03-05.帝国の悪童たち。
急遽エンタス家の宿泊する屋敷に呼び出された、リンディは。「ユーラニアが婚約したなんて聞いてない」というユーラニアの兄・ランセスの、衝撃的な歓迎を受けた。
「全体で話を聞いたら混乱する。個別にお話を聞きましょう」というエルの提案に基づき、リンディは罵り声の聞こえる応接間を回避。ランセスに別室を案内させ、リンドウを呼ばせた。
「ぉっ、園長先生」
「学園長だ。お座り、リンドウ」
やってきた黒みがかった紺のドレスの異世界人は、ランセスに一礼してリンディの隣にやってくる。彼女の着席を待って、リンディは小さくため息を吐いた。
(あたしはユーラニアの婚約を知っていたが……これは、エンタス公から入学前に、直に説明を受けたからだ。一方で、ラカルの婚約についてはシリカ内で噂になっていて、これはアンジーが掴んで裏取りしてきた。そういえば、ユーラニアの結婚については、ナイト帝国側では話題になってない、とも言っていたか?)
そっと視線を上げると、正面に座った落ち着かない様子の、ランセスが目に映る。自重はしているものの、まだ感情が昂っているようだった。
(ランセスに聞くと、話が拗れるな)
リンディはそう判断し、竜胆の膝を二回、手で叩いた。視線を流して彼女を見ると、意図を理解したのか竜胆は、目で頷いている。
(来てすぐのころは話したがりだったが、ユーラニアにつけているうちに少しは落ち着いたようだ。アプリコットらとの交流も、良い影響を与えているようだね)
リンディは満足そうに眼を伏せ、それから横を向いて反対隣りを見る。ソファーにちょこんと座ったエルと、目が合った。
「エル。この件について、あんたが知っていることを述べてほしい。すまないがランセスは、話を聞くだけにしておくれ」
「っ。わかりました、先生」
目の端のランセスが頷くのを待って、正面のエルが口を開く。リンディはそれを、静かに待った。
「ん…………それでは失礼して。まずボクは、シリカの田舎に住んでいました。王都からはかなり遠く、学園にはほど近い。そこで〝贔屓の王子様〟が婚約した、という話は聞き及びました」
「贔屓。パルガス王が、息子の王太子を飛び越えて、継承権を与えたラカルのこと……か。お相手は?」
「それはまったく。ですが、後に学園で知った婚約の正確な時期からすると、伝わるのが早すぎます。ほぼ即日ですね」
「異様だな。シリカでは意図して広げられた、と。ではランセス。質問にだけ答えてほしい」
「はい、先生」
リンディは慎重に言葉を選び、向かいの青年に問う。
「シリカの王子が婚約した、という話。聞き覚えは?」
「えっ、ユーラニアではなく……その。聞き覚えが、あります」
「お相手は」
「いえ…………覚えが、ありません」
(そしてユーラニアの婚約を知ったのは、おそらく今日、か。ここの経緯はランセスに聞かない方がいいな。まだ怒りが収まらぬようだし)
リンディは体の向きを変え、大人しく座っている竜胆へ向き直った。
「待たせたな、リンドウ。事の発端は……ユーラニアが、婚約の破棄を願い出たことと想像するが。どうだ?」
「いえ、ちょっと違いますね。ランセスさんと、ケーリアさ……ユーラニア様のお母さまのお話を聞いて。アプリコットが、お二人がユーラニア様の婚約を知らないと気づいたんです」
「そうかい。それで口を滑らせて、ついでにユーラニアが破棄を願い出て大混乱と?」
「そうです」
「あたしは、あの馬鹿弟子をあとで吊らなきゃいけないと思うが、どう考える。リンドウ」
「あれはアタシでもわかる失言なので、簀巻き上等だと思います」
「結構」
額を押さえ、小さく息を吐く。リンディは早くも、金と銀の弟子を簀巻きにして帰りたくなっていた。
(事情と経緯はわかった。ナイト帝国内でユーラニアの婚約が秘密だったのは、明白。仕掛け人はエンタス公と、ブレイル皇帝だな。カイ殿も知っていた様子があるが、あの方は別途情報網を持ってる。あたしがこの点を把握できていないのは……ナイト帝国は友好的だからと、あんまり諜報を出していなかったせい。エンタス家については、ナイト帝国の連中は触れたがらないみたいな向きもあるし、学内でもあまり噂になってない……)
あるいは関心が薄いのかもしれない、とリンディは口の中で言葉を転がす。ユーラニアとラカルが婚約しており、婚約破棄騒ぎを起こしていることは学内では周知。だがナイト帝国本国には、半年もの間、それがまったく伝わっていないということだ。リンディが口止めをした点もあるが、それにしても何者かの作為を感じる状況であった。
(次は感情、か。誰が、どうしたいのか。この確認だ)
静かに息を吐き、リンディは言葉を乗せる。
「ランセス。ご母堂……ケーニア夫人はどういう見解だ」
「っ。母は。私と同じで、ユーラニアの結婚に反対です。それも、シリカの王子となんて……!」
「なぜ反対する。理由について、相手を考慮せずに教えてほしい」
「そっ、それは……まだ早い、といいますか」
「それはランセスの意見だな。ケーニアもそうだったのか?」
「母、は…………」
ランセスはそれきり、押し黙る。リンディは待ってみたが、彼は俯いて言葉を紡がなかった。息を吐いて肩の力を抜くと、右隣から袖が引っ張られた。ランセスにだけ声が聞こえないよう、密かに〝防音〟の魔法を張り、隣に視線を流す。
「どうした、リンドウ」
「たぶん、ケーニアさん気づいてます。ユーラニア様が……男性を好きになれないって」
(……ん? つまりケーニアは娘の気質に気づいていて、そもそも結婚させる気がない。ランセスにはそこまで言っておらず、彼としては強硬に反対する母の気持ちがいまいちわからなくて、不審に思っている、と)
時折聞こえる応接からの叫びに耳を傾けつつ、リンディは思案する。防音の魔法をそっと解き、ランセスを見据えた。
「もう一つだけ、教えてほしい。リンドウが答えてくれ。ランセスは最後に合っているか間違っているかを聞くから、補足してほしい」
二人が頷くのを待ってから、リンディは口を開く。
「エンタス公爵……ヤナト・スタークラスターのつもりはどうだと見る。ユーラニアの結婚を後押ししている、にしては」
再び、応接からは高めの声が響いた。
「喧嘩が少々、長すぎる。もし互いに真っ向から反対の立場なら、お互い言うだけ言って、物別れに終わるだろう。ヤナトはケーニアに責められて、どういう様子だった。リンドウ」
「話せない、と。その一点張りです」
「では、ユーラニアの婚約破棄に対しては?」
「そこは……返事は、されていませんでした、けど」
「驚いていたか?」
「いえ」
竜胆が言葉を切り、視線を逸らし、鋭い目をして虚空を眺めている。リンディは焦れている様子のランセスに視線を送りつつ、竜胆の言葉を待った。
「――――――――ほっとされた、ようでした」
リンディは腕を組み、細く長く息を吐いた。彼女が思い起こすのは、これまで幾度となく会ってきたエンタス公の態度。娘のためならば文字通り何でもする、男の姿だった。
「だろうな……公はユーラニアを結婚させるつもりなど、なかろうよ」
「ではなぜ!?」
ランセスが立ち上がるのを、リンディは少々面倒くさそうに眺める。
「事情を家族にも話せない、他国の王子との結婚。それだけで、わかるだろう? ランセス」
「――――っ」
さすがに冷静になったのか、令息が青ざめていた。すぐに怒りがぶり返したのか、顔が赤くなる彼に。
「悪いが、続きはまずエンタス公と話したい。話せる内容については、追ってユーラニアらを通じてあんたたちにも流そう。公を呼んでくれ。あたしと一対一で話した方がいい」
「ダメです」
左隣から、差し止める声が鋭く割り込んだ。
「ボクと学園長、エンタス公爵の三人で、お願いします」
(保護者かあんたは……しょうがないねぇ)
エルを苦笑いで見てから、リンディは肩を竦める。右隣の竜胆に顔を向け、その黒い瞳を見つめた。
「リンドウ、ユーラニアには?」
「もう伝えてあります」
(神獣との間の〝無言の対話〟。言葉が話せる神獣との間だと、便利なものだ。距離も関係ないし、魔法を使うまでもなく話し合える)
リンディも合体させれば、言葉を話せる神獣が作れるが……常に維持できるわけではなく、しかも凶暴な奴らしかいない。弟子が少し羨ましくなり、小さくため息を吐いた。
「では、ランセスを連れて行って、夫人を落ち着かせてやってくれ。代わりに、エンタス公をこちらに寄越してほしい」
「わかりました、学園長」
リンディは立ったままのランセスを向き、彼の赤い瞳をじっと見つめる。
「このまま揉め事を持ち込まれると、学園としては退去をお願いすることになる。妹の晴れ姿は、ちゃんと見たいだろう? ランセス」
「わかって、います……父を呼んできますので」
妹を引き合いに出され……ランセスは顔に、苦渋を滲ませていた。
☆ ☆ ☆
エルとの挨拶を済ませ。先ほどランセスがいた席に、エンタス公爵……ヤナト・スタークラスターが腰かけた。ふくよかな彼の体型に合わせるかのように、ソファーは深く沈む。
「学園長にまで、ご面倒をかけてしまうとは」
「――――今日、ブレイルに喧嘩を売られたよ」
「……なんですって?」
開口一番リンディが仕掛けると、小太りの公爵は顔色を変えた。
「売ってきたのは、シリカのイブロス王太子の方だが。おたくの皇帝は、奴と共同歩調をとるつもり、らしいな?」
膝で両手を組んでいるエンタス公に向け、リンディは笑いかける。
「ここまでくると、ユーラニアとラカルの婚約が両国関係の中核になっているのは、明白だ。この政略結婚を糧に、長年冷え込んだ関係を修復したい、と。ユーラニアの婚約には、ブレイル皇帝の強い後押しがあった、とも聞いている」
「っ、いったい誰から、そのようなことを……!」
「あんたのとても聡明な娘からだ、ヤナト。おそらく、皇帝からユーラニアに向けられた言葉は僅かなのだろうが、それでも公爵家の令嬢が勘づくには十分だったんだろう」
焦る公爵の顔が、次に苦渋に歪んだ。リンディは静かに、声を落として続ける。
「ヤナト。あんたはいつも、ブレイルの悪戯をおっかけては、おおごとになる前に止めて回っていた。だが今回はどうした。ずいぶんビビってるじゃないか、ええ?」
「なんの、ことでしょう」
「シリカとの融和など訴えたら、ナイト帝国はひっくり返る。それが分かっているからこそ、あんたたちはユーラニアの婚約を国内向けには隠しているんだろう?」
エンタス公爵ヤナトは……数度、口を開いては、閉じて。
「隠しているのは――――ワタクシです」
諦めたように、息と言葉を吐き出した。
「皇帝は、その点には無頓着。帝国内の、魔王残党への怨嗟を軽く見ているのです。ワタクシは彼のたっての願いだからと、一度は引き受けましたが……」
「なんだ。ブレイルはあんたの諫言を聞かないと?」
「あいつが!」
激昂し、彼は顔を上げる。リンディはじっと、その赤い瞳を見据えた。
「あの若造が! 我が帝を誑かして!」
燃え上がるような意思を視線に乗せ、ヤナトが口走る。
「彼のおかげで帝国は生まれ変わった! 幼い頃から、ワタクシが夢見ていた通り、いやそれ以上に! かの素晴らしく自由な皇帝を! ワタクシを差し置いてあの……あの! 王太子如きが!」
(…………情の深い男だ。ブレイルに惚れこんでいたのは、知っているが。娘よりも友が優先で。こいつが怒りを爆発させるのは)
彼から視線を外さず、じっと聞き入ったリンディは。
(その友をとられた、嫉妬、とは)
読み取った男の深い情念を、そっと胸に零した。
「わかった、ヤナト。よぉくわかった。ならよぅ、一緒に考えようじゃないか」
「考える…………何を、です」
「もちろん。あのいたずら小僧が、シリカなんぞにしっぽを振ってる……その理由さ。それさえわかれば」
リンディはにやり、と笑みを浮かべ、ヤナトを見据える。
「あんたの皇帝は、戻って来るんじゃないかい? ヤナト」
彼の顔が――――かつて友を追いかけ回し、滅茶苦茶やっていた頃の。
悪童のそれに、戻るまで。




