01-03.ヒロインと悪役令嬢と……悪役学園長。
「さっすが園長先生! よっ、最強の魔女!」
公爵令嬢に婚約破棄を突きつけたラカル王子を、リンディ学園長の操るゴーレムが遠くに連れ出してしばらく。調子よさそうな少女の明るい声が、正門前広場に響き渡った。
「学園長で大魔女だ。それで? アプリコット」
輪の端からやってきたブロンドの少女を見て、リンディは苦笑いを浮かべる。
「本当は何に困ってるんだい? 騒ぎの前、何か探してるようだったが……もしかして、あたしがやったリボンを失くしたことかね?」
何気なくかけた声に。
「――――――――ひゅっ」
風を呑むような音が、返った。
「アプリコット?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
リンディの問いかけは、アプリコットに劇的な変化をもたらしていた。ふわふわブロンドの陽気な彼女は、今は真っ青になってがくがくと震え、泣き崩れんばかりである。
(はぁ!? あんな端切れで、何でこの子こんな――――)
「ひ、拾いました! あなたのリボンなら、落ちてたのをわたくし!」
背後からかかった声に、リンディは振り向く。ユーラニアが制服のポケットから、丁寧にたたんであった赤い布を取り出していた。
「リボンッ!!」
そこへ押しのけんばかりの勢いで、アプリコットが迫った。彼女はユーラニアが差しだす布を、唇をわななかせながら見つめている。
「あぁぁぁ……先生にもらったやつだ! 間違いない! ありがとう!」
「きゃっ!? あ、アプリコットさん!?」
アプリコットが、ユーラニアを抱きしめた。
「本当にありがとう! ユーラニア様は私の命の恩人だよー!」
「大げさですってアプリコットさん……」
呆然としていたリンディはハッとし、ため息をついて二人に近づく。
(何がなにやら……あのリボン。確かゲームじゃ、入園の日にアプリコットがユーラニアにぶつかって、失くすやつだ。二人の諍いのきっかけにはなるが、大事なアイテムじゃないはず、なんだけどねぇ)
リンディは、ユーラニアが手にしていたリボンをそっと抜き取る。その赤い布で、素早くアプリコットの後ろ髪をまとめた。
「ぁ」「ふあっ!?」
「じっとおし、アプリコット」
リンディの見る前で、アプリコットの頬が朱に染まっていく。潤んだ瞳は柔らかに細められ、彼女は安心したかのようにほうっと息を吐いた。
「あ……園長先生」
「学園長だ。失くしたら言いな。あんたの綺麗な髪を括るものがないことの方が、問題だよ」
「はい、先生……」
リボンを結び終えたリンディは、ユーラニアの背後に回る。令嬢の青いリボンのゆるみを直し、髪を整えた。
「ぁ……先生」
「ん。使用人もいない寮暮らしだから、慣れないだろうが。あんたもしっかりおし」
一歩下がったリンディは、二人をじっと見つめた。
「すてき――――」「ほんとだよね、私もさ――――」
何やら二人して、気恥ずかしげな様子でささやきあい、ひしと抱き合っている。
その様子を見た、リンディは。
(これだ)
彼女たちの姿に――過去の自分達を、見た。
(なんで気づかなかったんだ。あいつとだって、男なんて取り合ってないで……最初から手を、取り合って、いれば。お互い何もかも失わずに、済んだんだ)
リンディが振り返るのは、60年前の自分たちのこと。悪役令嬢リンディと――ヒロインだった少女の。
(そうだ……あたしは、もう間違えない。アプリコットが攻略対象の誰かとくっつくと……ゲーム通りなら、シリカ王国がここを攻めてくるのは確定だ。ならゲームにゃないが、友情エンド的なものにあたしが導いてやれば……きっと)
リンディは満足げに数度頷き、二人に再び歩み寄る。
「先生のこと、大事なんですね――――」「うん、大事な人。私を救ってくれた――――」
「内緒話かい? 仲がいいね」
「ひゃ!?」「先生ぇ!?」
ユーラニアとアプリコットが慌てて身を離した。リンディはくつくつと笑う。
「邪魔して悪いね…………あんたたちは、このあたしの、希望だ」
「「はい?」」
(そうだ、あたしの手でこの子たちを導こう。いっそくっつけちまえば、いろいろと楽でいい)
リンディは優しく目を細め、二人を眺めた。
「ちょいと二人とも、このあたしを手伝っておくれ。……学園の未来のためにも、ね」
「「――――はい、先生」」
(んん……? やけに素直だねぇ……)
見返す二人の視線の妖しさに、首を傾げながら。
…………その時。始業前を示す鐘が鳴り響いた。見れば広場には、もう人もまばらである。
「ぁ」「いけない!」
(っと……この騒ぎの後にこの子らを教室に放り込むのも、あんまりだね)
リンディは駆けだすアプリコットの背後に回ってその首根っこを掴み、同時に慌てるユーラニアの肩を叩く。
「待ちな」
「ひゃい!?」「園長先生なんでぇ!?」
「学園長だ。クラスになじむためにも、行かせてやりたいところだが――――」
二人を落ち着かせ、リンディは腕を組む。人差し指を立て、振り向く二人を見つめた。
「今行くとお前たち、針のムシロじゃぁないかい? 特にぼっちのアプリコット。寮でも友達できてないんだろう?」
「でーきーまーしーたー! ね?」
「ぁ……はい」
アプリコットがまた、馴れ馴れしくユーラニアに抱き着いている。令嬢もまんざらではなさそうだが、リンディは大きくため息を吐いた。
「忘れたのかい? 仮のクラス分けは国家や身分別だ。会えやしないよ」
「神に見捨てられたぁ!? 終わりだ、私の人生……」
(この子もわからないねぇ。自分で友達付き合い断っておきながら……ユーラニアは別ってことかね? そりゃあたしにゃ都合がいい)
リンディは肩を竦め、二人の前に立った。肩口から背後に視線を送り、柔らかくほほ笑む。
「ついといで。どうせ明日にゃ、魔力測定してクラス分けだ。それまであたしが面倒見るよ」
「やったぁ! さすがリンディ先生!」
「ぇ、でも……お忙しいのでは。それにいったい、何を」
対称的な反応をする二人に、リンディは思わずくつくつと笑いを漏らした。
「女三人そろってるなら、あと必要なのは香り高いお茶と、ちょっとした茶菓子だろう?」
顔を見合わせてる二人から視線を外し、リンディは校舎に向けて歩き出す。
「ちょいと秘密のお茶会とでも、洒落込もうじゃないか」
お読みいただき、ありがとうございます。ここより長編開始です。
1日1話ペースで提供してまいります。
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