02-01.婚約破棄に向けて。
「ナイト帝国エンタス公爵令嬢、ユーラニア・スタークラスター」
「伺いましょう。シリカ王国第四王子、ラカル・シリカ」
時は初秋、ところは魔法学園ジェンティアンブルー学園長室。そこには休養日だというのに、生徒と教師たちが集まっていた。
当事者の公爵令嬢ユーラニアと、ラカル王子。彼らの友人の、アプリコットとウォルタード皇子。教師は王子らの指導担当のプリムラムと、ラカルと関係のあるペリー。そして教頭のアンジーと――――学園長にしてこの部屋の主である、リンディ。
「国の未来を思えば、エンタス公爵家との縁は有意義だ。だが俺は、お前とは手を取り合えない」
「気が合いますね? 王子。では共に、婚約破棄を目指すということで」
差向う二人が、固く握手を交わしている。リンディはそんな二人を、目を細めて見つめた。
(前世の記憶を思い出したあの日から、半年近く。ある意味、感慨深い瞬間だ……この二人が、道はわかれども手を取り合う日が来るとは)
「ああ。これからは友として」
「ライバルとして。よろしくお願いいたします」
手を握る二人は……お互いから視線を外し、リンディのことをじっと見ている。
(しかし、ライバルっていうほど張り合ってたか……? というか、なぜあたしを見る)
リンディは短くため息を吐き、椅子から立ち上がった。黒檀の執務机を周り込み、二人を交互に見る。
「先日の騒ぎを含め、あんたたちの婚約破棄の噂は封じてある。まだ国元には伝わっていない。友人としての付き合いが見て取れるようになって、むしろ以前の不仲説が払拭されているようだ。学園はあと6年在籍できるから、その間に周りの説得を進めるんだね。あたしも手を貸そう」
「ありがとうございます、先生」
「よろしく頼む、リンディ先生」
(元気で結構。しかしラカル、暗示がとれたからか変な敬語はなくなったな。不遜さはないが、自信はあるようだ。少しは成長しているのかねぇ)
生徒たちの様子に、リンディは笑みを深めた。
「それにしても、律儀だねぇ。学園のルールを破らず、きちんと婚約破棄の話をしたい、とは」
魔法学園には「政治の揉め事禁止」というルールがある。貴族の結婚話を始め、政治に抵触する話題で起こった揉め事については、学園が厳しく介入することになっていた。ユーラニアとラカルは国を跨いだ婚約関係にあるが、幾度か婚約破棄騒ぎを起こしている。一度はラカルが罰を受け、二度目は「操られた結果である」ためある程度放免されていた。
今回の会合は休養日、学園長室で外に漏れないように〝防音〟の魔法付き、主要関係者を集めて口外禁止を図るという二人の提案を受け、リンディが許可している。
「俺一人では、祖父を翻意させることが困難だ。全面的にエンタス公爵に頼る結果になるから、ユーラニアに協力を申し出たかった」
「わたくしとしても、出来ることは少ないです。なのでせめて、当事者同士の足並みをそろえられれば、と」
「いい考えだ。力を尽くし、周りに頼るといい」
「「はい」」
リンディはしっかりと二人に頷いて見せてから、今度は禿頭の教師に視線を移した。
「ペリー。細かい橋渡しを頼む。エンタス公とは顔見知り、シリカにも縁があるそうだしな。期待している」
「お任せください。ラカルくんに働いた狼藉の分、しかと償わせていただきます」
魔王の残滓に憑りつかれ、騒ぎを起こしたペリーは、畏まった様子で頭を下げる。リンディは苦笑いで流したが、ラカルが恐縮した様子で手を振っていた。
「ペリー先生……暗示のおかげで成績も上がったのだから、そこまで気にしなくても」
「ラカルくん。これはけじめというやつです。あと、暗示は君を少し盲目的にしただけで、成績が上がったのは君が努力したからですよ」
(結局。あの暗示は魔王がペリーに教えたもので……洗脳された数人以外に影響はなかった。魔王が講じた手段ってとこだけが、気持ち悪いが。今のところは何もない)
操られた筆頭のラカルは穏やかな表情で、ペリーに頭を下げていてる。後遺症などは見られない。
「ありがとうございます。引き続き、ご指導お願いします」
(……良い師弟になりそうだ。新任のプリムラムにも、いい刺激だろう)
リンディはぐるりと一同を見渡す。教師も生徒も、穏やかな顔をしていた。ただ、一人を除いて。
(さて。次の話か。気は重いが、止むをえまい。乙女ゲームは終わったかもしれないが)
彼女に向かって頷き、リンディは瞳を鋭く一同を見渡した。
(この学園を狙う者がいるのなら――――あたしの仕事は、終わらない)
決意を胸に秘め、リンディは重々しく厳かに、再び口を開く。
「よし。ではこの話はここまで。明日からは神獣契約を進め、今年度後期の授業はそれで手一杯となる。途中、親族らの参観期間があることを除けば、前期ほどの動きはない。ゆえに学業に集中してほしいと言いたいところだが……一つ、情報の共有をしておこう。アンジー」
「ああ」
壁に寄り掛かっていた老教頭が進み出る。皆が注目する中、彼女はゆっくりと口を告げた。
「ペリー。故郷のシリカに帰っていたお前の妻と、娘。救出しておいた」
「救出!? アンジー教頭! つ、妻と娘は……アーリィとエルは!」
「無事だ。所属不明の武装勢力が占拠していたシリカの山奥で、見つけた。連れ出して、今は街に住まわせている」
立ち上がりかけたペリーが、力を失って椅子に座り、両手で顔を覆っている。ラカルが心配そうに、その肩を撫でていた。
(魔王がエルを引き合いに出したからと、すぐ手を回し始めてよかった……危うく、10年もの苦難に耐えた教え子に、さらなる絶望を与えてしまうところだったよ)
リンディは眉尻を下げ、そっとペリーを見つめる。手のひらの合間から除く彼のとび色の瞳は、なんとも言えない歪みを見せていた。魔王への憎悪か、はたまた後悔や煩悶か、区別の難しい光を宿していた。
彼が落ち着くのを待つ間、リンディは他の者の様子を窺う。アンジーはどこかほっとした表情。プリムラムは口を開いては言葉を飲み込んでおり、なんと声をかけていいかと迷っている様子だ。ユーラニアは気づかわしげに眉尻を下げ、ウォルタードは難しい顔をしている。アプリコットは、きょとんとした顔を――――。
(うん? なんだろう、あの反応は。ちょっと気になるね……。神獣契約について、アプリコットには事前に話をしておきたかったし。夜にでも聞いておくか。添い寝権を獲得したとか、さっき喜んでいたしな)
ペリーが小さく息を吐いたのを耳にし、リンディはアプリコットから視線を外す。
「先日の顛末として、あんたたちには魔王について情報を共有したが……その絡みで、知っておいてほしい。魔王はペリーの娘、エル・エリンジウムの命を狙っている。これまでは魔王がペリーに憑りついていたから、生かしておいたのだろうが……これからはわからない。奴の魔の手を警戒し、彼女と母親のアーリィ・エリンジウムは学園で匿う」
「え、でも魔王はこないだ園長が倒したって!?」
(そこは突っ込むのかよアプリコット)
リンディは思わず苦笑いを浮かべた。肩を竦め、続きを口にする。
「学園長だ。あたしは……あれで終わりじゃない、と見ている。下手すりゃ魔貴族の数……魔族の数だけ、魔王に憑りつかれた奴らがいるかもしれない。ペリー、この点について見解を聞きたい」
リンディが声をかけると、禿頭の教師は深く息を吐き、姿勢を正した。つぶらな瞳には、強く意思が宿っているのが窺える。
「言うほど彼女の契約魔法……〝憑依〟は、万能ではありません。同時に何人にも憑りつけるような代物では、ないはずです。なのでワタシも、ワタシ以外に乗っ取られている者はいない、と考えていました」
「では、魔王の遺志に従う者は、もういないと?」
学園長の疑問に、ペリーは首を振って答えた。
「それについてはわかりません。ワタシ自身は、魔王の版図の拡大は行っていませんが……元からの勢力や別口などの把握はできておらず、不明です」
(憑依対象に自身の情報を漏らさなかったわけか、魔王は。60年前も潜伏活動が多かったし、相変わらずだねぇ)
仇敵の遠い過去の所業を思いつつ、リンディは小さなため息を飲み込む。情報は手に入らず、懸念だけが増えた形だ。
「では質問を変えよう。奴は契約魔法で、あんたを縛っていた。しかし契約には、生存していると言えるだけの生命と意思、そして魔力が要る。死んだはずのあいつが、契約魔法を実行できていた理由は?」
リンディは部屋をうろつきながら、問いを重ねる。
「魂のまま生存する……そういった方法が別途ある、と考えられます。魔物にもゴーストなど、霊と呼ぶほかない存在がいますし」
「仮に転生魔法等を用いて、霊体になった魔王がいるとして。それはあんたについていた一体だけか?」
魔王が複数いる疑惑。話がそこに戻ると、ペリーは椅子に座ったまま両ひざに両肘をつき、手を組んで眉根を寄せた。
「分霊、ですか……その分野は、複数の神獣と契約するあなたの方が、お詳しいかと。学園長」
「確かに、神獣の合体や分離は、魂の合成と分割に他ならない。転生魔法の一種だし……魔物を作ったり従えたりしていた魔王が使えない、とするのは楽観視が過ぎる」
リンディは立ち止まり、腕を組む。それから、鋭く告げた。
「人間の魂を多分割すれば、同一性が失われて消滅する。魔法の知見から、あたしは魔王の霊は十体未満だと断言するが、同時に一体以上まだ現存していると警鐘を鳴らしたい」
一呼吸置きリンディは、一同を見渡す。皆力強く頷くか、固い意思を感じさせる目でリンディを見ていた。リンディは頷き返し、僅かに肩の力を抜く。
「まぁ学園にいる間はそう気にすることもないが……少し先の親族参観期間は、外部の者も来るしな。この件に関して、あんたたちに個別にやってもらいたいことは、また別途話す」
「やってもらいたいこと? 俺たちにもできることがあるのか? 先生」
疑問の声を上げるラカルに対し、リンディはつい惑うような視線を向ける。
「ある程度な。だがまず覚えてほしいのは、接触要注意者。すなわち、魔王の憑依対象または、協力者の可能性が高い者だ。あんたの祖父、バルガス王は……その筆頭になる」
「っ、祖父が」
息を呑む生徒に対し、学園長は頷いて見せた。
「あいつは60年前、魔王の呪いを受けてる。呪いってもまぁ、契約魔法の一種だ。アンジーが解呪したが……」
「つまり、一度は契約に頷いているってことだ。わたしとしては、二度三度あるものと睨んでる。身内を疑うのはしんどいが……ラカル」
教頭とリンディが見つめる中、赤毛の少年は口元を引き結ぶ。彼は力強く、二人を見返してきた。
「いや、大丈夫だ。アンジー教頭。即刻敵とみなすわけではないが、祖父は味方ではない。それは元より、よくわかっている」
(いつだったかは、あの爺に期待されてないと察して落ち込んでいたろうに……何がこの子をそこまで変えたんだか。こいつを魅了したっていう、どっかの胸のでかい女のせいかねぇ?)
リンディは内心首を傾げながらも、覚悟の決まった少年に感心し、深く頷いて見せる。彼の友たる生徒たちもどこかほっとした様子で、リンディも思わず頬を緩めた。
「ウォルタードやユーラニアにも、注意してほしい人物がいる。アプリコットは逆に、誰に狙われるか不透明だから一人で行動するな。ペリー、プリムラム。アンジーを交えて、憑依被害者の発見方法について議論を重ねたい。情報共有は追って行う。質問は?」
「はいはい! 魔王っぽい人みかけたら、どうすればいいの?」
「良い質問だ、アプリコット。何もせず、あたしかアンジーに知らせろ。調べず、追わず、悟られるな。おびただしい数の人間に、人類を裏切らせた女が相手だ。情報戦で敵うと思うな。すべてが相手の術中だと理解しろ。ほかには?」
各々が視線を交わし、最後にリンディを見る。学園長は不敵な笑みを浮かべ、頷いた。
「よし。ではせっかくだ、もてなしてやろう。おやつとランチなら、どちらがいい?」
「「両方で!」」
(元気のいい弟子どもめ。しかし、さっきのアプリコットの反応)
アプリコットとユーラニアに微笑みかけ、リンディはついっと宙を撫で、大量の食事と菓子を呼び寄せる。
(何もないといいがな)
ひと際喜ぶ一番弟子を密かに見つめ、リンディは胸の内にため息を零した。




