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02-03.〝リンドウ〟

『知っての通り、あたしは長話が嫌いだ。なので要点だけかいつまんで言うが――――神獣契約は失敗することが、ある』


 学園本棟にある、大魔法工房。大きな柱が立ち並び、しかし装飾は少なく、どこか荘厳な神殿を思わせる内装だ。

 学園祭が終わってしばらくの秋の日。1学年の生徒と、その指導教師たち。さらに補助として授業担当教師の多くが、この場に集められていた。

 魔法学園に入学した生徒たちにとっての、一大イベント。神獣契約が今日、執り行われる。


『事前の説明通り、我々が転生魔法を用い、諸君らの捕えた魔物を神獣にする。その後の契約魔法の行使は各人が行うが――――神獣との契約失敗は、ほぼそのまま戦闘への突入を意味する。残念ながら、〝次〟の魔物を探すことになるだろう。しかし、安心するといい』


 リンディは拡声器から言葉を届けつつ、工房に散らばる生徒たちを眺める。


(不安、緊張、自信満々……顔色はだいたい均等、か。例年通りだな。あいつらは……ちょっと特殊だが)


 ラカルは自信があるというより、非常に静かで自然な空気を纏っている。隣のウォルタードは余裕綽々で、どこかそわそわしているようにも見えた。ユーラニアは――――なぜか怒り顔である。そしてアプリコットは、へらへらしていた。


(……………………あの二人。あれは〝ダメだ〟って自覚してる顔だね? 魔物と喧嘩でもしたか。ま、想定範囲内だ。四重属性者が、高レベルモンスターを捕まえて契約なんて、学園始まって以来だしねぇ)


 かつてリンディは、転生と契約の魔法を組み合わせた新たな魔法体系〝神獣魔法〟を作り上げた。そんな稀代の大魔女は自分のことを棚に上げて、弟子たちから視線を逸らす。改めて広間を見渡し、生徒たちの動揺が収まるのを待った。風が差し込むように沈黙が降りた瞬間を狙って、彼女は再び言葉を紡ぐ。


『1学年後期は、すべて神獣契約のために時間を充てている。このカリキュラムになってから、1年次で契約できなかった生徒は、0だ。一度契約に失敗した生徒は、後に信じられない伸びを見せることが非常に多い……これもまた、一つの才能だろう』


 不安げな生徒の幾人かは、顔を上げた。緊張した様子の生徒たちには、拳を握り締める者もいた。自信に満ちた顔の生徒たちの多くは、静かに頷いた。


『かねてよりあたしは言っているが、才能とは御しがたいものだ。我々教師は、諸君らの才能にどこまでも寄り添う。どうか、信じてほしい』


 それを見届けて、学園長は穏やかにほほ笑む。


『ではこれより――――神獣契約を始める』



 ☆ ☆ ☆



「あ”ぁ”ー! 僕の神獣がカワイイ! 可愛すぎる! ねぇ見てよ学園長!」

「見ているとも、ウォルタード。愛でるのはいいが、飲まれるなよ。神獣に魅入られると、ロクなことにならない。プリムラムの指導を、よく受けるように」

「はい! いぃやぁー! 学園来てよかったー!」


 ウォルタード皇子の捕えた巨大なカマキリは、肩に乗るサイズのイタチに変じた。早くもなじんでいるようで、彼の神獣は主人の影を出たり入ったりし、遊んでいる。


(ふふ。嬉しいことを言ってくれる。ラカルも……今年は他の生徒も、問題なかった。二重属性者もいたが、皆がよく指導してくれたようだ)


 レッサードラゴンから変じた赤いトカゲを首に巻き、ラカルがウォルタードを鬱陶しそうに眺めていた。リンディは肩を竦め、忠告を飛ばす。


「実体化させておくと、魔力の消耗が早い。二人とも。気を失う前に、影に入れておくように」

「「はい!」」


 意外に喜んで浮ついているのか、ウォルタードだけでなくラカルからも気前の良い返事が届いた。彼らを見送ったリンディは。


「さて。じゃあ、あたしの問題児どもの出番だね」


 1学年、最後に控えた二人に目を向けた。アプリコットと、ユーラニアだ。


「やる前から問題児扱いはひどくない? 園長」

「学園長だ。アプリコット・スリーセブン。前へ」

「はいっ」


 見学に残っている生徒たち、緊張した様子の教師たちの視線を受けながら、アプリコットが壇上に上がる。リンディが指を鳴らすと、祭壇の上に巨大な獣が現れた。老人のような顔、ライオンの体、こうもりのような翼、蛇のように蠢くしっぽ――――階梯(レベル)12に位置づけられる魔物、マンティコアである。拘束の魔法がかかっているものの、魔物は大人しく体を巻くように寝そべっていた。


(魔物が恭順している……対話ができている証拠だ。にしては、アプリコットが妙に浮ついてて、おかしい。まぁ何をやりとりしたのかは、転生させてみればはっきりするか)


 リンディは左手を掲げる。細くゆっくりと息をしながら、周りを、世界を、じっくりと見つめた。その中に見えるひずみを、現実に引きずり出す。


「いくよ、アプリコット。準備をおし」

「いつでもどうぞ!」


 アプリコットを見つめる巨獣が、ゆっくりと黒い影に飲まれていく。抵抗もなく中に納まった獣は、徐々にその体積を小さくしていった。


(順調だ。アプリコットとの間にある、魔力のラインも切れていない…………ん? もう止まったな。転生が済んだ? この大きさで?)


 影の大きさが、大型の猛獣くらいまで縮んでぴたりと止まる。通常、魔物から神獣に転生する過程で階梯(レベル)が1まで戻るため、小動物程度のサイズまで縮まるのだ。リンディは警戒しつつ、蠢く影を見つめる。


「……………………定着した。アプリコット、名前を与えて形を整え、契約を」

「はい! 〝砂場(サンドボックス)〟! 出ておいで!」


 リンディはアプリコットの叫びと同時に、彼女の魔力が震えるのを感じた。無言の対話を通じ、意思を伝えているのだと理解し……緊張に、拳を握り締める。


(さぁ、何が出る)


 影が、晴れる。

 後に残ったのは。

 メスのライオンのような、砂色の獣だった。




「契約を拒否するわ。仔猫ちゃん」




(喋った!? 人語を解するなんて、階梯(レベル)15を超える! 神の領域だぞ!?)

「待って、学園長さん。対話を拒むわけでは、ないのよ」


 流暢な獣の声に、リンディは思わず呼び出そうとしていた神獣たちへの指示を中断する。彼女はあわあわするアプリコット、緊張を走らせる教師たちを視線で一撫でし、姿勢を正して神獣を見据えた。


「こちらにも対話の用意がある。もてなしが必要かね? レディ」

「いいえ、今日は結構よ。私の用件はたった一言。この子の魔力では――――まだ私を扱えない」

(確かに。神か大神クラスの存在だ。このままではアプリコットがもたないな)


 リンディはアプリコットに歩み寄り、その背に手を添える。魔力を注ぎながら、再び神獣に視線を戻した。


「わかった。仕切り直しと行こう。狭いところで申し訳ないが、くつろいでいてくれ」

「あら。あなたの作る魔法の中は、十分快適よ? それじゃあ、またね。仔猫ちゃん」

砂場サンドボックス!」


 アプリコットの呼びかけに、獣は器用に笑顔らしきものを見せる。彼女はゆっくりと、影の中に飲み込まれた。


「契約は失敗……だが交渉は続行だ。鍛え直しだな、アプリコット」


 アプリコットはリンディの言葉には応えず、口元を強く引き結び、両の拳を握り締めている。壇上を駆け下り、彼女は広間の隅に駆けていった。


(珍しく、悔しさを露わにしたねぇ……良い兆候だ。長くなるかもしれない。ゆっくり、付き合ってやろう)


 リンディは少しのため息を漏らし、壇上から最後の一人に視線を向ける。


「ユーラニア・スタークラスター。前へ」

「はい……!」


 ゆっくりと一歩一歩、公爵令嬢がリンディの元へ向かって来た。


(……アプリコットより、問題はこっちだ。魔物はさらに上の階梯(レベル)、13のリッチ。しかもリッチは死んだ魔法使いを素材に作られる魔物で、あたしは転生させたことがない。そもそも魔王が作った魔物だから大戦後に狩り尽くされていて、遭遇が稀だからな……神獣にした者など、誰もいない。その上で、四重属性持ちの魔女が契約候補。影響を受けてどうなるか、予想もつかない)


 リンディはため息を呑み、胸を張る。堂々と銀の弟子を出迎え、その赤い瞳を真っ直ぐに見つめた。


「対話はできてるんだね?」

「はい。一度もわたくしを見てくれませんでしたが」

(で、これだ。対話はできているのに、対話相手を魔物が注視しない……この時点でおかしい。だが調べてもわからなかったし、まずやってみるしかないだろう。ひどい事故につながる兆候は、まったくないしな。予防措置も、十分とっている)


 リンディは首を回し、教師たちを見る。皆頷き、僅かな緊張を見せていた。


「では始める」


 覚悟を決め、指を鳴らす。一同が見守る中、リンディの操る影から人型――――人骨の魔物が現れた。


(…………ん? よく見ると、魔力線がおかしいような……)

「先生、わたくしはいつでもいけます!」

「わかった」


 弟子の気迫に押され、リンディは魔力を込める。人骨に、徐々に影がとりついていった。




『カ、カカ。サ、サマヨエルタマシイニ、シュクフクヲ』




 その空洞の目が、ユーラニアではなく、リンディの方を向いている。呆気に取られているうちに……その身はすべて、闇に飲み込まれた。


(はっ!? どういうことだ! 今の声はなんだ! 彷徨える魂とは――――)

「あなたの教えてくださった名前、今こそ呼んで差し上げます!」


 ユーラニアが、両の手を影に向かって掲げている。リンディは彼女の手の先から出る魔力が――――骨の近くだが、微妙に違うところに繋がっているのに、気づいた。


(何か、浮いてる!? まさか、魂とは……ユーラニアが対話してたのは、リッチじゃないのか! そもそも、魔物に名前を教わっただと!? 聞いてないぞ、ユーラニア!)


 いくつもの情報に戸惑い、リンディはとにかくいくつかの魔法と神獣三体を準備し、事態を固唾を飲んで見守る。





「おいでなさい! 〝竜胆(リンドウ)優美(ユミ)〟!」





「――――え、まっ……!」


 リンディが上げた声は、影から吹き荒れた膨大な魔力の奔流に、飲み込まれる。それは光すら放ち、広間を眩く照らした。多くの者が、思わず目を瞑る。



「…………ここ、は」



 小さな呟きを聞き、リンディは目を開く。まだ光は収まり切っていなかったが、その中心には学園制服にどこか似た服装の、少女がいた。黒い瞳、茶色の髪。顔立ちは……リンディの知る、誰かに似ている。


(〝リンドウ・ユミ〟? それはあたしの、転生前の、名前で。あの姿は確かに、記憶にある……)


 立ち尽くす少女を、リンディは呆然と見つめる。転生前の自分であるはずの人物が、なぜか目の前にいる現実を飲み込めなかった。


「リンディ、先生。これ、成功? なんでしょうか」

「ユーラニア……いや、まだ契約は」



「ユーラニア! え、Eternal(エターナル)Tricrol(トリコロール)〝2〟!?」



 少女が目を輝かせ、周囲を見渡す。


「ラカル王子、ウォルタード皇子! アプリコット……それに」


 彼女はするりと歩み寄り、リンディの目の前に立つと、その手を取って握り締めた。


「あぁぁぁぁぁ……! リンディ学園長、本当に若い! 手がすべすべ! ゲームの立ち絵はバグとかじゃなくて、本当だったんだ!」


 名前を呼ばれ――――リンディは我に返る。


「あ、ああ。学園長のリンディだ」


 そして少女の手を握り、がっちりと掴んだ。


(――――――――まずい)




「隔壁を降ろしな! 召喚事故、B警戒! 状況開始!」

「「「はい!」」」




 幾人かの教師が返答し、あわただしく動き出す。工房の窓、出入り口が閉まり、頑丈そうなシャッターが降りて塞がれた。


「残った生徒はその場待機! 教師どもは〝浄化〟をありったけかけて回んな! どんな病原菌がばらまかれたか、わからないよ!」

「あ、え? 病気? アタシ、ですか……? ひゃ!」


 リンディは少女の手を改めて握り、互いの手首に魔法の手錠をつける。


「遠い異世界からようこそ? お嬢さん。あんたにとっては無害でも、この世界じゃ克服されてない病気の原因を、持ってる可能性があるんだ。随分昔に、それで酷いことになった事件があってねぇ」

「あ、はぁ」

「勝手に呼んどいて不便をかけるが……協力、してくれるね? リンドウ」

「は、はぃ」


 間近でリンディが少女の瞳を覗き込むと、彼女がゆっくりと頬を赤らめた。


「……………………推しに拘束…………いい…………」

(――――今何か、妙なこと呟かなかったかい? この子)


 事件続きで口から出そうになる愚痴を飲み込み、リンディはその後も忙しく指示を飛ばすのだった。


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悪役学園長〜婚約破棄から60年、せめて皇子の孫に応報を〜(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~3話までに相当します。
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