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01-25.始原の大神。

 リンディの目の前で。ペリーを乗っ取り――――魔王が姿を、現した。


「リンディ・グラネートォ。やっと会えたねぇ」

「お前に名前を憶えられるなんて、虫唾が走るね……!」

「その威勢のよさ、愛おしいねぇ。けど、動けないだろう? アンタ、完全に拘束すると自爆するが、その魔法なら問題ない」


 リンディは女の声を聴きつつ、視線を走らせ、体の動きを確認する。


(ペリーが最後に発動した魔法、か。うまく魔力が練れない……体の動きも、遅い。厄介だ)


 視線を逸らし、リンディは後方に意識を向けた。


(打開手段はあるが、ペリーを取り戻す方法がわからない。解析が必要だ……短気なコイツを煽って、時間を稼ぐか。…………頼んだよ)


 リンディは視線を上げ、にやにやとしている女を睨みつける。


「鈍足化の魔法、か。あたしを動けなくして、どうするつもりだい? 魔王」

「くく。ここに釘付けにして、アンタの大事なものを全部壊す」


 その言葉を聞いた途端。リンディの黒い目が淀み、鈍く輝いた。


「かひゅっ――――」


 魔王がたじろぎ、二歩、三歩と下がる。


「……かはっ! おっかねぇ……殺気か? 相変わらずアンタ、人間辞めてる。年もとらねぇ。殺しても死なねぇ。アタシよりよっぽど化け物だな? だが無敵じゃねぇのはわかって――――」

「あたしが強いんじゃねぇ。あんたが小物で弱いだけだ」


「――――ぁん?」


 魔王が顔を歪め、睨む。リンディは平然と受け止め、不敵な笑みを返した。


「60年前は魔物で攻めこみゃいいものを、結局混乱をもたらしただけ。今回だって、どれもこれも微妙な手だ」

「ハンッ、これだから脳筋は! ゲームのシナリオってもんがあんだよ! 言ってもわからねぇだろうがな!」

(こいつ、やはり乙女ゲームを知ってる! 転生者……?)


 リンディは内心の動揺を悟られないように、腹の底にぐっと力を込めた。


「ゲームだぁ? 筋書き通りにやりゃあ、あんたの思い通りにでも行くっていうのかい?」

「いくとも。〝3〟のシナリオに乗せた上で……こいつの娘を、殺す」


 魔王が自分の胸元を、親指でさしている。リンディはまたも、苦労して表情を抑え込んだ。


(〝3〟のヒロイン、エル・エリンジウムはペリーの娘か!)

「〝1〟のヒロインの能力は、対策できた。〝2〟のアプリコットはまだひよっこだ。これで破滅の未来は、回避される! ようやく!」


 叫ぶ魔王の瞳の奥に、ペリーの絶望が見えるようで――――リンディは奥歯を、噛みしめる。


「破滅かなんだか知らねぇが……なら大人しくしてりゃいいのによ」



「アンタに何が分かる」



 リンディが煽ると、魔王は目をぎょろりとさせて睨み、瞳に涙を滲ませた。


「わからねぇよなぁ! 推しが死んじまう気持ちなんてよ! こっちはそのためなら何年だって! 何だってやれるのよ!」

(推し? この口ぶりだと、〝3〟の誰かってことか?)


 怪訝な顔をしつつ、リンディは頭の中をさらう。幾人か候補はいるものの、特定が難しかった。


「そうさ。アンタはどれだけ言っても、アタシの気持ちをわかってくれない……ああ、そう。さっさとアタシに体を譲ると契約すれば、アンタの大事な生徒たち。少しは助かるかもしれないよ?」

「お前の推しとやら以外、誰も助ける気なんてねぇんだろう? 腹の底が見え透いた言葉を吐くなよ。薄っぺらい年の取り方しやがって」

「この、人の気も知らないで……! チッ、ならよぉ」


 魔王がしびれを切らしたようで、リンディに近寄ってくる。その足取りは余裕たっぷりで、顔には嗜虐的な笑みが張り付いていた。


(まだか……まだかかるか?)

「すこぉしずつ、可愛がってやる」

「相変わらず、いやがらせだけが取り柄だな? 魔王」

「こいつッ!」


 魔王が手を振り上げる。

 その時。


「――――――――」


 リンディの耳に、囁きが飛び込んだ。



「あばよ、魔王」



「ぎゃんっ!?」


 魔王が悲鳴を上げ、のたうち回る。リンディは――――。


(よし、成功だ。リスポーン地点が近くて助かった)


 10歩ほど後方に()()()()


「自殺手段くらい、用意してるさ。ちょいと魔力を暴走させれば、ご覧の通りだ」

「ちくしょう、また死にやがった! 狂人め、いかれてやがる! ああぁ! 血がとれねぇ!」

(……体も動く。魔力も戻った。死ぬほど痛かったこと以外、支障はないな)


 リンディの肩口に一瞬、羽の生えた目玉が浮かぶ。それはすぐにさらりと、姿を消した。


(あたしの魔力視を経由して、アンジーが解析してくれた……ギリギリだったが、おかげですべてはっきりしたよ)


 遥か彼方後方に待機しているアンジーの姿をちらりと見て、リンディは目元を拭っている魔王に歩み寄る。


「あんたのその状態が、よくわからなかった」


 這いつくばる魔王を、リンディは見下ろした。


「ペリーをどう乗っ取っているのか。未知の手段なのか。あるいは契約魔法なのか。ペリーは生きているのか。意思はあるのか」

「助かるわけねぇだろ! こいつはもう!」


 涙目で睨み上げる魔王に対し、リンディは思わず深く刻んだ笑みを見せる。


「いいや? あんたは、契約魔法であたしの体に入れることを示唆した。ペリーも同じ手段で乗っ取ってる。そして契約は、合意した双方が生きていないと成立しない。ペリーが死体だったり、意思がなくなっていたら契約無効だ。乗っ取りを続けていたら違反扱いになる」

「ごちゃごちゃと屁理屈をっ!」

「旗色が悪いのかい? 反論になってないねぇ。さて、じゃあその契約。はぎ取ってやろう」


 リンディは指をぱちん、と鳴らした。すると魔王は、慄き、焦るように喚く。


「やめろ、神獣を使うな!? 契約を無理やり切れば、アタシはこいつの娘に行くんだぞ! いいのか!?」

(まぁその通りだ。契約を切れば、そうなる)


 魔王を注視しつつ、リンディは影から出てきた神獣たちを背後に従えた。


「第一、人間の魔力じゃアタシの契約は切れねぇ! この禿とは、合意をとって契約してるんだ!」

「そうだな、契約自体に穴はない。それを無効化したり、無理やり破る手段もない」

「そうだよなぁ! 無駄な抵抗はやめろ、リンディ! 神獣じゃ高レベルの魔物には敵わない! ひっこめろ!」


 魔王がやっと立ち上がり、腕を大きく振る。彼女の背後の森から、種々の巨獣たちが姿を現した。赤い光の陣がそこかしこに見え、何十、何百という上級モンスターが次々と這い出てくる。


(転移か。階梯(レベル)10以上がぞろぞろいる。神獣で打破するのは難しい。魔法でも、数が多すぎる……か)


 リンディは――――不敵な笑みを、浮かべた。




「契約は破れない。だが、魔法を破る手段は、ある」




「え?」

「母と子と、精霊よ」


 魔女の聖句が、静かに流れる。




「 三 位 一 体(さんみいったい) 」




 大きく吠えたドラゴン、魔狼、ゴーレムが、その身を一つにしていく。


「三身合体!? 〝神〟か! よせ、魔物にはどのみち勝てない! 力を使うんじゃない!」

(……三位一体を知ってる? 60年前は見せなかったはずだが……ペリーに憑りついてたから、それで知ったか?)


 神獣は影となり、リンディの肩口に凝集した。


「そうだな、倒すのは無理だ」

「そらみろ、だから無茶しないで大人しく――――」

「だが喜べ。こいつはお前を倒すために作った、三柱のうちの一つ。さぁ、祈るがいい」


 影の中から。

 小さな世界が、現れる。




「転生――――主よ。始原の大神。名を呼ぶことを、赦したまえ」




「〝産声(うぶごえ)〟」

「きゅい?」


 ざぁっと、風が吹いた。森に、半島に、広く広く。波のように、空気をたわませるように。どこまでも広く。

 現れたのは……赤子のような、竜。大きな頭。人のような小さな体と、竜の羽。肌にはうっすらと鱗のようなものが浮かんでいるが、人の赤子に見えなくもない。


「祈りは済んだか? 魔王。控えろ、神の御前だぞ」


 それがただ、リンディのそばに浮いていた。


「く――――あっはっはっはっは! なんだそいつ! 魔力もない、赤ちゃんかよ!」

(まぁ、そうよな。笑う気持ちは、わかる)


 魔王が竜の赤子を、指さして笑う。リンディは肩を竦めて見せた。


「そうだ。神……特に〝大神〟ともなれば、魔力などない。そしてこいつは常に、生まれたてだ」

「魔物や神獣は、大きさと単純な強さが比例する――――階梯(レベル)10以上の魔物の群れに、そいつが勝てるわけねぇだろ!」

「よく知ってるな。その通りだ。力では敵わんな」


 感心したようにリンディが言うと、魔王はにやりと笑みを返してきた。


「さぁ、リンディを捕えろ! そのまま学園に――――」


 ざぁっとまた風が吹く。静かで、それ以外音もない。何の、気配もなく。


「おい。アタシの魔物は、どこ、だよ」


 その場には、二人と一匹だけ。

 何百もいた魔物、赤い魔法の陣、すべてがなくなっていた。


「神の前に、魔物が立てると思っているのか?」


 リンディは手を伸ばし、竜の赤子の頬の撫でる。つるりとした感触が、手に摺り寄せられた。


「〝産声(うぶごえ)〟の力は単純だ。魔を払う。魔力、魔法、魔物。すべて無に帰す」

「なんだよそれ、チートだろ……ありえ、ねぇ」


 魔王が震えた声で呟いている。リンディは憐れみを込めた視線で、震える彼女を見つめた。


「あり得る。神とはすなわち法則。世界そのもの。ここに在る」

「ありねぇのはアンタだよ! こんな手段知らない! 前は持ってなかったのに!? 化け物、化け物、ばけも…………」


 ガタガタと震え出した魔王は、何かに気づいたように言葉を飲み込んだ。リンディは彼女が再び口を開くのを、ゆっくりと待つ。


「ねぇ、なんで、体が、うごかない、の」


 怯えたその声は、まるで呟きのようであった。彼女の黒い瞳は、明らかに涙で濡れていた。


「ねぇなんでよ、リンディ!」

「言ったはずだ。〝産声(うぶごえ)〟は魔を払う。お前の契約魔法は、消えた。当たり前だが、ペリーの体を動かすことなど、できない」

「け、契約は無効になど……!」

「そうだ、契約はそのままだ。だが、魔法がない。契約は履行し続けられない。するとどうなる?」

「どう――――ひっ」


 魔王は目を端に寄せ、その頬を撫でたものを確かめようとしている。もちろんリンディには、その正体が見えていた。


『久しぶりだネェ、魔王チャン。そっちの、今度は邪魔しないでくれよ?』


 悪魔。魔王が契約違反者殺しに用いる、魂の取り立て役。魔王の影から出た目玉だらけのそいつは、どこからか気味の悪い声を発し、リンディと魔王を見つめていた。


「同じ個体かよ。邪魔などしないさ。契約は正当だ。契約履行できない状態にありながら、勝手に人の体を使おうとしたその違反者の魂。存分に、取り立てるがいい」

『ひひ。じゃあ仕事だ――――労働は尊いネェ』


 ずるり、と影から巨大な手が出て、魔王の髪を掴む。



「いやだやめろいたいひっぱるなやめてゆるしてリンディ助けていいやぁぁぁあ――――」



 叫ぶ魔王に、リンディは憐れみの視線を向ける。

 ばり、べり、と髪がはがれていく。魔王が歪み、はぎ取られ、徐々にその下からペリーの姿が現れた。魔王はもがいていたが、そもそも体も動かず、抵抗などできるものではない。ペリーの体に占める彼女の面積は急速に小さくなり――――やがてすべてが、悪魔の手の中に、消えた。

 ざぁっとまた、風が吹く。膝をつき、呆然としているペリーの姿が目に入り、リンディは思わず苦笑いを浮かべた。


(因果な奴だ。悪魔など使うから、身を亡ぼすことになる)

『楽な仕事だ。そこのガール、次のお仕事、紹介してくれない?』


 まだ残っていた黒い影が言い、ケタケタと笑い声のようなものを上げる。リンディは頬を歪め、嫌そうに手を振った。


「うるさい。営業はお断りだ。〝産声(うぶごえ)〟」

「きゅい!」

『ほぁ、ア――――』


 声が波紋のように広がり、悪魔が波打つ。

 波がおさまった後には、何も残っていなかった。


「……は、はは。ワタシの10年の、覚悟、が」


 己の両の手を眺め、ペリーが呟いている。リンディは肩を竦め、彼に歩み寄った。


「こちとら60年だ。文句があるのか? ペリー」


 手を差し伸べる。ペリーは視線を手とリンディの目の間で数度行き来させ、深く息を吐き出してから、掴んだ。


「あなたには、敵いませんね……学園長」

「そう思うんなら、あたしを労え。それから」


 リンディは禿頭の教師を引き起こし、彼のつぶらな瞳をじっと見つめる。


「そんなに大事なら、娘に会ってやれ。どうせあんたのことだ、巻き込まないようにわざと離縁したんだろう?」


 ペリーの見せる、くだけて力の抜けたような笑みに。


「…………買い被り過ぎですよ、先生」


 リンディもまた、優しい笑顔で応えた。


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悪役学園長〜婚約破棄から60年、せめて皇子の孫に応報を〜(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~3話までに相当します。
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禿の髪が禿に戻って・・・
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