02-04.異世界転移者の面倒は誰が見る?
魔法学園本棟大工房。ここが神獣契約などの重要儀式に使われるのは、万が一のための備えが多数準備されているからである。例えばそう。今リンディたちのいる隔離部屋なども、その一つであった。応接室のような内装であるが、窓はなく、扉は鋼鉄製。そこでリンディ、アプリコット、ユーラニア……そして竜胆と名乗った少女の四人が待機していた。
(この春、あたしが思い出した転生知識は……リンドウ・ユミのもの。だがそのリンドウが今、目の前にいる……ややこしい。どういうことだか、さっぱりわからない)
ソファーに座って緊張した面持ちの竜胆とリンディの間には、魔法の紐が繋がれている。互いの手首を結びつけるそれは、淡く緑の光を放っていた。種々の手配が終わってやっと一息つけたリンディは、ため息を飲み込んでじっと竜胆を見つめる。
(あたしの事情は、後にしよう。とにかく、ユーラニアの捕まえてきたリッチが、転生魔法でリンドウになったのは一応間違いない。転生というより、地球からの転移と捉えた方がよさそうだが、この辺りの整理と対応が先だな)
何か別のことを気にしている様子のアプリコット、リンディと竜胆の間で視線を行き来させているユーラニアを順に一瞥する。リンディは、膝に視線を落としている竜胆に向かって、落ち着いた声で言葉を紡いで向けた。
「先ほども伝えたが、リンドウ。工房の〝浄化〟と〝調査〟が終わったら解放できる。それまでに今後についての話をしておきたいが……あんたは先に聞いた通り、地球、というところが故郷なんだね?」
竜胆の顔が、様子を窺うように上がる。彼女はアプリコットやユーラニアを気にしながらも、リンディに対しておずおずとした様子で頷いた。
「あ、はい。地球の、日本という国です」
「そうかい。こうしたある種の召喚事故は、過去に例があるものの……送り返すことが可能かは、正直わからない。その上で聞くが」
落ち着かない黒い瞳をじっと見据え、リンディは呟くように続きを紡ぐ。
「帰りたいかい?」
「いいえ……可能なら、こちらでお世話になりたく思います」
竜胆の返答はどこか遠慮がちだが、きっぱりとしたものだった。
「……どうしてだい。しっかりしたお嬢さんだ。さぞ立派なご両親がお待ちだと思うが」
少々面食らってリンディは問い返すも、竜胆は首を振っている。彼女は胸元を手で押さえて俯き、絞り出すように返答した。
「育ててくれた人は、その、確かに。でも両親なんていませんし……それに、院長。その、育ての親みたいな人は。先日、亡くなって」
「そうかい。大変なところだったんだねぇ」
「いえ……」
現れてすぐの勢いはどこへやら、少女はそれきり押し黙る。リンディはそっと、息を吐いた。
(あたしの記憶にある通りか、ここまでは。施設の院長先生が亡くなって、施設自体も老朽化に伴って解体の方向。引き取り先は決まったが、不安で街に出た……ところまでしか、記憶がない。その後転生してきたんだと、思ったが)
つい自身の事情に意識が向き、リンディは首を振る。どれだけ考えても、答えが出そうにはなかった。
(少なくとも、この世界に転移してきたような記憶は、あたしの中にはないんだよねぇ。どういうことだか)
「先生。リンドウさんは、わたくしがご面倒を見てはだめですか?」
ずっと言い出そうとしていたのだろうか、ユーラニアがどこか気づかわしげに口を挟んできた。気になったのか姿勢を正すアプリコット、顔を上げる竜胆を見ながら、リンディは小さく頷く。
「ふむ。理由を言ってごらん、ユーラニア」
「わたくしの神獣だからです」
「「ええ!?」」
(まぁ、ユーラニアなら……そう言うだろうねぇ。責任感の強い子だ)
驚くアプリコットと竜胆を尻目に、リンディはもう一度頷いて見せた。
「転生魔法を経由した影響だろうな。確かに、ユーラニアとリンドウの間に、魔力のつながりは存在する。精査すればリンドウは、人間ではなく神獣と出る可能性もある。契約もできるだろう。でもそれだけが理由かい?」
「……わたくし、確かにリンドウさんと対話、してたと思います。わたくしがこの方を呼んでしまったに、違いないのです。お帰りになりたくないというなら、ここはわたくしが」
「ユーラニア……さん」
視線を交わす二人を見て、リンディはゆっくりと目を細める。それから、首を振った。
「そうかい。だがダメだ。あんたには預けられない」
「ど、どうして、でしょう。先生」
「材料はもうある。ヒントはまだやらん。落ち着いて、考えてみてごらん」
リンディは腕を組み、魔法の手錠が巻き付いている手を下に隠す。狼狽えるユーラニアを見守るように、薄く笑顔を浮かべた。
「あっ!」
「お黙り、アプリコット」
目を大きく開いた金の弟子を見て、銀の弟子がぽかんと口を開く。その口から、呟くように回答が滑り出した。
「ぁ……魔力が、足りないのですか?」
「それだけかい? なら半分だ」
「あ、え!? えっと。リンドウ、さんも。アプリコットが契約できなかった神獣みたいに言葉をしゃべるから……先生の〝神〟に相当する? わたくしには、それを扱うだけの魔力が、足りない?」
「正解だ。あたしの60年の研究の結果、言葉を話す神獣や魔物の階梯は最低16だとわかっている。自然界に存在し得ると言われる15を、超えるのさ。かの魔王だって、階梯15より上の魔物を扱ったりはしていなかった。今のところ」
リンディは一人掛けソファーのひじ掛けに両肘をつき、胸の前で両手を組む。
「それが可能なのは、このあたし。大魔女リンディ、ただ一人だ。もしこの、仮の魔力線を離したら。リンドウはすぐにでも、形を失くすだろうよ」
右手から下がる手錠を揺らし、リンディは三人に見せた。
「そそそそうなったらアタシは、し、し、死!?」
「リンドウ。あんたの体が神獣であるなら、死にはしない。魔力が充填されるまで、体が崩れて動けなくなるだけだ。痛覚もなくなるから、特に痛くもない。安心するといい」
「神獣でなかったら!? というかアタシ、ほんとに人間辞めてるんですか!?」
「魔力を繋いだ感じからして、神獣でまず間違いない。精密検査は後でするがね。別に不便はないよ」
「ふぉぉぉぉ……」
(人型の神獣は、ほぼ人間と変わらない。まぁ人間じゃないというのは少々ショックだろうが、それ以外は大丈夫のはずだ)
己の両手を見つめて頬を紅潮させ、妙に興奮した様子で竜胆が震えている。リンディは彼女を見つめ、僅かに視線を鋭くした。
(そう。不便はない。だが不都合が……ある。神獣は繋がってる相手から、魔力特性を強く受ける。あたしの神獣がすべて、〝不滅〟であるように。この子にも同じ特性が宿る可能性が、高い)
「あ、神獣! ゲームの神獣みたいに、アタシも何かできたりとか!?」
「魔法が効かない。魔法のような何らかの力を持つこともあるが、これはユーラニアや……魔力を繋いでるあたしの影響を受けるだろう。だがどんなものになるかは、まったくわからない」
「おおおお……いせかい。ファンタジーらしくなってきた……!」
先ほどの恐縮した様子から一転、竜胆は現れた時のような騒がしい様子を見せる。
(一定の教育は受けているようだが……アプリコットにどこか似ているねぇ。いや、アプリコットはもっと計算高い。リンドウはそれに比べると、だいぶ幼いように見える。施設を出た頃なら、年は15……いや、ここと地球の暦が同じなら、今16か。もう少し落ち着きがほしいが、出身を考えれば無理もないか――――ん?)
リンディは、何やら難しい顔をしているアプリコットに気づき、小首を傾げた。
「どうした、アプリコット」
「ゲームって、何。リンディ」
迷いながら静かに尋ねられ、リンディは心の中で悪態を吐く。
(しまった、あたしが流したことまで踏まえて、リンドウじゃなくてあたしに聞いたなこの子!)
手錠を繋いだ手にじっとりと汗を感じながら、リンディは素早く視線を走らせた。
(聡いのを褒めてやりたいが、どうする……あまりあたしの素性を話すべきではない。混乱させるし、第一に二人はともかく、リンドウはまだ信用しない方がいい。善人だが、そもそも配慮が足りなくて情報を漏らす可能性もある……まずいな)
「えっと、ゲームっていうのは――――」
口を開きかける竜胆が、目に入る。
「お黙り、リンドウ」
静かに、力強く、噛んで含めるようにリンディは言い放った。
「ひゃい!?」
びくりと跳ねて竜胆が黙った。
リンディは細く息を吐いて、肩の力を抜く。
(案の定かい。これは、口止めが先だな。それに……)
リンディはアプリコットの青い瞳を、そっと見つめた。
(本当によく、気の回る子だ。内容が聞きたいんじゃない。この目は、リンドウが危ないと言ってるんだな)
リンディは深くため息を吐く。両の手指を深く絡め、顔を上げた。
「この子の言う、ゲーム。あたしは同じ単語を魔王から聞いている……奴の目論む、破滅の運命とやらと深く関係があるとにらんだ。扱いに慎重を要するゆえ、今は伏せたいと思う。アプリコット、どうだね」
「うん、私はそれでいいと思う。ユーラニアは?」
「え、わたくし? あ、はい。リンドウさんに、ちゃんと黙っていただかなくてはなりませんが」
「ありがとう、二人とも。そういうわけだ、リンドウ」
転移者竜胆を真っ直ぐに見据え、リンディは言葉を続ける。
「まずはあたしとあんただけで、情報の共有を行う。あんたが知りたいこともあるだろうから、あたしが答えられることはその時に答える。ユーラニアやアプリコットを始め、他の者に知らせるかどうかは、その後に判断だ。いいかい?」
「ぁ……はい。でもその。どうして二人には、すぐに話してはいけないんですか?」
「良い質問だ。あたしはユーラニアとアプリコットを、深く信頼している」
竜胆の疑問にリンディは返答し、言葉を区切り、目で頷く。視線を上げると、アプリコットとユーラニアが顔を赤くして逸らし、何やらもじもじとしていた。
「だからこそ、余計な情報を与えて負担をかけたくない。二人には現状でも、やってほしい困難な課題や、気を付けてほしいことがあるんだ。リンドウのことや、その〝ゲーム〟とやらのことを全部背負わせたら、どうなる? そう、例えば」
どこかぼんやりと、しかし瞳に明確な不満らしきものを滲ませる竜胆に対し、リンディはにやりと笑って見せる。
「新しい娯楽……小説でも、音楽でもいい。あんたがどうしょうもなく嬉しくなっちまうものを夕暮れ時に見かけて、だが明日は大事な試験があるとしようじゃないか。そんなときあんたは、どう思う。リンドウ」
「嬉しく――――」
思案する様子の竜胆を、リンディは見つめてじっと待った。
(……10年も前の古いゲームが施設に寄贈され、あんたが勉強そっちのけでやろうとして怒られたのは……ちょっと前のことのはずだ。幾度も葛藤しながら無理やり勉強し、いい点とって許可をもらって、夏休み中やり込んで、宿題を溜めてまた怒られて……。ゲームは楽しかったけど、もっと院長先生と過ごしておくんだったと後悔した、その気持ち。まだ忘れちゃ、いないだろう?)
果たして、リンディの想いは届いたのか……竜胆はゆっくりと、頷いた。
「わかりました。アタシ、黙ります」
「ああ。少なくとも今は、そうしておくれ。だがそんなに肩肘張らなくていい、楽にしてほしいねぇ」
リンディが笑いかけると、竜胆の頬が苦く歪む。緊張するのもやむをえまいとは思いつつも、リンディは言葉を重ねた。
「ユーラニアは魔力が足りない。ゆえ、当面このあたしが、あんたの面倒をちゃんと見る。そこの、弟子二人と同じように、ね」
「ぁ。弟子……この二人、が」
竜胆がアプリコットとユーラニアをそっと見て、それからどこか不思議そうな目をして、リンディを見つめた。
(ああ、そりゃ不思議か。なにせ悪役令嬢とヒロインが、仲良くしてるんだからねぇ)
リンディはくつくつと、皴が刻まれるような笑い方をして、三人を眺める。
「よ、よろしくお願いします! リンディ学園長!」
「ああ。よろしく、リンドウ」
慌てて頭を下げる少女が顔を上げるのを待って、リンディは深く頷いて見せた。




