02-06.学園長のお仕事。
街にけたたましく、サイレンが鳴り響く。それは秋の風に乗って、少しの歪みを持ちながら遠く広がった。
『緊急警報、緊急警報。魔物の襲来を確認。防護設備の展開を開始します。住民のみなさんは、落ち着いて行動し、お近くのシェルターへ――――』
「え、えぇ!? なんか壁がドームになる! すごい!」
魔法に乗せた放送が行われる中、リンディのすぐ隣で竜胆が騒いでいる。街には轟音が鳴り響き、静かな振動が続いていた。遠くの市壁がその高さを伸ばしつつ、街全体を覆うように半球を象っていく。
空をすっぽり壁が覆い、街中が一瞬暗くなる。その後すぐ、壁に外の様子が映し出された。
「お空が見える……ねぇ学園長、これからどうなるんです? さっきの、魔物、なんですよね?」
高揚から落ち着いた様子の竜胆に、リンディは薄い笑みを向ける。
「ああ。あの群れ……数十分以内にはこの街に、押し寄せるだろう」
「それ大丈夫なんでしょうか!? ゲームじゃこういうスタンピードで、国が滅んでますし!」
リンディは堂々と構え、遠く彼方を見つめる。透明になった壁のはるか向こうに、少し大きくなった黒い点の群れが見えた。
「そりゃ〝3〟……いや、ファンディスクの話かい? そもそも魔物はこんな大群にならないんだ。想定はしていたが、未知の事態だよ」
「えぇ!? どうするんです!?」
(せわしない子だ。そろそろ司令部から連絡が来るだろうが、その間この子は……どうしたものか)
思案し、リンディはため息を吐く。隣の竜胆を視界に入れ、軽く口を開いた。
「落ち着きな。未知だからこそ、それに対処するためのマニュアルがある。ところでリンドウ」
「なんでしょう!」
魔物の群れを見つめながら、リンディは不敵な笑みを浮かべる。
「学園長の仕事ってなぁ、なんだと思うね?」
「ぇ。教えること?」
竜胆は小さく呟いたが、リンディは彼女に首を振って見せた。
「そりゃ教師の仕事だ。では、今この場で、学園長は何をするべきだ?」
「ぜ、全体の指揮! あるいは演説とか!」
少女の回答に、思わず肩を竦める。リンディは数歩前に進み、それから振り返った。
「防衛軍を組織しているのに、あたしがかい? そりゃ指揮系統が却って混乱する。演説は……ふふ。原稿を作ってる時間がないねぇ」
「あわわ……えーっと、えーっと」
リンディは慌てる竜胆を眺めてから、そっと瞼を閉じた。
(ふむ。この子の出身、日本は非常に平和で、戦いも犯罪もほとんど遭遇しない……だがこの世界では、戦いとは日常だ。となると)
目を開き、リンディはまた遠くを見つめる。放送やサイレンは止み、街には静けさと喧騒の両方が混在して見えた。
「少し、慣らし運転をしようかね」
「へ?」
『園長ぉぉぉぉぉ!』
突然二人の近くから、声が響いた。
「学園長だ。〝回線〟……アプリコット、ユーラニアもかい。どうした」
『魔物が出たと聞きまして! わたくしたちも』『何か手伝えない!?』
(この子たちは……本当に)
部屋から直接魔法で通信しているだろう二人の弟子を想い、リンディは相好を崩す。
「手伝えることはないねぇ。そうだ二人とも。学園長の仕事って、わかるかい?」
『『学園長の……?』』
「おや、わからないのかい。なら、部屋のモニターを、かぶりつきで見てるがいいさ」
リンディはくつくつと笑いを漏らす。ぽかんとしている竜胆が目に入り、さらに肩を震わせた。
『リンディ様! 今どちらに!』
(来たか)
右手で髪をかき上げ、風が入らないように耳を塞ぐ。効き出した空調が風を作っており、リンディの長い髪をさらりと流した。
「間の良いことに展望台だよ。開けな」
『はい! 魔法学園防衛軍、非常事態規定に則り!』
『弾道人型決戦兵器! 〝学園長〟の出撃を、要請します!』
『弾道』『人型』「けっせんへいき?」
三人の惚けた声を聴き、リンディは機嫌よく笑みを浮かべた。
「要請を受諾する。今日は複座式で行こう―――― 三 位 一 体 !」
「おぉぉぉぉぉ!?」
リンディの影が、大気を揺るがす三重の咆哮と共に盛り上がる。
「転生――――土雷目・鋼竜科・兵属。名を、〝髄白〟」
それはリンディと竜胆を包んで押し上げながら、徐々に巨人の姿を象った。無骨な赤茶の鋼。まるで巨大な全身鎧のようだが、背には爬虫類を思わせる羽。鎧から突き出る手足は、肉球のついた前足と後ろ脚であり、しかし二足で自立。頭部の兜の奥には、犬のような顔があるはずであった。
もちろん、その内部……巨大な球状の鉄鋼に入った竜胆とリンディは、奇妙な巨兵の姿は見えていない。目に入るのは外を映す全周型の画面、座ると意外に柔らかな前後二つの座席、そしていくつかのレバーであった。前の座席には竜胆が、後ろにはリンディが腰を下ろしている。
「ろ、ロボだ……」
「ちぃとレトロだがね。スチームパンクってやつさ。さて、リンドウ」
浮き出る画面を素早く流し見ながら、リンディは声をかける。茶髪の頭がぐるっと回り、静かに興奮した様子の竜胆の顔が向いた。
「あんたとあたしの間に結んだ、擬似契約線。あんまり離れてると不安定化するし、このままついてきてもらうが……ついでに知っておくといい」
「なにを、です?」
緊張が降りた竜胆の瞳を覗き込みながら、リンディは笑顔を浮かべる。彼女が生徒たちに、いつも見せているような……穏やかな笑みを。
「魔物を、さ。あんたがユーラニアの神獣として、やっていく気なら、ね」
「ぁ…………はい!」
リンディは竜胆の返答に応えるように深く頷き、右と左にあるレバーを、両手で一つずつ握った。座席から見える光景に、空に向かって緩やかに伸びる赤い点線が二本、レールのように描かれる。展望小屋の屋根と、街の天井ドームの一部が開き、本物の空を見せていた。
『魔導カタパルト、準備できました。いつでもどうぞ!』
通信を受け、リンディは右足でペダルを踏み込む。
「リンディ・グラネート。〝学園長〟――――出る」
巨兵が蒸気を上げ、咆哮のような震えを残し、滑るように前に出る。前傾し、羽を広げ、進む。
まるで砲弾のように。
空に向かって、撃ちだされた。
「ひょおおお!?」
「黙りなリンドウ、舌を噛むよ」
巨兵は一息に街のドームから空へ出る。赤いガイドラインから外れ、すぐに羽ばたきを始めた。リンディは草原や岩場のもっと先、迫る黒い地鳴りに目を向ける。
魔物だ。
(さて……空を飛んでいるやつもいる。司令部の観測によれば、数はおよそ70000。位階は3から7とばらけがち、か。狙いをつけて、一撃で落とすとしよう)
「お、お一人で、戦うんですか? 軍隊があるなら、みなさんでやったほうが」
「防衛軍戦力の魔法一斉掃射なら、10%は削れるだろうが……その後すぐ、街にとりつかれる」
リンディは宙に魔法で映しだされる情報を横目に、微量の魔力を込めながら巨兵を羽ばたかせる。
「現代の攻撃魔法は廃れて久しい上に、射程距離が長くない。こういう大規模戦には、向いてないんだよ。それに」
魔物の群れが肉眼で視認できる距離に迫り、老学園長はにやりと笑った。
「学園の守護神――――それが、〝学園長〟の仕事だ」
空を飛ぶ翼竜や巨鳥の合間をすり抜け、巨兵が空を駆ける。その鎧の隙間からは、間断なくマーキングのための小さな魔力の塊が撃ちだされた。リンディは魔力を当てながら魔物たちを避けて、飛び続ける。
(ん? 進路を変えて、こちらに向かって来た?)
気づけば、魔物たちが並走して飛び、あるいは旋回して追ってきていた。何せ数が多い。徐々にごく近くまで迫る魔物が出始める。
「ま、魔物近い! 今掠めましたよ!?」
「そうだな。不安なら、避けていくとしよう」
「ほえ……? んあああ! Gが、重力が!」
巨兵は急旋回、急制動、時に錐もみしながら上昇し、滑空して風に乗る。
(軍勢がすべてあたしに向きを変えた……そんな馬鹿な。何を狙っている?)
小さな違和感を覚えて地上にリンディが目を向けると、明らかに魔物たちが進路を変えつつあった。これ幸いにと街から離れる方向へ飛びつつも、不気味なものを感じ、やや高度を上げる。
「逃げて、ばかりで。倒さ、ないんですか? 武器とか」
「あるさ。とっておきがな……おっと」
回り込む空の魔物や、投石。ぼろい矢が時折飛んできては、巨兵を掠めた。リンディは少しの焦りを感じ、戦場全体に視線を巡らせる。
(おかしい、空と陸で連携してる? 誰かが操っているのか? まさか、どこかに奴が――――)
「学園長、危ない!?」
「チィッ!」
わき見をした瞬間、何かが正面から当たった。バランスを崩した巨体をリンディは必死に制御するも、懸命な羽ばたきは間に合わない。巨兵は滑り込むように、地上へ落ちた。
「ぐ…………けがはないかい、リンドウ」
「いつつ……はぃ――――ひぃっ!?」
リンディは頭を振り、視線を上げる。顔を上げた竜胆が、飲み切れない悲鳴を漏らしていた。
(回り込まれた!? いつの間に……!)
上を見れば、両手で大岩を担いだ巨人の姿があった。リンディは魔力を込め、魔法を発動しようとし――――。
「 や め て ぇ ! 」
竜胆の魔力の乗った大声に、つい手を止めた。
リンディだけでなく、魔物も。
(止まった……魔物が!? 今のうちに)
リンディは巨兵を動かし、滑るように巨人の脇を抜け、羽ばたかせた。魔力の風に乗り、再び空へと舞い上がる。魔物たちは行軍も攻撃もやめ、ただリンディの方を見ていた。
(どういうことだ……これは。いや、今はこの好機を!)
旋回して飛びながら、リンディは70000の魔物の群れを抜け、巨兵を振り返らせた。空を飛ばせたまま、レバーに強く魔力を込める。世界という鏡の中から、存在しないもの……8つの属性が混ざり合った、混沌の空を呼び寄せた。
70000の目が天ではなく――――リンディを、見る。
(っ! あたしを、見るなッ!)
「〝 流 れ 星 〟!」
晴れた空が、黒く染まり上がる。天が燃えさかり、質量を伴った火炎が、降り注ぎ始めた。大小の隕石が、一つずつ魔物を追いかけ、その身を貫いていく。
都合70000の星は、魔物に当たればその命を奪い、大地に当たれば爆発を起こした。
巨兵の中まで、熱と振動が伝わり続ける。
(マーキングはした……うち漏らしは、ないはずだ。だが、何だ……これは)
リンディは奇妙な光景から、目が離せなかった。
こちらをじっと見ている魔物たち。
隕石が当たり、朽ちる瞬間であろうとも。
爆発に巻き込まれ、炎にまみれていこうとも。
(あの黒い瞳は、なんだ! 何を訴えている!?)
彼らは声も上げず。
ただ佇んで。
リンディたちの方を、見ている。
「すごい……やりましたよ、学園長!」
(ハッ。いけない……もう、終わった、か)
リンディは竜胆の声を耳にし、慌てて視線を走らせる。流星はすべて地上に落ち、轟音と炎は止み、動くものは何もなかった。
「哨戒して、残敵を確認する。司令部、そちらでも確かめてくれ」
『はい、リンディ様!』
リンディは巨兵を飛ばす。地上を眺めてはいるものの、その目は先ほどじっとこちらを見ていた、魔物たちの瞳を幻視していた。
「魔法って、こんなにすごいんですね……」
「あ、ああ。原初魔法と呼ばれる、太古のものだ。今は廃れて、使い手がいない」
「封印されたとか、です?」
調子の変わらない竜胆の様子に、リンディは首を振る。深くため息を吐いてから、顔を上げた。
「違う。人間の階梯は7までしか上がらないが、今の流れ星なんかは必要階梯15の魔法さ。使いたくても魔力が足りない。それだけだよ」
「えっ。じゃあなんで、学園長は……」
「あたしが大魔女だからさ。文句あるかい?」
リンディは不敵に笑って見せる。
(ま。それがこの神……〝髄白〟の力だがね。搭乗者が魔法を使う時、魔力を一気に引き上げてくれる)
しかし前の座席の竜胆の横顔は……どこか惑いを見せるようであった。
「……いえ。そういえば、〝3〟のファンディスクのこと、アタシ話してないのに――――」
『リンディ様。残敵ありません』
「わかった。すぐ戻るから、そしたら閉めてくれ。リンドウ、何か言ったかい?」
司令部からの通信が切れ、巨兵の中に、少しの静寂が訪れる。
「――――いいえ。なんでもありません」
(……つい口走っていたか。あたしも気を付けよう。それより)
疑問をひっこめ、前を向いて座り直した竜胆の茶色い頭を、リンディはじっと見つめた。
(リンドウは、いったい……)
もし、その髪が黒かったら。そんなことを、思いながら。




