となる。剣や槍でも同じだ。まず神獣が守り、次に魔法が状況を打破する。あんたが皇帝であるにも関わらず、身の回りを世話する者しか連れていないのは……護衛が不要だから。違うのかい?」
「イブロス王太子殿もそうですが?」
「シリカの要人はいつもああだ。学園に護衛コストを支払わせているだけ」
「それもまた、政治の力学というものですよ。あなたにはわからないでしょうが……先生」
「分かってるから、大人しく人をつけてるんだろうが。あんた、その年齢でボケが始まったのかい?」
煽られた皇帝が……不敵な笑みを、見せた。
「ボケておられるのは――――貴女の方です。リンディ学園長。いつまでもこのような学園が、続けられると思っておれらるので?」
(…………なるほど。あたしが死んだら、学園がなくなるかもしれない。だからその前に、シリカと手を組み、後顧の憂いを無くしておきたいという腹か。それがこいつが、イブロスと組む理由)
戦略の底が見えて、リンディは目を細める。
「後継者なら見つかった。おたくの先帝も後押ししてくれてるよ」
「ふん、わかっておられぬようだ。構造的な欠陥が、この学園にはあると言っているのです。トップが誰であろうと、変わりない」
「ほほう。偉くなったね、ブレイル。ちょいとこのあたしに、講釈垂れてみておくれよ」
「学園は、周辺国との格差を利用し、運営出来ているに過ぎない。だが戦後60年。その差は、間もなく埋まる」
(ほぅ……)
ブレイルの言い様に、リンディは感心のため息を漏らした。
「60年経っても一向に神獣契約、あるいはそれを越える何かを生み出せない……そんな諸国の研究者たちを、なじっているのかい? それは」
「そうではない。我々が上がるのではなく……あなたたちが落ちるのですよ、学園長。自らの民の手によって」
(……途中まではよかったんだが。なんだ、これが結論か。学園の中に、追放できない低層庶民が生まれるという観測……これ自体は以前からあったもの。来て早々に気づいたエルは大したものだったが、ブレイルが言うのは今更、だねぇ)
この話はしばらく前、エルがしたのと同じものである。もちろん、リンディにとってはエルの指摘が初出ではない。学園運営を続ける上で出ていた、課題の一つだった。もちろん、外部からその問題が見えていることくらいは、承知の上である。
「皇帝はよほど、頭を使わないと見える」
「なんだと? 嘘だとでも思っているのか?」
「学園生まれ学園育ちの人間が増える、という観測は20年前から上がっている。その中から、落伍者が出るだろうという点もな。無策だと思ってるのか?」
「策など、あるはずがない。この街での落伍者が、国に戻ってどういう有様なのか! 知らぬとは言わせませんよ? 先生」
「知っているとも。だからこそ、そういった者の受け皿となる学校を――――この街の中に、作る」
「無駄よ」
話に割り込んだのは、皇帝の席のさらに後ろに座っている、婦人。
(誰だ? 皇妃が来るとは聞いていないし、違うようだが……)
夜蝶のような派手な装いで目立つ格好だが、どこか覇気がない。帝国の皇妃はリンディとは全員顔見知りであり、だがその女の顔には覚えがなかった。
「あんたは……?」
「あら。30年も前、神獣を従えられなくてここを去った生徒の顔なんて、さすがに忘れてしまわれたのね? 先生」
(うちの生徒? 30年前っていうと、神獣契約のカリキュラムが変わる前……)
一人だけ、思い当たり。その面影がある婦人を見て、リンディは目を見開いた。
「まさか、ワランド侯爵の」
「メローナ。覚えててくれたのね? こんなダメな女を。先生」
(いや……なぜ侯爵の娘が、皇帝に連れられて参観に――――ハッ!)
リンディが思い至ったのは……乙女ゲームの知識による、隠された出自。2年生の攻略対象、ロンドル・キャッスルは皇帝、すなわちブレイルの隠し子であり、母の名はメローナ。
「ちょっと昔を懐かしみたくなったから、陛下にお願いして連れてきてもらったの。普段は使用人をしてるのだけど、人前に出るときくらい、ちゃんとしろって言うから」
(堂々と妾を連れてくるとはいい度胸だな、ブレイル!? こいつちょっと大丈夫かいろいろと!)
当の皇帝は。
「学園長」
リンディを鋭く、見ている。
「この街が、この学園が。メローナのような弱者を、本当に受け入れられるというのか? 彼女が学園を去った後、どういう道を辿ったか……少しは想像してみるがいい」
彼にはどこか、静かな怒りのようなものがあった。
(……おいまて。こいつ結構、メローナに入れ込んでるのか? もしかしてここが、イブロスと手を組んだ原点……?)
「それができたなら、この学園を今一度信じていただけますか? 皇帝陛下」
リンディは顔を上げる。いつの間にか金髪碧眼の後継者と、ガタイのいい老人が近づいてきていた。
「お前は……っ、お爺様」
「いいから答えろよぅ、ブレイル。お前が吹っ掛けた喧嘩だろうが」
先帝カイがリンディの隣まで来て、現皇帝に迫る。
「万が一、この死にそうにねぇ学園長がいなくなっても、あと何十年かは学園は健在だろうよ。オマエの国のかじ取りは、本当にその何十年を生き延びられるものなのか? ええ?」
「無論です。戦後を私の代で終わりにし……必ずや、子どもたちに引き継ぐ。国同士、手を結んで」
「その考えで学園と手を切ると……このエルの目指す学園が、今以上に発展したら。帝国は泥に沈むだろうよ。それでも意地を張るっていうならよぉ――――根拠を見せてみろ。このオレに」
「そのような未来など、来ない。出来ると言うなら、見せていただきたいものですな? エルとやら」
ブレイルに、水を向けられたエルは。
「いいでしょう。皇帝陛下」
リンディの前で、そう言って胸を張っていた。
(…………おいまて。まだそんなの、何の計画もなかったろう?)
寝耳に水だったリンディは――――密かに狼狽えるのだった。




