01-04.学園彩る攻略対象。
魔法学園学園長、リンディ・グラネート。御年78にして三十路にしか見えない大魔女は、二人の少女を引きつれて廊下を進む。
(あたしの部屋のバルコニーでの茶会にしよう。あたしは破滅の未来を捻じ曲げるために、いい感じのグッドエンドを目指す気だが)
リンディは窓をちらりと見る。背後の二人が、少し映り込んでいた。
(二人が何をしたいかは、聞いておきたい。こっちが勝手をして離反されちゃぁ、たまったものじゃないからねぇ)
リンディは歩きながら、慄いて脇による悪童たちに笑顔を振りまく。もちろん、目を輝かせたり、手を振る生徒たちにも。彼女はその合間に、自分の頭に焼き付いた〝転生知識〟を振り返っていた。
(乙女ゲーム『EternalTricrol~三つ薔薇の誓い~〝2〟』……それが今進行中のシナリオだ。魔法学園を舞台に、平民ヒロインと貴族の悪役令嬢が攻略対象との愛を巡って争う。悪役令嬢は比較的早々に排除され、個別ルートでは学園に牙をむいたシリカ王国との戦いを背景に、攻略対象たちとのドラマが展開する)
戦い、の具体的な光景が思い浮かび、リンディは眉を寄せる。王国は滅亡の憂き目に遭うが、学園も甚大な被害を被るのだ。彼女は頭を弱く振って、ゲームのシナリオを思い出すことに意識を集中させた。
(魔力測定に始まり、部活や生徒会参加、テスト、学園祭に後夜祭の舞踏会……そして校外実習での魔物の捕縛と神獣契約。最後に神獣合成強化演習をやって、共通ルートは終わり、だ。ここまでに悪役令嬢ユーラニアの断罪を回避したい。シリカ王国の暗躍もあるだろうから、足元を固めておきたいところだ)
「あ、あの。先生」
ぎりぎり耳に届く小声が、雑踏を越えて届く。リンディは肩口から後ろを見た。
「なんだい、ユーラニア」
「ひ、秘密のお茶会って! いったいどんなことを……」
なぜか彼女の顔は、耳まで真っ赤だった。
(……ひょっとしてませてるのかい? この子。何想像してるんだろうねぇ)
「――――ユーラニア、何を想像してるの?」
ぼそりと暗さを感じる呟きが聞こえ、リンディは振り向いてブロンドの頭を片手でわしり、と掴んだ。
「アプリコッォォォト! 許可も得ずに敬称を抜いて、デリカシーまで捨てたねぇ! 淑女吊りにするよ!」
「ひぃごめんなさい!」
慌てて首を振る少女に、リンディは思わずくつくつと笑いを漏らす。手を離すと、アプリコットは両手で頭をさすっていた。
「仲良くしたいのはわかったから、手順を踏みな。大陸式の交流は、貴族社会には通用しないと教えただろうが」
「はい学園長……」
涙目なのになぜか頬を赤らめてるアプリコットを見下ろし、リンディは一つ息を吐く。視線を上げると、小首を傾げているユーラニアと目が合った。
「大陸? メリカーナ大陸から来られたのですか? アプリコットさんは」
「まぁねー」
「おぉー……」
自然に言葉を交わす二人を見て少しほくそ笑み、リンディは再び廊下を歩き始める。
(ゲームじゃすれ違っていたが、意外に相性がよさそうだこの二人。……お?)
リンディは近づいてきた男子生徒三名を見て、足を止めた。
「学園長」「探しましたよ」
背が高くしかめっ面の少年と、姿勢を正して眼鏡を直す男子生徒に声をかけられる。もう一人は彼らの後ろで、にやにやとこちらを眺めていた。
「探すってなんだい」
「予算のことでお話が……そちらは?」
(む……ゲームより時期が早いが、せっかくだ。ラカル以外の攻略対象がそろってるんだから、二人に紹介しとこうかね)
リンディは周り込み、アプリコットの脇に立って背を撫でた。
「新入生だよ。こっちはアプリコット。隣はユーラニア……だが、ロンドルとウォルタードは、ユーラニアのことを知ってるね?」
「あああアプリコット・スリーセブンです初めまして!」
男子らがリンディの問いに答えるより早く、少女が勢いよく頭を下げる。隣でユーラニアも静かに礼をとっていた。リンディは、若干引いてる攻略対象三人の様子を観察する。
(三人とも、アプリコットには無反応か……。特別な出会いもなければ、平民の女への反応なんて、こんなもんかね。恋愛関係になられて個別ルートに進まれては困る……こちらの目論見としちゃあ、まずまずな初対面だ)
ゲームシナリオと状況を比較しつつ、リンディは男子生徒たちの側に立った。
「さて、次は紳士どもだ。この眉間にしわを寄せてるのはロンドル。ナイト帝国。志望はご両親と同じで軍かね?」
「はい、学園長」
口数少なに少年が答え、その青が一房さした黒髪を揺らす。彼は僅かに、頭を下げた。
「ロンドルは生徒会の書記もやってる。この眼鏡は会計のドニクスだ。出身はジャス」
「初めまして。ドニクス・レッドストライプと申します」
新興国ジャス出のドニクスは、ロンドルとは対照的に柔らかに礼をする。
「二人は二年生だが、そこのにやついてんのはあんたらと同じ一年生だ。ナイト帝国の第二皇子、ウォルタード」
「どうも、レディたち」
ウォルタードの礼は、ドニクスよりさらに優雅だった。鮮やかな緑の長髪が、さらりと揺れている。アプリコットまでが、反射的に淑女の礼をとった。
「あいたぁ!?」「アプリコットさん!?」
そして自分の足を踏んだ。アプリコットは痛みで飛び跳ね、ウォルタードとドニクスが噴き出す。ユーラニアはおろおろした後、痛そうにしているアプリコットの背中をさすっていた。
「何やってるんだい、アプリコットは。それでドニクス、どうせ予算案の点検してほしいんだろう? 資料を寄越しな」
「す、すみません学園長。こんなことを……」
「いいんだ。生徒会はあたし直下の組織なんだから、あたしが面倒見るのは当然だろう? ま、本当は副会長あたりがやるんだがね……奴ら実習にかこつけて、また冒険に出やがった」
ぐちぐち言いながら、リンディは腰の低いドニクスから書類の束を受け取る。資料が揃っていることを確認し、脇に抱えた。
「そういえば学園長。あいつ、懲罰房行きになったって聞いたけど。本当?」
用事が終わったと見たのか、ウォルタード皇子が割り込んできた。彼が押しのけた同国人のロンドルが、冷たく値踏みするような瞳で皇子を背後から見下ろしている。
「ラカル絡みに関しちゃ、耳が早いねぇウォルタード。明日は魔力測定があるから、一晩で帰ってくるがね」
「別にあいつだけってわけじゃ、ないんだけどね? でも一晩かぁ。測定に来れなくなればよかったのに」
(よく言う。それが心配で、わざわざあたしに聞いたんだろうに。ライバル視、ってやつかねぇ)
ウォルタードの笑みの中に少し真剣な色が差したのを見て、リンディはため息を胸のうちに落とす。そしてふと、まだ痛そうにしてるアプリコットと、彼女の背中をさするユーラニアに目をやった。
「アプリコット、歩けるかい?」
「はいぃ、もう大丈夫ですぅ」
「よし。ドニクス、午後には届ける。まだなんかあったら持ってきな」
「ありがとうございます、学園長」
頭を下げるドニクスとロンドルの横を、リンディは通り過ぎる。
(恋愛はさせてはならない。だが教師としては仲良くしてほしい。ゲーム通りなら、この子らもだいぶ癖がある……どうしたもんかねぇ)
その後を、アプリコットとユーラニアが会釈をしながら続いた。
(ん……? そういえば)
リンディは振り返らず、また廊下の窓をちらりと見る。銀髪赤目の令嬢が、しずしずと歩いていた。
(ユーラニア……なんで一言も話さなかったんだい? ドニクスに挨拶もしてない。ウォルタードたちは同郷で知り合いだというのに……はて)